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食料を探してございます

 笑う人。嗤う他人。嘲笑う無機物。微笑う弟。蹲る私。

 ごうごうとなる耳の奥に沢山の虫が詰まっているような世界。私、わたし、私。私。

 暗い部屋に青白く浮かび上がるレトロなゲーム画面。

 オフトンにこもりながらカチカチと押すコントローラー。

 陰鬱な空気、黴臭い空気、饐えた空気、停滞した空気。ドアの向こう、廊下の光。立ち上がって入念に隙間に服を詰め込んで光を閉ざす私。

 オフトンにこもりながらカチカチと押すコントローラー。

 古いゲーム機は電気が失われればデータが消えてしまう。なので私はこのストーリーをクリアした事がない。立ち往生し続ける主人公達。世界も救えず成長もしない。覚えた事は明日になればやり直し。

 オフトンにこもりながらカチカチと押すコントローラー。






 ふごふごと目が覚めましてございます。指が勝手にコントローラーを握る仕草をしていることに我ながら戦慄。嫌な夢を見ました。躁鬱と罪悪感と自己嫌悪感と対人恐怖に覆われてそれでもなお生きるしか選択肢のない世界、恐ろしいことです。目覚めは完璧と申せましょうが、脳裏を過る鬱に追い込まれそうな記憶の数々から逃れるべく生活を整えとうございます。

 然しながらここで閑話休題疎にして漏らさず、しとしととした雨は一向に止む気配がありません。既に雨降るは三日目に突入してございます。芋を齧りつつも焚き火に栄養補給、家の中には乾燥中の薪が山と積まれまして私の寝る場所は既に無く、よしんば寝たとしてもぽちゃりと降り注ぐ雨漏りがお尻を打つものですから寝るにも困る有様なのでございます。

 外の食料は黄色く粘つき出すにあたって最早これまでともいで来た大きな葉っぱを被せて放置の上、発酵した堆肥と化すのを今か今かと待つ段階。残るは穀物類のみでございます。ですがさしもの私もクズながら文明圏で生きた以上は土人でもあるまいし種芋も残さず食べ尽くしては次に繋がらなくなるとわかっておりますからね。涙を堪えながらも家の中に穴を掘りまして保存でございます。なんという悲しみ。

 さしあたっては次なる食料を繋ぐための先立つものが必要、とくれば致し方がありません。雨ではありますがおでかけ致しましょうね。作物がなくば狩りしかないというもの、普段であればそんな事するわけない私でございますが今は躁鬱の躁状態に近しいでしょう。即ち今ならアイキャンフライ、崖も高層ビルも無いことが惜しまれますね。さて、狙いは外で口うるさく求愛の歌を歌い上げるゲコゲコとした両生類でございます。

 ああ見えまして彼らは鶏肉のような味がするそうでございます。最低限毒さえなければ火を通せば食べられるに相違ありません。筋肉に含まれる動物性蛋白質をこの身体が求めているのでございます。ああ肉よ、肉を焼く、肉死にたまふ事なかれ。

 ドアなどという文明的なものはございませんのでばちゃっと軒先に立ちましてございます。雨粒が頭の上に直撃。クソ鳥として有名な燃える鳥の漫画は私にとっても聖書でございましたからぽちゃりぽちゃりと落ちてくる雨粒の下に思わず大きな石を据えてしまったのは仕方のないことでございましょう。そのうちに立派な像になることを信じて。

 さて、水辺は近く二、三十分も歩けばたどり着く場所にございます。その前にポストを確認。からっけつでございますね。新聞なるものはいつごろから配達されるのでございましょう。新聞紙さえあれば暖を取れるのでございますので待ち遠しゅうございます。多少日本語が崩壊しておりますがとくとお目こぼしを。これでも私はマンボウですので嫌な夢を見た日には落ち込むこともあるのでございます。

 がっぽがっぽと泥を踏み越えゲコゲコというかしましき求愛ソングに向けて歩き続ける私。これが神の試練と呼ばれるものでございましょうか。恐ろしきことでございます。爆発せよリア充。両生類であろうとも慈悲はございませぬ。世への恨みつらみを脳内で太鼓と共に打ち鳴らしつ鬱蒼と茂る樹々を超えて両生類が跋扈する泉に到着でございます。

 どうでもよろしいですが湖と泉と池と沼の違いを皆様はご存知でございましょうか。湖は古来より水海と書きまして、その名の通り淡水から成る水深5m以上の巨大な水たまり、泉は湧き水のある水たまり、池は水深5m内の水たまり、沼は池の仲間でございますが水が濁り水草が生息し比較的泥土の多いものを示しているのでございます。とてもどうでも宜しいことでございますね。

 それに則りますれば目の前の水たまりは泉に該当する水たまりと言って差し支えございません。中央あたりにズゴゴゴゴと水が噴き出る石があるのでございます。はて、この場合は泉でございましょうか。井戸かもしれませんね。あるいは人工池かもしれません。30代から40代、あるいは40代から50代、もしくは20代以下と犯人の目星を付ける胡散臭いコメンテーターのようなことを思いつ泉を覗き込みましてございます。

 降りしきる雨に水面は打たれ、哀れ波打ち弾けボシャボシャと音を立てておりますがそれでも水底を眺める事が出来る程度には透明度の高い泉でございます。もしかしたら池かもしれません。蓮が群生している様は泉のイメージよりも沼の方が近しいでしょう。当然のごとく実物は見たことがございませんがSNSで見たモネの池のような神々しいお姿でございますね。華やかなお色を湛えたお魚が優雅に泳ぎ、季節によるものでしょうか赤紫やピンクや黄色やらの葉っぱやお花が咲いております。

 このお花は頭が悪いのでございましょうか。この雨の中で花開くとは余程知能指数が低いに相違ございません。花粉をどうやって飛ばすのでしょう。飛ばす気がないのかもしれません。ですが私も同じように交尾や交配子孫繁栄に興味のない個体でございますから人のことは言えませんね。それに今思いますと本日未明夢に出てきた弟はヤンデレという生き物でございました。私が女性としての自意識に目覚めおしゃれをし外を出歩き恋人なぞ作ろうものなら何をしたものかわかりません。ああ恐ろしや。

 私亡き後の母の苦労が偲ばれますがよくよく考えましたら人の見分けがついているかも怪しかった弟のことでございます。あれで世間では学問においても運動においても天才肌、コミュ力完璧なる絶世のイケメンという評価だったのは解せませぬが私が死んだともなれば母でも変わりにするかもしれませんから大丈夫でしょう。母を姉さんと呼ぶ弟が脳内再生余裕でございます。私の部屋にあったレトロなゲームが破壊されたのは数知れず、しかし私の優先順位は悲しいかなゲーム>弟から覆らず弟には悲しい思いをさせたもの、ですが母ならば優先順位は弟>私でございましょうから問題ないですね。かしこ。

 そのようなことを考えている内にゲコゲコという鳴き声を上げる生物の群生地が見ましてございます。大きな個体もおりますが小さな個体もおります。小さい個体は赤と黄色の斑につきどう考えても毒持ちでございますからやめましょうね。周囲の小動物もあれらを避けております。狙いは茶緑の斑点模様、食用蛙に似た大きな個体でございます。いざいざいざ、網や銛などという文明の利器はございません。網くらいはそのうちに作りましょうね。今は手づかみ、手づかみでございます。粗末な服を脱ぎ足を広げパァンと尻を打ち鳴らし、手を叩き鳴らしていざ決戦の時。

 法螺貝が無いことが悔やまれましてございます。あればブォーと吹き鳴らしていたでございましょう。狙いは食事に気を取られているカエルでございます。食事中、あるいは排泄中が狩りにおいて狙い目なのでございます。生物が最も油断する瞬間、そこを付けばカエルがこの手に握られるに時間はかからないでしょう。いざ参らん、裂帛の声をあげようとしましたが私の喉はそれを拒絶し結局無言で泉にカエルポーズで飛び込むことになりました。戦いのゴングとしては寂しいですが仕方がありませんね。

 そして二時間ほど経ったでしょうか。私の腹時計としてはそれぐらいなのですが実際にはわかりません。日は高く昇るどころか斜陽に近く、もしかしたら五時間くらいかもしれません。どちらにしても我々は何の成果も得られませんでしたという事実に変わりはなく、失意のままにほとりに座りましてございます。カエル速い。奴らは地上にあってあののっそり感でございますが水中ともなれば二枚貝の如き素早さでございました。水陸両用とはなんだったのか。こうなれば致し方がありません。母よ照覧あれ、最後の手段でございます。

 わっしと水辺で交尾に勤しむ二匹を鷲掴みでございます。出しかけの卵がにゅるんと付いて参りましたがカエルの卵が食べられるかと言われれば否でございます。卵とは得てして栄養満点でございますがカエルの卵に人類に有効な栄養があるかどうかは私にもわかりませんからね。これで目的完遂でございます。さ、小屋に孵りましょうね。間違えました。帰りましょうね。意気揚々と帰還の旅でございます。ゲコゲコという鳴き声も今は心地よく、思えばリア充爆発せよと思うのならば最初からこうすればよかったというものです。カエルの卵が地面に延々と続いておりますがどこかの動物が食べてくれるに違いありません。

 雨は降り止むこともありませんが、小屋に帰り着きましていざ実食。カァンと空耳が響いた気が致します。きゅっと二匹の首をコキャりまして小さなナイフを装備。ついでに汲み上げてきたお水で洗い、おなかに切れ込みを入れまして皮をはぎはぎ致しましょうね。ぺろんとハゲる皮は中年の親父の頭皮、いえ、カワハギのようでございます。カワハギの肝は美味と聞きますがカエルの肝は美味ではなさそうです。内蔵は取り出して外に不法投棄でございます。皮を剥ぎ終えればなんともはや形さえ気にしなければまさしく鶏肉と見まごうばかり。ブスリと枝を落とした串替わりの木を尻より突き刺し、焚き火にかざしましてございます。ぱちぱちと響く音、滴る肉汁。これはどうみても美味に決まっております。

 熱々の焼き魚ならぬ焼きガエル、調味料はおろか塩すら無いのが惜しいものです。岩塩でもあればよろしいのですが。そのうちこれも探しましょうね。この森林具合では難しいやもしれませんが夢と希望はいつでも持っていていいものです。こんがりと焼きあがったカエルをふうふうと冷ましてばくりとひとのみ。もちゅもちゅと咀嚼すれば確かに味は鶏肉にございます。塩コショウが恋しい味でございますね。骨が大きく肉身は少ないものの、これならば食料足り得るというもの、放置してきたカエルの卵が思い出されます。この小屋の近くに池でも作れば養殖すら可能かもしれません。確か道具としてスコップもあった筈でございます。そのうち池も作りましょうね。あの人口湧水池泉沼から水を引けばそこから魚やカエルも渡ってくるかもしれません。取らぬ狸の皮算用とは申しますがこれはなかなか良い考えな気が致します。

 先ずこれから先やるべきことと致しまして炭で紙に書き記しておくことに致します。オネダリ用紙はメモ書きにも丁度よくていいことでございますね。毎日増えるばかりで今のところ日誌と尻を拭くくらいしか使い道はありませんでしたが思わぬところで役に立つというものでございます。


 ・がんえんをさがす

 ・いけをほってみずをひく

 ・カエルのようしょく

 ・あみをつくる


 以上でございます。現代っ子らしく漢字の書けなくなっている私。ああ残念。しかしよく考えれば引きこもりとして学校も禄に行っておりませんでしたから書けないのは当たり前でございますね。ああよかった。

 ですが今日はもう遅うございますからゆっくりと致しましょうね。しかしすることがありません。手に持ったナイフ。いいことを思いつきました。朝方あのクソ鳥漫画を思い出したこともございますからね。それに実家の事に思いを馳せたのもございます。

 そう、思えば嘗ての私のニート生活の主収入は中古で購入したフィギュアの魔改造品でございました。一度興味本位で中古美少女フィギュアをブラックライトに当てましたところ眩しいほどに光った事もございました。ですがそんな青く光るフィギュアもまた行き着く先は別の男性諸君でございますから私には関係の無い話でございます。

 パテでおっぱいを盛りに盛り、スカートを切り裂きパンツを露出させ場合によりましては勿論の事パンツまで引き剥がし恥部には入念なグロスを入れる事でテカリを出してはおまけに顔や髪の毛の造形を弄くり回し、掲示板では神と呼ばれつつも幼女キャラにまで容赦なくおっぱいを盛る故に外道とも呼ばれておりました。ですが女子高生よりも幼女の魔改造品の方が高値で売れましたから外道の誹りなど蚊に刺されたようなものでございます。

 というわけでそうだ、仏像を作ろう。大ぶりの薪を手に取りドスッと一刀。彫刻刀が欲しいところでございますが仕方がないことでございます。コリコリと掘りに堀り続け、なんということでしょう。気づけば朝方。雨が降っているせいで日中でも暗いとは言えうっかりでございます。清く正しいニートとしては正しいですが、今の私は自給自足のサバイバー。明かりもない日々ではやるべきことは日中に済ませねばなりません。

 とは言いましても未だ降り止まぬ雨の前には出来ることは限られております。今日は仏像を作って一日を終えると致しましょう。後でカエルも捕まえに行きましょうね。

 昔を思い出した日とはそのように過ごすものでございます。




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