火を起こしましてございます
というわけで内職に励むことにいたしました。
小屋はみすぼらしく、これをせめて雨漏りがしないようにしとうございます。
暫し考えまして、大きくは丸太を作って組み上げ、隙間に粘土を使う事に決めましてございます。近くには泉がございますから、スコップで地面を掘りに掘ってお水で固めるのでございます。
あそーれと斧を振るいます。私の力は引きこもりのクソニートらしく非力でございますから小さな木切れから。と、思ったのでござますがあっさりと私が振り下ろした斧は枝を破断し地面にめり込んでしまいました。なんということでしょう。
そういえばあの神を名乗る疫病神が肉体の強化とか言っていたような気が致します。もしかしたならばそれかもしれませんね。
これはもっと大きな木も伐採出来るかもしれません。森に分け入り私と同じぐらいの太ましさの木を発見、これにいたしましょう。
あそーれと大きく振りかぶって斧を振るいます。良き音と共に斧は木の半ばまでめり込みました。がぽっと引き抜いて再びあそーれと更に大きく振りかぶって斧を振るいます。二撃で伐採された木がゆっくりと傾ぎ、地面に倒れました。倒れたのは良いのですがこの後を考えておりません。私にこれを運ぶのは無理に思えましてございます。致し方がありません。
この木は一時このままにて置いておきまして、小屋の近くで程々の大きさの木を伐採をするといたしましょう。
腕程の大きさの木を刈り取り取り続けてはや数時間、日は落ちかけ辺りは夕暮れの色に染まっております。ここから暗闇が満ちるまで時間はございません。
古びた鉈で枝を梳り落とす作業に見切りを付けまして、ここで私の新たなる挑戦、火を起こすことにいたしました。ニートと言えば暇人と思われるかもしれませんが、実はニートとは時間がそう余っているわけではございません。
睡眠時間は伸びに伸びて十数時間を軽く寝過ごし、ひいては夜型になり出歩くなどもせずにパソコンの光だけを見つめ続け妄想逞しい創作物や動画投稿サイトを巡りアニメに費やし電子書籍になっていない漫画をスキャンしゴミ取りしては積みゲーを消化して過ごし使い道無き無駄に無駄のない無駄な知識を蓄え続ける。それが清く正しいニートの姿にございます。
つまるところ、私もまた清く正しいニートでございましたから火の起こし方などはちゃんと弁えております。火打ち石でもあればようごわすともでございますが、左様な物は見当たりませんので昔ながらの錐揉み式でございます。
板がありませんね、終了。
と、いきたいところでございますがそれは問屋がおろしません。板が無ければ他の物で代用いたしましょう。如何にもかっぴかぴに乾ききり、水分のすの字もない大ぶりの枝を入手でございます。
適当に鉈でばつんと切れ込みを入れました。その辺の茂みから落葉低木らしき木の枝の周囲を探り、一番真っ直ぐな枝を選びました。切れ込みにセット。オガグズを周囲に散らして準備完了にございます。
物が悪くとも三時間もごりごりすれば火ぐらいは付きましょう。ごりごりごり。チチチッと雀の鳴き声で我に返りました。太陽の光が眩しく目に突き刺さります。
ぷすぷすと煙を上げる枝は既に十四本目。煙は上がるのでございますが肝心の火種になりません。これが最後の一本にございます。気合を込めていざいざいざ、手の平に真っ直ぐな枝を挟み込み、地に置いた枝を両足でしっかと押さえましてございます。
両手を交差すること一閃、ヂュジィとと何とも言えない音を立ててオガグズは燃え上がりました。やりました。母よ、私はやり遂げましてございます。
儚い火種が消え去る前に急ぎ枯れ葉や木切れを焚べます。ふーふーと息を吹き付け手で仰ぎ、無様な姿を晒しつつ必死に火を保ちました。お陰様で朝霧も消え去り太陽の光が燦々と降り注ぐ頃合いにはパチパチと立派な焚き火が出来上がったのでございます。
これです、これですよ今時の焚き火は。近くに穴を掘って石を積み上げ、斧を持って大急ぎでかこんかこんと薪を製作致します。あのか細い火は放置すればすぐに燃え尽きてしまいましょう。大事な事はごはんとちゃんと与えることなのでございます。
がっこんがっこんと我ながら驚異的な速度で薪を量産し、どががががと積み上げましてございます。これで万事がオッケー、完璧な仕事と申せましょう。
穴に薪を立てて詰め込み、所謂スウェーデントーチな物を組み上げましてございます。見よう見まねでございますが、これが上手くいけば薪を放置できるのでございますからね。
暖炉が作れればそちらの方が優雅で暖かく、文明感が溢れておりますがそれはまだまだ先の長い話になりましょう。上手くいかない場合を考えてもう一つ普通に薪を組み上げて二つの焚き火を起こしましてございます。
さて、日誌を付けて寝ると致しましょう。小屋は明日に致しましょうね。みすぼらしい小屋に戻りまして、大の字になって寝るといたしましょう。きっと明日も晴れでございます。
すやぁ、心地よい眠りがしとしととした雨の気配に押されて押しも押されぬ微睡みに私を誘います。これはいけません、いけませんよ。ぴちょんぴちょんと鼻に定期的に降る雨粒が催眠術のように私の意識を刈り取ろうとしてございます。
雨、そう雨でございます。なんということでしょう。流石の私もがばっと起きました。ぼちゃんと一際大きな雨粒がつむじに落ちました。
そろそろと立ち上がり軒先から顔を出してみます。見れば、先日あれ程頑張りましたというのに、哀れ、焚き火はその火を消してしまっているようでございます。
しょんぼりとしながら焚き火の元まで歩きまして───全裸ですので衣服が濡れる心配はございません、なんとスウェーデントーチの方は未だ奥の方に火種が残っている様子。しめたものでございます。がっしと抱えて小屋へ避難でございます。
濡れた薪では何れこの火種が消えてしまうのは必死、私は外に出てなんとか乾いた木切れを集めてくることにいたしました。木陰や洞窟、茂みを漁ればまだそれなりにある筈でございます。
雨は本降りの様子でございますが、そこまで勢いはございません。まだ猶予は有るはず、いざ参らん。木々をなぎ倒し土を掘り返し、木の洞に顔を突っ込みなんとか採取した物を抱えてひとっ走り。傍から見れば変態極まりありませんが見るものはおりませんので問題はございません。
抱えた薪を火種に投入、何とか息を吹き返した様子の焚き火にふぅと息を付きました。かような時に雨を降らせるなど、神様は意地が悪うございますね。しかしこれはチャンスでございます。雨とは即ち天然シャワー。外にでて暫く立ってれば自動洗浄というものです。
薄汚れた身体を洗うには丁度よろしいかと。というわけで突っ立つこと暫く。何故かくしゃみが出ましてございます。おかしゅうございますね、馬鹿は風邪を引かないと聞いたのでございますが。迷信は迷信ということでしょうか。
小屋に戻ると致しましょうね。はて、小屋の前にポストがございますね。見覚えもありませんし、一晩でにょきにょきと生えたようでございます。不思議なこともあるものでございますね。
中を覗けば先日私が希望した品物用のスタンプカードとチラシのようでございます。スタンプカードはオフトンとお風呂と書いてございます。既に幾つか押印されているのを見るに、昨日の努力でございましょう。しかし食料と衣類も陳情した筈でございましたが。
食料置き場を覗いて見ると、ちょんと何やら置いてあります。粗末な袋でございますが、中を覗けばなんとまぁ。種でございますね。何の種かはとんとわかりませんが。柿の種とスイカの種だけはわかります。あとはわかりません。
もしや種から始めろという事でございましょうか。その前に食料が底をつきそうなのでございますが。既に野ざらしの肉類と魚類は食料とは呼べない物質に化学変化を起こしております。しかしゴミクズクソニートの私に否やが言えましょうか。ここは一つ、この種が実るまで雑草でも食べて過ごすと致しましょう。
こうなると衣類も届いているかもしれませんね。小屋の中が怪しゅうございます。小屋の中に戻ってみると、隅の方になにやら置いてありますね。いつの間に置かれたのでしょう。小人さんでございましょうか。こうして生き物の気配を感じると底冷えするような恐怖が湧き出て実に恐ろしゅうございます。考えるのをやめることに致しました。
広げてみますと、麻の服に麻のズボン。清潔感のあるお洋服ですね。文明レベルが一気に上がった心地が致します。全裸生活ともお別れと思うと寂しくもありますが、仕方がないですね。
つきましてはポストに入っていたチラシも確認することに致します。はてはて、新聞紙の勧誘とセール品のチラシでございます。セール品には立派な道具や家財が乗っております。しかしお値段据え置き、とても手が届きませんね。チラシは取っておいて暖を取る道具と致しましょう。
新聞紙は取る事にいたしました。一月に一度、一定量の薪や花や収穫した物を供えればいいというのは破格のお値段、しかも最初はなんと洗剤がつくようでございます。これは取らない手はございません。取り敢えずはお試しパックの一ヶ月購読に丸を付けまして、外のポストに投函しておきました。これでよしでございます。
スコップで小屋の中心に穴を掘りまして、薪を束ねたトーチを支えるように埋め込みましてございます。大きな丸太があればそれが一番でございますが、如何せん切り倒すことは出来ても運ぶことが出来ませんからね。
多少お腹も空いて参りましたので、ご飯に致しましょう。外の食料置き場から持ってきた芋に枝を刺し、火に翳しておきます。最初は生でバリバリしておりましたが火を通せるのならば通すべきでございますからね。
くるくると芋を回しつつ、小屋を見回してみます。こうしてみると床が地面のままというのは来たるべき冬に備えるに当たって最良とはとても申し上げられません。板を敷くか、藁を敷くか、差し当たっては可能な手段はそれぐらいでございましょうか。
外の枝を落とした木などで高床式の小屋が作れれば一番でございますが、私の技術で可能とはとても申せませんからね。乾いた葉っぱでも敷き詰めて藁でも編んでおけば、それなりの見てくれになるに違いございません。あとはその内に木枠でも作ってレンガの作成に挑むと致しましょう。
持ち込んだ壺で雨粒を受けつ水を確保しながら、ほかほかと湯気を上げる芋に齧り付いてこれからの事を考えましてございます。
しとしとと作業を留め置く雨の日とはそのように過ごすものでございます。