転生しましてございます
事の始まりはそう、真面目に語れば実に長ったらしく書く気にもならずんば箇条書きにて。
真白き空間にて神を名乗る青年が申して曰く。
曰く、私は餓死で死んだ。
曰く、ついては魂を転生させる故にそこで神樹守として生きて貰いたい。
曰く、チートを寄越す故に好きに生きよ。
青年が私に告げたる事は以上の三点のみであり、私が無言のままにいるのを見るに神を名乗る青年は続け様に述べる。
青年が管理する世界は未だ寿命を迎える運命に非ず、されど世の生命が蝕み腐れ枯れ落ちたる神樹によりて神樹の根に支えられし世界は崩落寸前、それを回避すべく神樹の守り人を据える事とした。
成すべきは至極簡単。神樹を守りながら生き抜くことである。ただ生きることである。汝が命が神樹が命、神樹が死なずば汝も死なず。故に異世界を生きるにあたって必要なチートを与えるものである。
与えられるチートは以下の通り。
汝が守りし神樹が無事である限り汝もまた不老不死である。
肉体の強化及び魔法を使用する為の魔力の付与、そしてパッシブスキルの言語理解。
祝福と呼ばれるこの世界に住まう者達が十の齢に神より与えられる能力、神樹守であれば齢十で与えられる祝福もまた転生直後にガチャで与えられる。もしレア度SSSの祝福を引ければ汝に敵は無し。
創造魔法、ダンジョン作成、ネット通販、強奪スキル、ヘルプナビ、何れも手に入れれば世界を牛耳るもスローライフを送るも思いのままである。
何れを手に入れるとも詳細は鑑定スキルを与える故に現場にて確認すべし。生きる世界は剣と魔法の世界、冒険も開拓も商売も成り上がるも自由。
さしあたってはランダムの装備一式と金貨百枚、粗末ながら家、一ヶ月分の食料を支援するものである。
現世に送り出せば干渉叶わぬ故にこれらが最後、青年から与えられる物の全てであり汝が生まれ落ちたる後は手助けは不可能である。
与えた力を用いて世界を支配するもよし、思うままに異性を侍らせるもよし、巨万の富を築くも良し、世界最強の名をほしいままにするもよし。
汝が思うがままに好きに生きる可し。
即ち、チートアリアリのイージーモードでの人生のやり直しの機会を与えるものである。
───────自らの現状を理解すると同時に発狂し果て青年のがら空きの腹部に握り込んだ拳をすくい上げるが如き動きにて叩き込み、寸分の狂い無く水月を捉えた拳をそのまま突き上げるに崩れ落ちたる身体を更に蹴り抜く。
問答は無用、語る言葉も掛ける言葉も不要也。暴力を以ってただ威圧すべし。どす、どすと腹部への攻撃が十を越えた辺りで呻くようにしながら吐瀉物と共に以下の事を神は震えつ述べたのである。
曰く、神樹守は私でニ千百二十四人目である。神樹守とは即ち神樹が受ける世界からの穢れを替わりに引き受け己の身を以って神力へと変換し強き神樹を育て上げる生贄である。
しからばその方法とは神樹に守り人の魂を同化させる奥義であり、故に神樹が死なぬ限り守人も死なず。
曰く、大元の神樹は実のところ既に枯れており今は神樹に相応しき若木を育てている段階。故に他にも神樹守は存在しそれぞれの特性や性格に則ったチートを有している。
それぞれが守護せし神樹を乗っ取ることでその力を奪いとることが可能である。乗っ取る方法は守人同士の対話による移譲、守人の肉体の破壊によりて神力の変換の差し止め、それによって神樹を枯らす事である。
曰く、即ちこれは神樹守達による最強の神樹を育て上げたった一人になるまで殺し合うサバイバルゲームであり、二千年現在未だ勝者現れず。
その事由として多く上がるは守人同士の戦争、自殺、発狂、そして育ち続ける神樹に耐えきれず我が身を食い破られる自滅。そして永くを生きる神樹守の保身による戦争の停滞にある。故に現状を打破すべく数多の神樹守を世界に投じると決議された。
神樹守に最初与えられる知識は最初に述べたもののみ。戦であるを知るは古き者達、及びに今回選ばれるにあたって特に神々の寵愛を受けし者。そして知恵ある者である。
曰く、私は永く決着の付かぬ戦争に一石を投じるべく乱数を上げる為に神樹の守人として相応しき選ばれた者達の中に盛り込まれた唯一の世界最底辺の運命係数を持ちたるゴミクズである。
私にしては忍耐強く全てを聞き終えた所で、辛抱堪らず転がる青年の腹部に万力の力を込めたる蹴りを再び放ちて最後は私の執拗なまでに水月を抉る足先より逃れるが如き驚くべき早さで現世に転生させられたるが私である。I was born。
生まれは背後でぼつっと生えたる我が神樹、名前は未だ無い。強いて言えば前世とも言うべき名前であろうが之を名乗るは本位に非ず。仮にS子と名乗るとする。
以上が事の顛末である。
~無味乾燥神樹育成日誌より~
葉っぱ一枚あればいいとはよく言ったものであれから五日。
すくすくと育ちたる私は野生児もかくや、何処かで誰かが見ても問題ないよう身体は一切隠さず顔を葉っぱで隠す事で隠密の如き違和感の無さで世に対応せしめている。
身長体重体型おおよそなるが生前と変わらぬ。顔は知らぬ。さりとて醜女であろうとも問題はあり申さぬ。無意味に脂肪のついた体型だけならば恵まれたるは明らかではあるが我が人生に見せる相手はおらず。
さもありなん、ここは神より与えられし簡素な周辺地図にて計測したところ四方九百キロ先まで鬱蒼と茂った森であり通称をデスメタル森林と申す。我が今名付けり。
すすっと紙に書き連ねた流麗な文字に自慢を覚えてぷくっと鼻を膨らませるが日誌を見せる相手もおらず。外に出る。
粗末な小屋とは聞き及びたるがなるほど、言葉を違えぬ有り様に候。雨が降れば、まさしく天の恵みであると風流に言葉を連ねても雨漏りで在ることに疑いは無し。
あの青年の最後の足掻きか報復か。言葉は違えず一ヶ月分の食料、金貨およびチートとやらも支給されている様子ではあったが之に使い途は未だ見つからず。予想を超える荒屋は嵐がくれば一刻を保たず倒壊するは明白。
我、沈痛な想いと共にカブを齧りたり。
筆を置きましてございます。
無闇矢鱈と遠回りな文章で日誌を付けるもすぐさま飽きてしまいました。
私はS子でございます。どうぞお見知りおきをば。この日誌を読んでいただければわかるかとは思いますが、神樹守としての人生が始まってから既に五日目の朝。残る食料は二十五日分しかありません。なんということでしょう。
いえ、それどころか食料は食料ではありますがその殆どが肉や魚など日持ちなどとてもしないもの、一ヶ月も放置すれば緑色のまりもと黄ばんだぬめりの塊になり果てるは想像に難くありません。
勿論金貨など使い道もなく。商人さんなど居ませんし、そもこの森の中をどうして通り掛かる事がありましょうか。通りがかったとして話しかけるかと言われれば無理でこざいますが。
それにしてももっとあの神様の腹部などと情けを掛けずに男性の急所を容赦なく打擲すべきでありました。
後悔しますがすでに相手は雲の上。あの股間を思うままに何度も蹴り上げてやれば如何程にすっきりとする事でしょう。また直接会うかと問われれば断固として拒絶するとしても思うだけならばタダでございます。
ああ、神様。どうして私を大地の上に落としたのでございますか。私の蹴りが不服であったとしても、それならばやり直しの機会の抹消をすればよかったではありませんか。
私は出不精極まれり、空気を読むなど嫌でございますし人と話したくなどもありませんし孤独に枕を濡らす事も一切合切ありはしませんが神様だけはお恨み申し上げます。安息の地から引きずり出された上に丁寧に息の根を止めてくれなんて頼んでおりません。
私は前世で所謂引きこもりのニートでございました。餓死というのも出不精が原因なのでございます。私は人と接したくなかった。どうしても接したくなかったし話したくなかったし見られたくなかったし私の存在を認識もして欲しくなかった。
人と関わりになるぐらいならば死ぬ、生前は断言しておりましたしそれを実行に移せて非常に満足です。
私に外に出ろなどと強要する者があればそんな事よりもいっそ私を殺せと常々思うておりましたが勿論のことそんな事を言える程ならそもそもとっくに人と話せておりました。
せめてもの親孝行に早死を選んだのは間違いなく両親の為でございましたが、早々にこの息の根を止めてくれという個人的な願いもあったのは否定しがたいものがあります。
温かきオフトンに閉じ籠もり人をやり過ごし人生をやり過ごし死をやり過ごし。そして流れ流れてここに居るわけでございます。私はあの時漸く全てが終わって自分はもう休めるのだと思いました。
だというのにどうして安らかに眠らせてはくれなかったのでしょう。あの時私は間違いなく今まで生きてきた中で類を見ないほどに史上最高に完全にブチ切れておりました。
心の準備もなくいきなり知らない人が目の前に立ち、私を見つめ、私に話しかけるという状況になったのでこざいます。私の苦しみいかほどでございましょう。あの場で裸一貫になって独りリオカーニバルを敢行しかなっただけマシというものでございます。
心臓が引き絞られる程の苦痛と理不尽に対する怒りをどうして止めようがありましょうか。いやできません。原理的には逆ギレと言って差し支えないでしょう。
教師をやっている叔父が私を引きずり出そうとした時以上の怒りです。私はホヤです。動けなどと馬鹿な事はありません。そっとしておいて下さい。私は人と接するのがもう無理……死ぬ……だったのです。
モザイク無しの破廉恥な動画を住所電話番号名前付きでネットにうpし全裸で家から飛び出し表札前で名前を連呼しつつ頭に父のパンツを被ってびっくりするほどユートピアという手段をもって社会的な死を辞さない覚悟で相対しなんとか我が身を守りましたが、あの時を超える怒りでございました。
しかし今更何を言おうともこうして落とされてしまった以上は私に手立てはございません。
私は動くくらいならば死ぬ。絶対に嫌でございます。人を恐れ世界を恐れオフトンから出られなかった私でございます、ならばどうしてできましょうか。
此処で私はホヤ王になる、それだけでございます。サバイバルゲームなどと知ったことではございません。というよりもそれを越えて絶対に関わり合いになりたくありません。直接会いたくもございませんので兎に角距離を取るのでございます。敗北条件に対話による移譲、守人の肉体の破壊があるということは即ちどちらにしても相対必須ということです。考えるだけで恐ろしいことです。
会わずに私を殺せるというのならばいっそ殺せ、ああでもそんな会話するなんて無理です想像するだけでまぢ無理死にます。人が来ればそれは宇宙人の侵略同然、円盤でキャトルミューティレーションでございます。
やはり此処でホヤ王になる事に致します。神樹が二本あったっていいじゃない、だってにんげんだもの。他の神樹守の皆様におかれましてはさらなるご活躍をお祈り申し上げます。
さて、如何せん不老不死といえども老廃物は出ますし食事もしますし食事もすれば出るものは出るのございます。ピーチなプリンセスであろうとも魔法少女であろうともアイドルであろうとも人類種族であるならばこの呪われたサイクルから逃れられはしません。
しかしながらこの荒屋にトイレは無く、風呂も無く井戸も無く台所も無く寝る場所もなくそもそも乾いた大地の上に歪な丸太を打ち立て枝を掛け葉を掛け天井は藁、まさしく荒屋でございます。
ですがそれに何の不満がありましょうか。人が居ない、この一点のみにおいて此処はまさにパーフェクトワールド。出来れば狭い宇宙に唯一人永遠に閉じ籠もってそして考えるのをやめたというのが理想でございますがそこまでは申しません。
さしあたってはトイレは荒屋の影に穴を掘る事で対応致します。お尻はそのへんの葉っぱで充分でございましょう。かぶれれば人目はばからず掻きむしれば良いのです。
草の生い茂る大地に転がり幾数時間、段々小腹が空いてまいりました。そろそろ現状の確認をせねばなりません。不老不死なのにお腹が減る原理はとんとわかりませんが、このまま飢餓に飢えるというのもいい趣味とは申せません。
つきましては私はこの地で黙々と清く正しく生産活動に励み人並みに生活し酸素を吸入し二酸化炭素を吐き出し不浄を垂れ流す事にいたしました。
こうして私はこの神樹の傍を終生の寝床とし生きることを決めたのでございます。
まずは家、荒屋でございます。特に見るものはございませんので無視致します。粗末な小屋とは言っておりましたがそもそも小屋の体を成しておりません。明らかに作為的な物を感じずにはおれません。
奥深い森の中の開けた空間、おおよそ三十メートル程でございましょうか。ぽかりと開いた場所でございます。獣も居るのでござましょうがこの五日間ここに来たことはございません。煮ても焼いても食えるものではない生ゴミという自負が私にはございますのでそれ故でございましょう。
荒屋の隣には小さな衝立、その裏には残り二十五日分の食料と金貨、そして神様を名乗る不審人物よりお恵みいただいたランダムの装備一式がございます。
全裸でいる開放感はとても心地よいものでございますが猿から人類に進化するにあたって衣服は大事なもの、とはいっても得られたものがこの顔に付けた葉っぱ一枚である以上はどうしようもございません。これを服と見做すかは微妙なところでございますがあの自称神様の変質者にすればこれも服カウントなのかもしれませんね。アダムとイブに与えられた衣服も葉っぱでございましたし絵画にある天使は得てして裸一貫でございます。野蛮極まりなくきっと天使というものは頭が鳥類なのでしょうね。
他には錆びて折れた剣がございました。この二つが私がランダム抽選で手に入れた装備一式にございます。寒い季節ではないようですから概ね問題はございませんが、虫に食われるのだけはご勘弁といったところです。
次に祝福でございます。実は金貨と共にそれらしき物が置いてあったのですが、それを調べるという鑑定なるものがどうすればいいのかわかりませんのでここ数日放置しておりましたがここは一つ腹を括って叫ぶしか残された道はございません。古来より魔法とは叫んで使うものなのでございます。
私が不眠不休でプレイしたゲームもまたキャラクターたちが一戦闘で十回くらいは同じ魔法を叫んでいたものです。
さぁいきましょう、思いましたが声は出ません。そう言えば数年くらい喋った記憶がありません。言葉を発するとは意思表示であり自己主張であり他人の関心を乞う行為なのです。そんな行為が出来るくらいならば就職だって出来ていたでしょう。
この方法は無しの方向で参りましょうね。金貨の袋などが置いてある場所はほぼ放置しておりますのでそこに行って見ることにいたしました。小屋に備え付けの道具棚もございましたからそちらに何かあるかもしれませんしね。
ちなみにこの道具棚は初日にはなかったので神様のお気遣いという線はございません。一晩経ったところにょきにょきとしておりました。不思議でございますね。
覗き込んでみると空の壺に錆びた鎌に錆びた小斧、ボロの荒縄に古びた金槌が置いてございます。一番端っこのほうにちょんと置いてありますのは、虫眼鏡さんでございます。これが怪しい事この上ありません。
虫眼鏡を持って荒屋の前に行けばそこには私が生まれた母なるつるりんとした神樹の若木。今思えばこの有り様でどのように貧乏神様は誤魔化すおつもりだったのでしょう。二十か三十㎝程の若木、誰が見たって世界を支えるという神樹として不完全な有様でございます。
まあ私と合体したと言うからには立派だった神樹も退化してしまったのかもしれませんね。仕方がありませんね。
えいやっと手に入れた虫眼鏡で神樹を覗けば、そこには神樹(若木)と書いております。見ればわかるような事を態々言ってくる空気の読めないこの行動、まるで私のようでございますね。
しかしこれでこの虫眼鏡が鑑定道具で有ることははっきりいたしました。はれて鑑定の能力の使い方もわかりまして、神を僭称する不思議さんがおっしゃっておりました問題の祝福は金貨と食料が置いている場所にこれもまたちょんとそれらしきものが鎮座しましてございます。
紛うことなき福引でございますね。虫眼鏡でちらと覗けばそこにはしっかと祝福ガチャと書かれましております。いざいざいざ、取っ手を摘んでいざガチャりましょう。取り敢えず二万円分という気分でございます。ガチャは良い文明と申しますからね。
商店街で福引を引いて当たりを引いても言い出すこと叶わずそのまま握りつぶすしかなかった過去が偲ばれます。ガラガラと回せば銀玉の廻る良き音でございます。ごれがまこと銀玉であれば換金率が低くとも万は硬うございますね。
ガラリン、出てきたものは雪のような儚さと美しさの見事な白玉。ハズレ、残念賞。僭越ながら私が虫眼鏡で覗き込んでみました。残念賞、髪が伸びるのが早くなる。これはまた実にありがた迷惑でございますね。祝福ではなく呪いを疑われても仕方がありません。ということで福引を根っこから引き抜きバカンと割ってみました。入っているものは全て白玉、残念賞ばかり。
雑貨屋のくじを釣り上げるクレーンゲームや縁日の高額商品が陳列された糸引きくじなどではよく有るお話のようでございますが最後まで引いても一等賞が入っていないということがあるそうでございます。
クレーンゲームですべてのくじを引いても当たりが無く裁判沙汰になったとか。あとはくじ数が少なくなってくるとどこからともなく店員が現れ空くじを追加し最後までひかせないとか。まさしくそれというわけですね。
破壊した福引の白玉を全て覗いてみましたがどれもこれもヘソの匂いがなくなる、ムダ毛が生えない、たわし進呈、たわし進呈、もみあげのちりちりが取れる、たわし進呈、のど飴進呈、餅が喉に詰まらない、ファニーボーン現象にならない、たわし進呈、素晴らしいたわし率でございました。
全て開封しましたがたわしが山になっただけでございます。福引ガチャを破壊して中身を全て取り出すという凶行でございましたが中身がこれでは意味があったとも思えないところでございますね。
腹部を蹴られただけでこのような悪意ある行動を取るとは神を名乗るキチ○イだけあって実に懐が狭いようです。しかしながらよく考えれば神を名乗る奴に碌な奴は居ないとも申します。お客様は神様だなんて言い出すお客様は得てして疫病神、つまりはそういう事でございましょう。
さて、以上を以て私に与えられたものは全て確認終了これにて閉幕。人無き土地に吹けば飛ぶ荒屋、葉っぱ一枚に錆びた剣、多量のたわしに祝福という名の嫌がらせ。身体強化と魔力付与に言語理解。この環境でこれらがどれほど役に立つと言うのでしょう。暗に死ねと言われた気が致しますがそれならばきっちりとどめを刺して頂きたいものです。
そう、ここまでお話を聞いてくださった方もあっ(察し)といった所でございましょうが、繰り返し述べさせて頂くならば私はニートの引きこもりであり宇宙に一人で彷徨いそのうち考えるのをやめたいという事ございます。
申し上げておきますが私はコンビニで肉まんを買うという行動が出来ません。そもそも外に出ることすらございません。
学生時代には友達など無論おらず、担任教師にすら話しかけられず。ここに居ていいよと太鼓判を押されている自らの学年クラスの教室、そこ以外に行くことは出来ず当然ながら職員室に入ったこともございません。勿論就職も出来ずにニートになり、辛うじて家族だけが会話に至れましたがため息を付かれる度にマンボウのような弱さの心は折れ、ついにオフトンかむりとなった次第の人間なのです。
つまるところ、私は本当に無理なのございます。もう無理ほんと無理殺せ。買い物だってしたくありませんし、労働は嫌いではありませんがそこに人と関わるというものが付随する以上働くなどもってのほか。
人は独りでは生きてゆけない、それはなんと恐ろしい事でございましょう。私は知識もなく力もなく、一人では家も建てられずお洋服だって作れません。料理は出来ても食材は作れないのです。
そこに人との接触がどうあってもねじ込まれてくる、即ち私という人間は全く生きていくことが出来ない人間であったのでございます。社会不適合者とはよく言ったもの、私はさしずめ人間不適合者でありました。野生に帰れと言われれば喜んでそうしたでしょう。
ですが社会はそれを許してはくれません。見かけ上は人間の健康優良児であった私は社会の枠組みの中で常識を持って生きることがそれこそ常識だったのでございます。
世間という空気の圧迫、他人という見えざる目標、どうしてこうなっちゃったのかしらという階下から聞こえてくる声、話題に付いていけず的はずれな言葉を発して周囲を冷めさせる恐怖、ここぞという時に上手くいかない空気、積み上がり続ける恥をかく失敗談。ブルル。恐ろしい事でございます。
極論を申し上げれば私の視界に入らない世界は存在してほしくない、それぐらいに思っております。そう思わねば生きてはゆけないのです。影で私の知らない会話が成されている、つまり私を笑っているかもしれません。怒っているかもしれません。私の知らないところで皆私を笑いものにしているかもしれません。私が見ている世界は実は私が見えている通りの世界ではなく、私の行動と言動は周りからすれば奇異なものでしかないのでは。
その不安と恐怖、どうしてそれに耐えられましょうか。視界を外れた瞬間もうその人は存在しないのです。無です。それで漸く自らの精神を安定させることが出来るのでございます。
私の人生とは即ち生まれたことがゴールなもう終わった人生だったのです。私の世界は終末を迎えているのです。終わり。後はもう何をしても無駄。何をやっても駄目。受付終了。業務終了閉店セールすら終了したサービス残業中なのです。
私という存在は他人を恐れちょっとした事で心抉られてすぐ死ぬマンボウ。
そしてすぐ死ぬマンボウはこれ以上他人様のご迷惑にならないようにこのような森の中で親切にもきっちりと私だけで終わっている此処でひっそりと誰と関わる事もなく黄泉路にも似た残りの残業を粛々とこなすのでございます。何年何百年何千年でもこの残業が終わるまで。
気が重くはございますが、人生の社畜である私は何も出来ずにただ生きるという労働を繰り返すのみ、ああなんて不毛なチートの転生人生。今からでもそのへんの野良猫とチェンジでもしてくれれば良いのですが生まれ落ちた後は何も出来ないと神様という割に全くヘタレなことを申しておりましたからきっともう駄目なのでしょう。
さて、書き終わった日誌を楚々と地面に並べまして。つきましては私が今は日誌替わりに使っておりますこの紙、毎日一枚神樹の前に置いてあるのでございますが実は私はこれに見覚えがございます。
オネダリ用紙。ニートであった私が浅ましくもネットやチラシを見て何かを手に入れたいと思った時に母に陳情する為の紙であったものでした。
夕食が配給された時にそっと部屋の前に置いたものでございます。勿論手に入れるもタダではございません。
滅多にありませんでしたが私が奇跡的に手持ちに金銭を所持していたならば即日、それがないならばスタンプカードが支給され家事手伝い、内職の手伝い、中古ショップに売れるような品物の供出、そういった行動を取ることでスタンプが押印され規定まで溜まりましたら購入頂けたのでございます。
それでなくとも母が必要と判断されれば配給はされましたが、娯楽品や嗜好品は基本このスタイルでございました。勿論母の好意と愛と義務感と貯金に縋るこの行為は母の気まぐれにより成り立っており、もっと頑張りましょうと暗にダメ出しをされる事もあれば臨時収入や機嫌の良い時などは私が何を言わなくともそのオコボレにありつける事もあったものです。
この紙がここにある、つまりはそういことでございましょう。取り敢えず食糧問題を解決する為に食料、オフトン一組と衣類とお風呂を陳情する事にいたしました。住居である荒屋は道具棚の斧やハンマーで自力で何とか体裁を取り繕う努力をせねばなりません。
働かざるもの食うべからず、働きもしていないのに美味しいごはんを食べ続けた私が人と関わるという最大の壁が無いここに来てぐうたらとするのは母に顔向けが出来ませんからね。
小屋を整えて内職に励む、人生の残業とはそのように過ごすものでございます。