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救世のレイスノヴァ ~君と僕との異世界革命~  作者: 樹 夕
第一章 天を仰ぐ雛
3/7

プロローグ3



 辺りは真っ白な空間が広がる。いつ気がついたのか、いつからここにいるのか分からない。神谷庵は死んだのであろう。春の微睡みの中にいるような心地よさが、心を、体を少しずつ溶かしていくような感じさえする。死とはそういうものなのだろうか。

 少しずつ神谷庵という、情報の集合体の欠片が一つずつ消え、世界からいなくなる。だから世界から忘れられない為に子孫を残し、偉業を成す。そうやって世界に名を残すのだろう。


 だとするのなら、俺は差詰、世界に忘れさられた存在になるのか。なんとも笑える。この期に及んで大それたことを言う。まさに中二病万歳じゃないか。

 そんなことはどうでもいいな。俺は考えるのも疲れたよ。

 



 しかしここは良い。ここで神谷庵の終わるのを待つのも良いかもしれないな。



 

 ふと、俺の名前を呼ばれたような気がした。だがそんなはずはない。ここに俺を認知する存在がいるはずがないのだ。



――イ……さーん!



 やっぱり間違いない。


 少しずつだけど声が聞こえてきた。


 俺はゆっくりと重い瞼を開き、周囲に目を配らせる。

 すると、目の前には眩いくらいに光輝く大きな門が眼前にあり、まるで俺を招いているようにだった。



――イオリさーん!! イオリさーん、聞こえてますか?


 

 今度ははっきりと聞こえた。

 この柔和で耳心地の良い声はソフィアだろう。と言うかこの空間で呼びかけられるような存在を俺は一人しか知らない。だが、辺りを窺うが肝心のその姿はなく、どうやら声の方向からして門の中のようだ。



――あれ? おかしいですね。返答がありません。多分……いえ間違いなく聞こえているはずなんですが、ま、まさか……。



 絶え間なく呼びかけていたソフィアは、俺の反応がないことで、少し焦ったような声色を発する。さっきまでの憂鬱な気分をぶち壊され、少しだけ煩わしく感じもするが、なんか焦ってるし可哀想だから反応してあげるか。



(ちゃんと聞こえてるよ。ずっと呼びかけてるけどさ、何というか、なんでそんなに焦ってるんだ)



――あ、イオリさん! 良かったです。もうっ聞こえてたら反応してくださいよ! 焦りもします。だってあまりうかうかしてますと消えちゃいますからね。ふふっイオリさんとまたお会い出来てとても嬉しいです。



 サラッと言われた消えちゃいますからねって言葉の指す意味については聞くまでもないだろう。神使にそう言われると実感が湧くというか、普通に怖い。

 ソフィアからはそのまま門へ入ってきてくださいと指示をされ、俺は素直に大きな門を開ける。見た目とは違い、力は必要なかった。

 

 



 眩い光に目を細めると、温かく柔和な風が頬を撫で、甘酸っぱい花の香りに包まれる。目が順応するまでその場で立ち尽くした。

 蒼天の下、辺りには色とりどりの見たことのない花々が一面に咲き乱れている。

 花はどれをとっても萎れたり、枯れたものはなくその様子だけとっても俺の住む世界とは違うのだなと実感する。

 コツコツと鳴る石畳を門を背にゆっくりと歩くと、青藍色の髪の女性がガゼポの中から手を振っているのが視界に入る。


 俺はにこにこと柔らかな笑みを浮かべる女性の対面した位置に腰掛けると、


「どうも、ソフィアさんでしたっけ? 」



 俺は質問をするためのきっかけを作るために問いかける。



「はい! ソフィアです! もう、イオリさんも連れないですね。私を呼ぶときはソフィアって呼び捨てで呼んでください」


 

 人差し指を突きつけて頬を膨らませる彼女の仕草を眺め、可愛いなと感じつつも、まるで親しい友人以上の距離感で投げかけてくる言葉は俺に少しだけ違和感を感じた。



「……ソフィアさん。こ――」


「――ソフィア」


 

 スッと表情が失くなるソフィア。もはや有無を言わせない、そんな威圧だ。



「……ソフィア。ここは俺の元いた世界じゃないみたいなんだけど。ここは一体何処なんだ? 」


 俺の言葉に嬉しそうな彼女に続く、


「ふふっよく出来ました。ここは貴方達の世界とは違う世界、つまり異世界『アニムスヘルム』になります。そして今私たちがいる場所。名をアストガルムと言います。天国のようなところだと思っていただいて構いません」

 


 へぇ、ここは異世界だったのか。アニムスヘルム……。 



「なぁソフィア。俺まだ異世界に行くことや異世界での目的に関して了承してないんだけど……」


「え? 」


「え? 」


 ポカンとした表情をし、こちらを小首を傾げて見つめてくる。やめろ。それは俺に効く。それから自分が俺の承諾を取っていないことに気がつき、慌てふためくソフィア。その姿は容姿の美しさとは違いとても可愛らしかった。


「イオリさん……。イオリさんの世界には事後承諾という素晴らしい魔法の言葉が……」


 あ、コイツ完全に忘れてるよ。俺の中でこの神使へのポンコツレベルが急上昇していく。


「まぁいいよ……」


「ですから、その――。あれ? い、良いんですか!? 」


 もし、俺が生きていたらもっと悩んでいただろうけど。もう俺は前の世界では既に死んでいる。だから異世界転生も有りかなと。まぁ、はっきり言って異世界の女の子とウハウハしたい。それに尽きる。


「神谷庵の役割はあの時死んで終わった訳だし、この際、異世界でもどこでも行くさ。それにソフィアのお陰で少しは覚悟を持って逝けたしな。それより俺は何でアニムスヘルムに連れてこられたんだ? 」



 俺の覚悟とは、同僚に予め俺に何かあった際には、俺の家のPCを風呂に沈めてくれとお願いして死ねたことが唯一の救いだった。まさかここでラノベの知識が役に立つとは思わなかった。



「ふふっそうでした。先日もお願いしたのですが、イオリさんにはアニムスヘルムの救世主になっていただきたいんです」


 そう、初めて彼女と夢の中で出会った時にも同じことを言われた。アニメとかゲームの定番とすれば勇者だったりすんだろうけど、彼女の言う救世主と何が違うのだろう。



「ゲームとかで言う勇者とその救世主ってどう違うの? 」


「イオリさんのおっしゃるげーむ? というのはよく分かりませんが、イオリさんの知っている勇者の知識を教えてもらえますか? 」


 勇者と言うとまぁ細かくいうと色々あるけど、王道はあれだよな……。


「俺の知ってる勇者は人を魔物の脅威から助けて、悪の魔王を倒す、ってそんな感じかな」


 するとソフィアの表情が真剣なものに変わり、俺も自然と背筋が伸びる。


「だいたいの認識としてそれで問題ありません。少し補足をさせていただきますと勇者は人間側を、魔王や各種族の王は魔族側を守護しています。勇者が倒されれば新しい勇者を、魔王が倒され次の魔王を、均衡が崩れれば更なる悲劇が生まれます。略奪、殺害、奴隷。この世界の歴史は均衡が崩れる度にそれを繰り返していました。とても醜く、悲しい戦いの歴史です。そして私達は暗く冷たい種族間での争いが絶えないことに胸を痛めていました」


「それで救世主という役割を作ったのか? 」


 それに首を縦にし、肯定するソフィア。


「イオリさんのおっしゃるように、そこで女神様が生み出したのが、救世主というシステムです。辛うじて現在は人間と魔族との間で大きな争いはありません。ですが、このまま争いを続けるようならば秩序の乱れが進み、生き物の住めない環境になることでしょう。それを防ぐために救世主はどちら側の種族にも付かずに中立。公平な立場に努めなくてはいけません。つまり、救世主が守るのはこの世界です」


 世界を守る、だと? それって人間を守るより、魔族を率いるより困難なことなんじゃないのか? 完全に板挟みじゃないか、中間管理職万歳だな……。



「ま、守るのはわかった。概ね想像通りだし、救世主らしいっちゃらしいしな。だけど俺がそれを担ったとしても敵を排除し、味方を守るだけの力がない。まぁ敵味方の分別も難しいところではあるけどどの道、力がないことには話にならないだろ? 」


「その通りですね。もちろん貴方には女神様から承りました祝福を用意してあります。どうぞ」


 そう言うと、彼女は自身の透き通る肌をした右手を差し出した。それに従い俺も右手を前に出す。柔らかい手の感触がしたと思ったらふんわりと柔らかい光が俺を包む。


「こ、これは!? 」


「女神様からの祝福の種子です。発芽するまでには少し時間がかかるかもしれません。ですから、それが育つまではあまり無茶はしないでください。……だ、大丈夫ですよ。そんな不安な顔をしないでも、もちろんあちらの世界で協力者がいますので、身の危険がある時はその者に助けてもらってください」


 おいおいとも思ったが、協力者がいてくれるのであればなんとかなりそうだ。でも、種子の発芽がするまでは前線には出れなそうだ。


「さすがにこれじゃあ発芽するまで何もできないぞ? もっとさ、こう、ちゃちゃっと強くはなれないのか? 最悪死ぬ可能性だってありえるだろ」


 だが、彼女は再び首を縦に振ることはなかった。

 

「申し訳ありませんが、私では祝福を授ける事ができません。私は一、神使にずぎませんので……」


「う、嘘だろ……」


 どうやら異世界ラノベのようにチート能力などを貰うことはできなさそうだ。


「お力になれずにすみません……。ですが貴方以上に救世主という大役を務める事の出来る人を私は知りません。それに、イオリさんなら必ずやり遂げて下さると信じております」


 そんなことで信じられても困るんだけどな。


「何で俺が適任になるんだ? 」


「女神様の使う神具にて魂の選定をしており、そこで貴方のことを知りました。貴方は救世主に相応しいほどの素養を持ち合わせています」


 なんだろうこのご都合主義な感じは……。はぁと長い息を吐き、深く息を吸う。



「わかった。その役目、取り敢えずは引き受けるよ」


「あ、ありがとうございます! 」


 さっきまでの真剣な表情がぱあっと崩れ、途端に明るい表情をする、ソフィア。俄然こっちの方が似合うな。


「イオリさんどうかしたんですか? 急に笑顔になりましたね」


「あぁ、その、そっちの方がいいなって」


 え? と言う声を上げるソフィアに俺は頬杖を付いて周囲を眺める。


「ソフィアって笑顔の方が似合うなぁってさ。あんまり力になれないかもだけどさ。頑張ってみるよ。俺なりにね」


 一呼吸おいても反応がないので顔が熱くなりながらも、目線を彼女に向けると、


「――!! 」


 顔を両手で覆い耳まで真っ赤にしていた。


「ソフィア顔が――ブフッ」


「な、なんでもありませぇん!! こっちを向かないでください!! 」


 人生で俺がされたかどうかわからない位、衝撃の強ビンタをされた。あんまりだ。

 

 抗議しようとソフィアに目をやるが、盛大に目が泳いでいる。それを見ると怒る気持ち収まり、ひりひりと痛む頬を摩りつつ、彼女が落ち着くのを待つ。まさかこんな綺麗な神使様がめちゃくちゃウブだとは……。

 



 こほんとわざとらしい咳払いをして、


「……先程は失礼しました」


 彼女は俺に謝罪をしてきた。今更だけど。


「いいよ。痛くなかったって言ったら嘘になるけど……。そういえばさ、種族っていうのは亜人とかエルフとか? 」


「そうですね。もちろんいますよー美しい種族、逞しい種族、可愛らしい種族。様々ありますね」


 天に向け無言のガッツポーズ。

 全く、駄目だよな。争いなんてものは良くない。良くないよ。

 ケモ耳少女に、メイドさん、エルフに騎士の女性。この素晴らしき命を奪う可能性のある戦いなんてさ。平和万歳!! 


「ふーんそっか。なるほど、ふーん。俄然やる気が出てきたよ。ちなみに向こうへ行ったらソフィアさんと連絡は取れないの? 」


「ふふっそれは良かったです。そのうちという返答になりますね。始めの頃のイオリさんでは無理ですし、向こうの協力者でしたら可能です」


「そうか、じゃあ出来るようになったら、毎夜ラブコールするから――ブヘァッ」


 冗談の通じないウブ女が……。い、イタヒ……。


「と、とにかくです! イオリさん、貴方が頼りです。どうか世界を平和にしてください」


「出来るかどうかわからないし、平和に出来なくても俺のせいにしないでくれよ? まぁ、期待しないで見ててくれ」


「ふふっ、イオリさんらしい答えですね」


 とそういった彼女が眉を下げ、微笑んでいた。特に気にするようなことではないだろう。それより、ついに始めるのだ。俺の異世界での第一歩が!



「ふふっ、失敗したらどちらかの種族がなくなるか、最悪世界が失くなるだけですので」


 それはわかっていたけど、聞きたくなかった。重い、重いよ。


「最後に、良いか? 」


 はいとソフィアが頷く。


「か、彼女とか出来るかな? 」


「貴方はこの世界に何しに行くんですか……」


 







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