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この作品には 〔ガールズラブ要素〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

千羽さんの短編集

香る闇

作者: 千羽稲穂

 お久しぶりです。覚えてますでしょうか。当時あなたの生徒だったくりやまさとです。その節はお世話になりました。先生が大事にしてくださった思い出いつまでも覚えています。


 こんな手紙初めて書きますし、先生より若い人が書く手紙だから、形式なんてなってないですが、あることを聞きたくて手紙を出しました。


 古い形式の手紙と言う形で出したのは、私が先生の住所しか知らず現在の電話番号、メールと何も知らないからです。あるいは、私の友達を伝って聞き出したら、先生のメールアドレスぐらい知れたのかもしれませんが、やはり当時の私と先生の中を考えるとやめておいた方がいいのかな、と考えました。


(先生は同窓会もご参加になられず、会う機会もありませんでしたので)


 私は現在大学生をしています。

 先生と会ってから数年の月日が経っていますね。先生にとってはつい最近の出来事でしょうが、私にとっては随分前の大昔のことに思います。


 今でも先生と仲を忘れたことはありません。

 当時高校一年だった私。そして研修生だった先生。

 私達は、放課後の夕暮れの中で出会いましたね。


 当時の私は家庭のごたごたで精神的に参っていた私を見つけてくれたのは誰でもない先生でした。

 そして、誰にも言わず、誰にも見せなかった私の悩みを親身になって聞いてくれたのは先生だけでした。


 先生は私だけ相談を受けて下さりましたのかもしれませんが。最初先生に会った時はそんなに、でしたよ。しかし、先生は私にとってはとても優しい方で、どんなに重たい事でも、どんなに軽い事でも、先生は同じように必死になってくれて。


 私はそんな先生に惹かれていきました。


 告白のきっかけとなったのはバレンタインでしたね。

 あの日、料理が苦手な私は丹精込めて作っていた本命のトリュフを失敗していました。それでもなんとかパウンドケーキ作って、ぜんぜん自信がなかったけれど、私はそれを思いっきって渡しました。先生だけは特別に甘々な手紙を添えて。


 あの手紙には今までの悩み相談のお礼と心に秘めた気持ちに包めていました。気づいておられなかったかもしれません。先生は心底喜んでいましたね。私もそれを見て、ちょっとだけ申し訳なくなり、ちょっとだけ安心しました。


 それから、お返しのホワイトデー。

 あの時に先生から告白されたとき、私はこの世の終わりが来てもいいくらいくらい幸せでした。


 この時のことを思うと先生は元から私に告白されるつもりだったのではないか、と思います。私は最初はそんなに、でした。でもその頃は先生のことを心底思っていました。先生はそれを読み取り、私のチョコをきっかけに告白される決意をされた。


 いえ、そんな甘い事があれば嬉しいなって、思っているのです。

 今更こんなことを言うのも何なので、気にしないでください。


 さて、ちょっとだけ話が外れました。少しだけ本命の話に路線を戻したいと思います。


 実は今も思うのです。

 あの日のバレンタインがなかったら、きっと先生は私にその心に秘めた気持ちを打ち明けはせず、私も先生に言わず周りに悟らせず、普通に人生を送っていたのではないかって。お互いそういうところは億手でしたから。


 ああ、そうだ。実はあの時の仲は今でも私の友達にも気づかれていませんから安心してください。


 先生はどうですか。私は頑なに口を割りませんでしたが、先生はお酒と雰囲気にやられてぽろりと私と先生の仲を話したりしましたか。先生ならあるいは、と思ってしまっています。


 でも、それなら、きっと今頃私はあの出来事について言及されますね。

 先生はきっとそんなことをしなかった、と言うことでしょう。


 ちょっと意地悪なことを言ってしまいましたね。

 すみません。冗談です。

 

 私は今でも先生を信じていますよ。


 今頃終わったことを蒸し返すのは限りなく失礼な事でしょうし、先生もお嫌いでしょう。私もそうです。

 だから今の今までの時のことは黙っていましたし、忘れようとしていました。

 チョコの香りを避けてまで私は先生を守ろうと、信じようとしていました。


 ですが、限界が来てしまったのです。


 つい最近気づいてしまったのですが、夜に灯りを消すとある匂いが漂ってきます。

 あの出来事のチョコの香りです。


 甘い匂いに蹴落とされて、私はあの日の先生の行動を思い出さずにはいられなくなって、眠れなくなっています。


 実は私、あの時の先生の行動が未だに信じられなくって、思い返すのです。あの出来事から先生と私はどこかぎこちなくなって、先生が研修生を終わるころには自然と私達の仲はなくなってしまいましたね。


 今日、こうして手紙を書くのは凄く怖いです。

 あの日、先生は何でそうまでしたのかって。

 筆が止まってしまいそうです。

 文字が崩れてしまっていたらすみません。


 私達は、あの時大人と子供と言う甘い関係ではなく、紛れもなく男と女と言う関係を築いていました。

 今となって、あの関係が築けたのはそういう訳だと、頷けます。


 私は、今でも先生が好き……


 ……とは言えません。あの日からある疑念をどうしても払拭できないからです。


 先生はあの時どうして。


 いえ、そんなこと、先生も知らないでしょう。

 私が先生のあの日、先生がいたことを見ていたなんて。




 ――




 夜道を歩くと、またあの香りが漂ってきました。

 甘いビターのチョコの香りです。どうやら私は暗闇を見ると、あの香りをほのかに香ってしまうようです。

 先生、私この匂いが好きですよ。


 思い出しませんか。私達が付き合った日のことを。

 まだまだ初心な高校生だった私を、先生はありったけの甘さがあるチョコで告白してくれました。


 私はあの香りが好きです。だから、この香りを漂わせるこの暗闇がどことなくあの日のことを打ち消そうとしていることが怖いのです。


 暗闇が襲ってきそうです。

 このチョコの香りを嗅ぐために暗闇に慣れなければいけないのに、どうしても黒く深い霧に香りを阻まれます。


 夜道を歩く時、先生との思い出しては、口を噤みます。


 あの日あの時、先生と出会えてよかった。それなのに、私達の関係は壊れてしまった。暗い闇に葬り去ってしまえばよい記憶を私はどうしても消し去れなかった。


 夜寝る時の電灯が光っていて、私に笑いかけてくるのです。

 夜道に光る電灯がじじっと私に急かすのです。


 先生に聞いてみなさい、と。


 恐ろしくて、恐ろしくて、泣きそうになります。私は伝えるのが怖いです。

 もしかしたら、この電灯が私にこの香りをかがせているのかもしれません。


 先生?今どこに居ますか?私を救ってくれませんか?


 私のせいなのでしょうか?


 それでも、私はこの香りを好いてしまっていました。

 この香りを愛していました。




 ――




 先生との関係が続いたある日、今年も終わりと言う時、先生は私から悩み相談を受けましたね。あの内容は覚えてますでしょうか。先生に告白されてからちょうど一年ぐらい時です。


(なんとか書けるように何度も書き直しているのですが、分かりづらくて、すみません。私はこう言った書体は苦手なのです。)


 私は忘れていません。

 あの悩み相談は、こう言ったものでした。



『知り合いの女の子に告白された、どうしたらいいのか』



 私はそう言った気はないのですが、それでもその告白された子にほのかに漂う香りに魅了されていました。

 何でしょう。恐らくそういった思考が珍しくて、彼女に興味を持ってしまったのだと思います。


 彼女は睫が長く、肌はすべすべとしていて、胸があり、とても可愛らしかったのも、その一つだと感じます。私は彼女に対する気持ちと、先生に対する気持ちとが相重なって、どうしたらいいか分からなかったのです。


 彼女はいつもチョコの香りを漂わせていました。

 まるで年がら年中バレンタインのように彼女はお菓子を作り、いつもプレゼントしてくれて、その美味しさたるやありませんでした。


 彼女はお菓子作りが得意な子でした。作るお菓子は様々で簡単なパウンドケーキから、難しいしっとりとしたチョコケーキまで。チョコを絡ませたものが得意なようでした。だから、彼女の香りはチョコの香りだったのですしょうね。


 私の大の親友でした。先生には申し訳ないのですが、『知り合い』だなんて嘘だったのです。あの子と先生に気を重くしてほしくなくて嘘をついていました。


 あの子はずっと私の傍に居てくれて、先生に告白されたことも、彼女だけには言っていたのです。彼女は笑って、私の背中を押してくれました。家庭内のごたごたも先生と彼女が居たからこそ切り抜けたのです。


 あの時は彼女にどこか引け目がありました。

 このまま先生と付き合ってしまえば、彼女との関係を壊してしまう。彼女が私の気持ちを応援した時の気持ちを思えばなおさらです。彼女は私から振ってもいいから、たまらなくなった感情を開け放ってくれた。


 それに私はどう答えればいいか、どうすればいいか分からなかったのです。

 

 私は彼女を好いていました。

 それがどんな程度なのか、今となっては分かりません。分からないのです。私の中の気持ちに折り合いがつかないのです。そんな気持ちが彼女に知られてしまったのかもしれません。


『ずっと、好きだった。この気持ちを隠してはいられなくなった』


 彼女は苦し気に伝えてきました。私は何も言い返せず、その後に先生に相談しました。


 先生は一緒に悩んでくれました。

 あの時の先生はいつになく真剣で、彼女を気にかけて、そして私をとっても愛してくれました。


 あの日、あの時間、切り取られた場面を、私は告げなければなりません。


 先生にあの時のことをどうしても聞かなければなりません。今も怖いのです。


 先生、あなたは何故いつもとは違う時間にあのホームに立っていたのですか。

 私はあの時向かいのホームに立っていました。


 それは悩みを相談した数日後のことです。


 ホームにぼんやりと佇んでいると、向かいのホームに先生が居るのを見つけました。


 そしてその前にはさきほど『ばいばい。また明日』なんて、ぎこちなく挨拶した愛しの彼女が居ました。そんな状況がおかしくって、私は自身の瞳に写る彼ら姿を離しませんでした。


 そこにやって来る、電車。まさにその時、彼女はホームから彼女は落ちました。


 暗闇へ、彼女は身を投げ、私は驚きのあまり声を失わせてじっとその場を見つめていました。どす黒い衝突音と共に彼女の甘い香りが思い出されました。

 私はそこにやってきた嫌な風と共に、周りの悲鳴に埋もれました。



 ただただそれを目に映していました。



 彼女の命は電車と、薄暗い何かに蹴落とされて消えてしまったのです。


 彼女を失った後、私は先生を避けて、暗闇に放り出された彼女の香りを思い、暗いところを避けました。

 すると、電灯を消すと、いつもあの香りを嗅ぐようになっていました。


 この香りは彼女への私の思いがそうさせているのか、それとも私が先生を思って自身に嗅がせているのか。私は彼女を愛しているのか、それとも先生が好きだから、信じているから、そう信じていたのに、何度もこのチョコの香りは私を包み離さず、私に思考を止めさせてはくれません。


 私はどっちに恋をしていたのでしょうか。

 私は先生を愛していたのでしょうか。

 この疑念をどうやったら消せるのでしょうか。分からないのです。



 教えてください。先生。



 あの日、何故先生はあのホームに居たのでしょうか。

 あなたは彼女の背を押したのですか。



 ――



 拝啓 


 栗山千里様


 このたびは私の兄、佐藤さとう和樹かずきにお手紙いただき嬉しく思います。私、佐藤さとう園子そのこは兄に宛てての手紙を開封してはいけないと思い、未だに開けていませんことを念頭に置き、お読みください。


 栗山さんはおそらく兄が話していた研修時代の可愛らしい生徒さんでいらしますね。兄が嬉しそうに語っていたのでよく覚えています。こうして栗山さんの手紙が届いていること、大変私も嬉しく思います。兄はこうして未だに慕われているのだと。


 しかし、兄について私はあなたに告白をしなければなりません。兄を慕っている栗山さんだからこそ、教えなければならないと思い、今回手紙を出させていただきました。


 兄は研修を終え、教師職に就いた一年目の二月十四日に自宅で首をつり自殺しました。


 どうかお気を落とさないでください。

 兄にこうして手紙を出してくれたこと、きっと天国の兄は喜んでいることでしょう。この手紙は墓前に添え、その後に、栗山さんにお返しします。


 佐藤園子


 敬具

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[一言] バッドエンドコンテストを辿ってきました。 言い淀み、認識が揺らぐような語り口が恐ろしかったです。 名前が中性的であったため、途中で語り手が女性であったか男性であったかわからなくなり、タグを…
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