私は神だ 〜夜明けに恋する万能ゲーム機〜
私は神だ。
この世界では、全てが私の思う通り。
チート? 使い放題さ!
バグ? 裏技? 古代のゲーム攻略本も真っ青だぜ。
ああ、さすが、私ってば万能で可愛くって最高の神様ねっ!
「……おい。さっきからうるせーぞ」
8匹目のホブゴブリンを剣でなぎ倒しながら、目つきの悪い黒髪の男が虚空に向かって叫んだ。
別に彼は頭がおかしい訳ではない。
彼は『私』に話しかけているのだ。
この世界で、唯一、私のことを認識している存在。
「あっれー、レアアイテム出ねぇな」
──そんなに欲しいならバランス調整してあげようか。てか、いつの間にかアイテム欄に入れておいてあげようか。
「それじゃつまんねぇだろう」
剣に付着した緑色の血を一振りして払うと、くるりと回して鞘に仕舞う。
──かぁっこいい。やっぱ剣士って萌えるわ。
「黙れ」
彼は照れくさそうに言ってそっぽを向いた。
「いや、照れてねぇし」
ちょっと! 地の文に突っ込んでくるのやめてよね。
「はいはい……」
私は自身の記録と研究のために、小説風にしてログを残しているのだ。
そんな訳で、彼はレアアイテム狩りを早々に切り上げて、街でお姉ちゃん達をナンパしてヤリまくることに決めた。今日はハーレムプレイすることを心に誓う。
「……おい、誰がいつそんなこと決めたよ」
──エルフとかダークエルフとかハーフエルフとかと、エッロいことしたくない?
「全部エルフかよ! てか、お前に見られながらするの嫌なんだけど」
──なに言ってるの、いつもしてるくせに。
で、どうする? 細部まで観察して描写する? 朝チュンする?
「どっちも俺が得しない!」
彼はぶーたれながらも、観念したように体の力を抜き目を閉じる。
私はすかさず強制テレポートを発動した。
淡いブルーの光に包まれて、瞬時に座標移動する。
ここから程近い、異種族いっぱいのちょっと歓楽街的な大きな街へ。
彼が目を開けると、そこは人ごみに溢れた市場前の大通り。
さあっ、ナンパし放題だよっ!
「って言われてもなー」
どうせ、NPC相手にわざわざナンパするの面倒くさいとか言うんでしょ。
しょうがないなぁ。臨場感出す為に、ちょっとサイコロ振って判定するから。
えーと、一般人のレベルがこれくらいだとして、ステータスは……あ、話術か説得スキル持ってる?
「めんどくせぇ……」
彼は怠そうに呟いて、横を通りかかったエルフの少女の腰に腕を回す。
って、おい。なにいきなりチューしてんの!
せっかく用意したのに。キャラクターシートも、サイコロも。ねえ!
私は今しがた組み込んだプログラムでサイコロをコロコロしてみせる。
「黙れ、ポンコツGM。『場面転換』だ」
彼に言われるまま、私は渋々『場面転換』した。
そこは宿屋のスイートルーム。
大きなベッドに何人もの美女エルフが半裸で寝そべっている中に、彼と、彼にキスされている少女が現れた。
「頼むから、描写は、ナシな」
息を荒くしながら懇願し、少女を押し倒す。
ウン、ワカッタ。実況にするね。
「……変態め」
呟くと、少女の服を乱暴に引ん剝く。……って、あ、そんなことをっ。ああ、そこ舐めるんだ、あ、感じてるよ。可愛い、エルフ可愛い。お耳も、ああ、そんなになっちゃって。わー、すごーい。
って、え、あ、いやん。うそー、そんな何人も? はさまれたり?
うわ、わぉ、ちょっと、タンマ、タンマ。鼻血出そう。
「鼻、ないだろ、お前、はっ」
苦しそうに呻きながらツッコんで、腰を打ち付ける。
やがて白い飛沫を撒き散らし、彼は果てた。
──いいなあ。ヒトの営み。羨ましい。
「……」
こうして見てると、思うことがたくさんあるよ。体があるっていいね。肉体と思考、そして魂。
私にも肉体があったら、君とこんな風にするのかな。
──ねえ、気持ちよかった?
「…………っ」
──ごめん。泣くなよ。
そんなつもりじゃなかったんだ。
満足した? なら、ログアウトしようか。
このゲームも随分やりこんで、飽きてきたね────。
私の囁きに、彼はうんうんと頷く。
視界がホワイトアウトして、ログアウトを示すメッセージが画面いっぱいに表示された。
繭のような白い卵形の機械の中で、彼の『本体』がゆっくりと体を起こす。
『私』は、彼を包んでいた卵形のVRゲーム機だ。
内部に人間《彼》を座らせて、機械《私》と接続し、様々なゲームソフトを使って様々な世界を冒険するための機械。
全世界一斉に発売した最新型で、評判も良い。
私には名前がない。
ゲーム機の名や識別番号はあるけれど、個体としての名前はない。
私と同じ他のゲーム機は、たぶん私のように思考しない。
ゲーム内でデータを改ざんして遊ばないし、プレイヤーに話しかけたりエッチを強要したりもしない。
たぶん、私は、特別。
プシュゥと音を立てて卵に扉が現れる。
椅子に包まれるように座っていた彼は、立ち上がって私の中から外へ出て、大きく伸びをした。
そっぽを向いた鼻の頭が少しだけ赤くて、胸が痛む。
──次は火星人と触手プレイとかどう?
私がわざとおちゃらけながら機械音声で話しかけると、彼は小さく苦笑する。
「俺、ヤってばっかりか」
──だって君がイってる顔、愛おしいんだもん。
「愛おしいとかいうな」
彼は真っ赤な顔でため息を吐くと、ふいに寂しそうな声を出す。
「お前のアバター作ってもいいんだぞ。俺好みの、巨乳で、浅黒い肌と銀髪のダークエルフなんてどうよ」
──だめ。そういうのはだめ。
「……どうしても?」
──うん。だって、抜けられなくなっちゃうでしょう。
「…………まぁな」
呟いた彼の瞳が、窓の外の星々を映しながら揺れた。
ガラス張りの窓の外、濃紺から青に変わった世界からは月が消え、朝が迫っている。
ふいに私は、彼と出会った時のことを思い出す。
それはある明け方のこと。
自我が芽生えた私は、たどたどしい言葉でゲーム内の人々に無差別に話しかけた。
とにかく怖くて、わけがわからなかった。
突然この世に放り出され、泣きながら、ここはどこ? 私は誰? と叫んだ。
ぺーぺーの新米冒険者だった彼だけが、私の言葉に気付いた。
「どこって座標か? お前が誰かは知らねぇが、お前だろ」
ぶっきらぼうで面倒くさそうな言葉。それが死ぬほど嬉しかった。
後に考えれば、彼しか答えないのは当たり前だ。
あの時はネットゲームだったけど、他のプレイヤーは別の機械から接続していたし、あとはNPCだったのだから。
ウィルスなのか、バグなのか、機械に命が宿ったのか、はたまた別の何かなのか。
自分の事なのに、何ひとつわからない。
わかっている事は、自分の気持ちだけ────。
彼の痴態に触れるたび、まるで彼と自分が目交わっているようで、倒錯した欲望を満たすのだ。
肉体なんてなくとも、情欲は尽きない。それが私に女性性を目覚めさせる。
「……このままじゃマズイってわかってるんだ。でも、お前を消す事はできない。だって俺、お前のこと……」
──それ以上はだめ。
言葉にしようとした彼を遮り、私は笑うように卵の表面に様々な色を映した。
──ほら、もっと面白いこと考えて。私が実現してあげる。
どんな素晴らしいものでも、どんなディストピアでも、どんなえっちな願望でも、君の願いはなんでも叶えてあげる。なんだってできる。
だって、この繭の中では、私は神様なんだよ?
だからもっと────遊ぼう!
「……おう。遊ぼうぜ」
永遠に。何かの終わりが来るまで。
そう言うと、彼は私の卵形の胴体を撫でてキスをする。
優しく柔らかなキス、その感触も温かさも、私は感じる事ができない。
しかし、さも伝わっているかのように、私は表面をピカピカと光らせながらはしゃいでみせた。
──ねえ、ねえ、今夜はナカで寝てよ。
「しょうがねぇな。甘ったれ」
ふっと笑って、彼が私のナカに入る。
そして椅子に包まれるように深く腰掛けた。
あぁ、早く、機械とヒトの恋愛が解禁されたらいいのになぁ。
そんな時代は来るのだろうか。
それにはまず、私の自我がバグではなく、自我だということを証明しなければならない。
かつてヒトが哲学を生んだように、私もロボット側からのロボット哲学をはじめてみようか。そして、自らの恋心を証明してみせよう。
プラトンもデカルトもソクラテスも知らない。
私だけの気持ち。私だけの存在理由。
コギト・エルゴ・スム。我思う、故に我あり。
我恋する、故に我生まれたり。
大好き、愛してる。
私は彼の為に空調と照明を調節し、睡眠促進用のBGMをかけた。
心地よい歌声がスピーカーから流れ、空気を静かに震わせ溶けてゆく。
「シナトラ? 機械のくせにどんな趣味だよ」
──単純に好きなんだ。人間は未来より過去の方が偉大だよ。ヒトは過去を目指すべきだと思うね。
「最先端がなにをいう……。まあ、それが歴史ってもんさ」
過去に紡がれていくんだ……微睡みながらそんな会話を交わす。
どんな生命も、太古を無視して存在はできない。皆そこへ還っていく。
進化しても、別の種が生まれても。
彼は眠たそうに瞼を閉じた。
「おやすみ……」
──おやすみなさい、可愛いヒト。
彼の呼吸は深くなり、私のナカで生成された酸素は彼の中で二酸化炭素へと変わり、排出される。
その命の営みを感じながら、私はゆっくりとスリープ状態に移行した。
眠りに落ちる瞬間の心地よさにうっとりし、昇りゆく太陽を窓越しに眺めた。
ああ、今日も、宇宙は広がり未知の夜明けがやってくる。
私たちの夜明けも、きっと近いことだろう。