私の世界が変わっていく
窓から見える景色はいつも同じ。ただ色が変わったり雨や雪がふる以外は、いつも同じ。
そんなつまんない景色が、だけど私にとって唯一の生の外界。
めいっぱい開けた窓からくる風とか、花の匂いとか、雨の匂いとか、入りこんでくる雪とか、それが私の知ってる外の全部。
背伸びをしてギリギリ私の目が外を見れる位置にある窓は、30センチも開かないただの換気用。
外は『やま』と言う緑の盛り上がりと、それの窪みに白とか小さいツブツブのある場所だ。
あのツブツブは『まち』と言ってたくさんの人間がいるらしい。
そして上には『そら』と言う青いのが広がってて白いふわふわした美味しそうなのが流れてる。あれはたしか…そう『くも』だ。
『くも』が泣いて雨をふらしたり雪をふらしたりするらしく、風は『そら』が呼吸してできるらしい。
外が暗くなったり明るくなったりするのは『たいよう』とやらが出たり入ったりするかららしいけど、私の部屋からはたいようは見えないからどうでもいい。
私はあの人がいなくて暇な時は大抵外を見る。
緑が赤くなったりするし、いろんな匂いがするし、そらは色が何度も変わるから、つまらないけど飽きたりはしない。
「ご飯だよ」
ぼーっとしてるとあの人が来た。
私は背伸びを止めてクッションに慌てて座る。
あの人は私が外を見るのをあまりよく思ってない。どうやら外に出たがるんじゃないかと危惧してるらしいが、それは無駄な心配だ。
私はこの部屋から出たことがないけど、不満に思ったことは一度もない。
外に興味がないわけじゃないけど、あの人が嫌なら私はここからでない。
あの人が思ってる以上に私はあの人が好きだ。
「おはよう」
「おはよう、昨日はよく眠れた? 恐い夢は見なかった?」
あの人はそう言って微笑みながら鉄格子にかかってる鍵を開けて私の部屋に入ってくる。
この鉄格子から私の部屋に入ってくるのは世界でただ一人この人だけ。
時々、本当に時々鉄格子の向こうにこの人以外の人間がくるけど、私はそんな時は口を閉じるのだ。
この人は私に何でも教えてくれる。だから私は知ってる。
世界にいる人間は悪い人ばかりで、この人はそんな人間から私を守ってるのだ。
それだけじゃない。外は寒くなったり暑くなったりするし、お腹が減ったりして苦しいこともたくさんあるらしい。
でもこの人は私を守ってるのだ。全てから私を守ってくれて私に何でも教えてくれる人。
だから私はここにいる。
ずっとずっとこの人と一緒にいるのだ。
「見なかったよ。でもね、あなたがいないから寂しかったの」
「ごめんね、昨日は少し忙しかったんだ」
「悪者をやっつけてたの?」
「? どうして?」
「だって、あなたはいつも私のために悪者をやっつけてくれてるもの」
そう言うとあの人はにっこり笑ってそうだよと言った。
「私は君を愛しているからね。君のためなら何だってできるんだ。愛してるよベティ」
この人は名前をルースと言うんだけど私は名前を呼んだことがないし、この人も滅多に名前で私を呼ばない。
でも愛してるの後には必ずベティと言う。私は始め、『愛してるよベティ』という言葉かと思ったけど、このベティとは私の名前らしい。
『くも』や『そら』、『ご飯』、全部全部に区別のため名前がついてるらしいけど、私にはよく名前がよく分からない。だってどう見ても別のものだと分かるのに、どうして名前をつける必要があるのよ?
それに私にとって唯一の人間はこの人だけだから区別なんて必要ない。
あなたと呼べば返事をしてくれるから、私は名前を大事とは思わない。
「私も愛してるわルース」
でも今日は何となくそう言った。
そもそも愛してるの意味が分からないけど(特別好きって意味らしいけど、この人は私にとって唯一だからわざわざ特別な言葉を使うまでもなく特別だ)この人は私に時々使う言葉だから、いい意味なんだと思う。
そうしたらその人はとても嬉しそうにありがとうと何度も言って、いつも一日一粒のお菓子を今日は二粒くれた。
「ありがとう。私、ルースが大好きよ」
お礼を言うとこの人はもっと喜んだ。
それで気がついた、この人は『ルース』という言葉がとても好きなのだ。
だから私はたくさんルースと言うことにした。『あなた』のかわりに『ルース』と言うと、あの人はとても喜んだ。
○
「愛してるわルース」
そう言うとあの人は本当に嬉しそうだった。意味は分からないけど、あの人が喜んでるから私もなんだか嬉しかった。
外の世界の色が変わって、気がつくと私は背伸びなんかしなくても外が見えるようになった。
髪の毛が伸びて床につくようになった。
そしてようやく私は気付いたのだけど私とあの人は違う体をしている。
あの人だけじゃなくて、たまに鉄格子前にやってきて何かを言っている人間たちとも私は違うようだ。
大きくなれば同じになると思ったけど、違いは大きくなるだけだった。
たとえば胸、私の胸はだんだん膨らんだ。あの人の胸に手を這わしても、硬くしっかりしていたのに私には二つの柔らかい膨らみがある。
たとえば声、私の声はあの人や他の人間より高くて、普通に話しても部屋どころか鉄格子の向こうまで響いた。
たとえば身長、伸びたのにあの人にはまだ顔をあげないと目が合わない。
たとえば……きりがないから止めておく。これ以上私の異端をあげたところで意味はない。
それに私が異端だろうとあの人は私に優しいからそれでいいことにする。
あと最近気付いたけど、どうやらあの人は病気らしい。
夜に隣で寝てる日に、たまたま目をさましてあの人に視線をやると、股から何かを生やしていた。
そしてあの人は私の体に顔を寄せた体勢のまま苦しそうにそれをこすっていた。
たぶんあの人は病気で、股から何かが生えていて苦しんでるのだ。
可哀想だけど、あの人は私に知られないようにしてるみたいだから、私は知らないふりをする。
「愛してるわルース」
「ベティ、僕も愛してるよ。大好きだ。君のためなら何でもするよ。ベティ、ずっと側にいてくれ」
私があの人をルースと呼ぶのと同じように当たり前にあの人も私をベティと呼びだしだ。
『あなた』を使うことはなくなって、けど私とあの人は変わらない。
私は大きくなったけど、あの人は病気になったけど、あの人は私に優しいままで、私はあの人が好きで、私は外に出たいと思わなかった。
けど、あの夜を境に何かが変わった。
○
「はぁ、はぁ」
何度か眠ったふりをしたまま薄目で観察して分かったのだけど、彼は私の体に触れながらそれをこすっていて、そして最後はたくさん白いものをだす。
あれはたしか「うみ」だ。
以前、私がフォークを腕に刺して(その時まで私は痛いということを知らなくて、私の体が美味しいのか食べてみようとしたのだ。痛くてそれどころではなくなったけど)血が止まってからしばらくして腕がじゅくじゅくになってしまった時に、痛くても『うみ』を出せば治るとあの人は言った。
あの人が言うことはいつも正しい。だからあの人は毎日私に内緒で病気を治してるんだとすぐに分かった。
でもそれはあんなにうみをだしても小さくなるだけで次の夜にみるとまた大きくなってうみをだしてた。
きっとあの人はとても重い病気なのだ。
あんまりにもあの人が可哀想で、私は寝たふりをしてるのも忘れて泣いてしまった。
泣くのはあの人が嫌がるからいけないことなのに我慢ができなかった。
あの人は驚いて何かを言おうとしたから、私は分かってるのかわりにあの人の病気のそこをそっと撫でてあげた。
あの人は大きな声で何度もベティと叫んだ。ベティは私の名前と思ってたけど、別に私に何かを言いたいわけでなさそうなので私は勘違いをしてたらしい。
私は泣きながらも妙に冷静にそんなことを考えていた。
しばらくすると彼はたくさん『うみ』をだした。だけど今日は不思議なことに彼の股のそれは大きなままだった。
「ごめんなさい、ごめんなさいルース」
きっとこの人の病気は前より重くなってて、もっともっとたくさんうみを出さないと治まりすらしないのだ。
どうして気づいてあげられなかったのか。この人はこんなに私に優しいのに、私は愛してると言うことでしかこの人を喜ばせてはあげられなかった。
だけどあの人は首を横にふる。
「いいんだよ。それよりベティ、知ってたの?」
「…うん、ごめんなさい」
「いや…僕を、嫌いになってないかい」
どうしてそんなことを言うのか私にはわからなかった。
あの人は私に辛いのを黙って毎日私に笑って優しくしてくれてたのに、どうして嫌いになれると言うのか。
そういえば、病気が始まったころからあの人は前よりずっと優しくしてた気がする。
前より私の頭を撫でてくれてそれだけじゃなく肩も背中も優しく撫でてくれるし
前より私に触れて抱っこして抱きしめてくれるし
前より私を背中に乗せてお馬さんごっこをしてくれるし
プロレスごっこやくすぐり勝負もよくしてくれるようになってた。
けど、本当は苦しかったんだ。
私は謝ることしかできなかった。
するとあの人は優しく、舐めてくれるかい?っ言った。
私とこの人はとても仲がいいからそれだけで全てにがてんが言った。
つまり、怪我は舐めれば早く治るから、私が舐めて治療に協力すれば許してくれると言うことだ。
なんて優しいのか、私は改めてこの人と一緒にいればずっと笑っていれるだろうと思った。
「うん、分かったわ」
私は病気でうみのでるとこなんて汚いと思ったけど、昔はあの人が私の腕を舐めてくれたことを思い出して我慢した。
あの人はとてもとても苦しそうでまたベティベティと叫んだ。
すぐにうみは出たけれど私の口に入ってしまい、私は慌てて吐こうとした。
なのにあの人は私に飲めと言う。部屋が汚れるからと言われ、私は初めてこの人が嫌いと思った。
私が嫌なことを強要するなんて酷い人間だ。
けど、すぐに私の頭を撫でて何度もお礼を言ったから、まぁいいかと思って許してあげることにした。
○
そして、朝になってあの人は起きた私に微笑み挨拶をする。
「おはようベティ」
そこまでは同じだった。なのに、この朝はいつもと違うことをした。
私の唇に、自分の唇を押し付けてきたのだ。
私はあんまりに驚いたから、ぼけっとあの人を見た。
唇を離したあの人は私にどうしたのと不思議そうに言った。
私はびっくりするのを止めて、あの人を睨んだ。
「どうしてこんなことするの?」
「え?」
気持悪いわけではなかったし別に嫌ではなかった。
昨日の治療よりはずっと気にならないはずだ。
なのにどうしてか、とても恥ずかしいような気がして、私はやめてと言った。
「こんなことやめて。二度としないで」
最近あの人に裸を見られるのを恥ずかしいと感じてたけど、今のはそれよりずっと恥ずかしかったから、だから私は殊更嫌そうな顔をしてそう言った。
「そ…う、ごめん。ごめんよ。僕が悪かった。もう二度としない。だから許してくれ」
「……うん」
恥ずかしいのに、何でかそんなに嫌じゃなくてむしろちょっと気持良かったのは自分でも不思議で、別にもう一回くらいしてもいいかなと思ったけど、
でも
あの人が泣きそうに言うから、今更言い直すのもどうかと思ってただ同意した。
「ごめんね、本当にもうしないから」
治療をもう一度してあげるから、今のを何なのか教えて欲しかったけど、話を蒸し返すのも駄目っぽいからやめた。
その日から、あの人は私をベティと呼ばなくなった。
何故か名前を変えようと言い出して、私をキティと呼ぶようになった。
そしてあの人は少しずつ変わって行った。
まず、私がどんなに寂しいと言っても夜は私の部屋から出ていって一緒に寝るのを止めた。
そして私にお菓子の袋を渡して『好きな時に好きなように食べなさい』と言った。
そして私に触れる回数が減った。
そして、私の髪が長くて床に引きずるようになるころには、あの人は部屋に入ることすらなくなった。
○
「ルース、ルース」
「どうしたのキティ」
「どうして私をキティと呼ぶの?」
「…君がキティだからだよ」
「どうして私に触れないの?」
「…君が嫌がるからだ」
「寂しいよ。ルースがいなきゃ嫌よ」
「……僕は君とずっと一緒にいるよ。君の目の前にいるよ」
私は鉄格子の隙間から手をだして伸ばすけど、あの人には届かない。
「ルース…寂しいよ」
「…ごめんね」
私は泣いた。
大きな大きな声で、たくさんたくさん泣いた。
なのにルースは何も言わないで、困ったような笑みを浮かべて、何処かに行ってしまった。
私は泣いた。
前は私が泣けばすぐに私を抱きしめてくれたのに、今は私の前に来てさえくれない。
私は泣いた。
恥ずかしいからとあの人を拒むべきではなかった。
あの人は私の世界の全てで、私の全てをあの人は守ってくれてたのに、私はあの人に我が侭を言ったのだ。
それは、許されないことだったのに。
○
外が明るくても暗くても、構わずに私は泣き続けた。
そうしてしばらくすると、足音がして私は疲れてたのもあって泣くのを止めた。
足音が段々近づいてきた。
あの人が来てくれた!
私は嬉しくてご飯を食べてないからお腹が空いて目眩がしたけど、それでも来てくれたのが嬉しいから私は立ち上がって鉄格子に飛びついた。
「ルース! ルース!」
足音が近づいて………?
足音がたくさんするのは気のせいだろうか?
もしかしてルースではなくて悪者がきたのだろうか。
私は恐かったけど、でもルースだったら気を悪くするかも知れないから鉄格子の前で待つことにした。
キィと久しぶりに聞く音がして、私の部屋の鉄格子に通じる廊下の奥のドアが開いた。
そこにはルースもいた。
悪者もいた。たぶん、絶対悪者だ。だってルースが泣きそうな顔をしてるから。
「ルースを離して、ルース、ルース愛してる。悪者なんかやっつけて。笑って。もう我が侭なんか言わないから。ごめんなさいルース。もう二度とあんなこと言わないから許して。私と一緒にいて。ルース、愛してるの」
たくさんたくさん愛してると言って私はまた涙を流した。
なのにルースは悪者に手を捕まれたまま、抵抗もせずに首を横にふる。
「キティ…今までごめんね」
「どうして謝るの? 嫌よお願い、私から離れないで」
「ごめんね。君を今まで閉じ込めて」
「外に行きたいなんて思ってないわ。あなたが側にいればそれだけでいいの」
「ごめんね」
謝って欲しくない。
私は泣きながら悪者に怒鳴る。
「ルースを離して! 悪者! 悪者なんか、大嫌い! どっか行っちゃえ!」
悪者たちは何故か困った顔をしている。
「…早く鍵を開けなさい」
悪者に命令されてルースは鍵を開ける。
部屋から出れるのに、出てルースを助けられるかも知れないのに、体が動かない。
恐い。
外に出るのが恐い。
外は恐いことがたくさんあるとあの人が、ルースが言ってたから。
「君、出ても大丈夫だよ。我々は君を助けに来たんだ」
「どうして、ルースに酷いことするの?」
私が言うと悪者は戸惑ったように口々に言う。
「こいつは悪いヤツなんだ」
「君を閉じ込めてた犯人なんだ」
「我々は君を助けに来たんだ」
私は涙を拭いながら言う。
「お願いだから酷いことしないで。ルースは優しい人なの。ルースは私を愛してくれてるの」
「……じゃあどうして君はそこから出てこいつを助けないんだ?」
「え」
「だって、こいつが大切なんだろ?」
「…だ、て…だって…」
外はとても恐いから、出たら駄目だって。
ルースが守るから出ちゃ駄目だって。
「ルースが、出たら駄目って」
「ほら、君を閉じ込めてた」
「…ちが、うもん。ルースは私を守ってたんだもん」
違うもん。ルースは、ルースは優しいから。
「違わないよ」
「外は恐いから、出たくないの」
「大丈夫。我々がいるから何も危険じゃないよ。おい、鍵を開けたら用済みだ。連行しろ」
「はっ」
ルースは連れて行かれる。助けなきゃ。
でも恐い。恐いよルース。
「ルース、助けてルース!」
ルースは振り向いた。
「大丈夫。外は、本当はそんなに怖くないから。君に側にいてほしいから嘘をついただけだよ」
気がついたら私は、鉄格子の向こうに出ていた。
「ルー…ス」
ルースは手を引かれながらにっこり笑った。
「よく頑張ったね。僕がいなくても大丈夫。君を守ってくれる人は別にいるから」
「ルース!!」
私は、生まれて初めて嘘を言う。
「大丈夫じゃない! 外は恐いよ! ルースがいなきゃ外になんか行けないよ!」
本当は、外はもう恐くなかった。
だってルースが恐くないと言ったから。ルースはいつも本当のことしか言わない。
だから外はもう恐くなくて、むしろ興味があったけど、でもルースがいてくれるなら外に出れなくてもいいとは本気で思う。
嘘はいけないと知ってたけど、私はルースに側にいてほしいから嘘をついた。
なのにルースは
「ごめん」
と言って連れられて行った。
私は追いかけようとしたけど、お腹が減りすぎて力が入らなくて、倒れてしまった。
○
「…あ…」
目をさますと知らない場所にいた。
私の部屋はルースと私が十人くらい一緒に寝ても大丈夫な大きさだったけど、ここはもっと大きい部屋だった。
ルースはどこに行ったんだろう。窓に近寄ると大きくて外に床がつきでていた。
おっかなびっくり出てみると、私が普段見てた外とは違って三角や四角の色とりどりな世界だった。
「…カレン?」
その時、後ろから音がして私は慌ててカーテンに隠れた。
「カレン、起き…カレン!? どうしましょう! カレン! 何処に行ったの!?」
私を探しにきた悪者かと思ったけど、カレンてのを探してる人間と知って私は安心した。
そしてあれ?と思った。
あの人、胸が膨らんでる。
私と同じ異端だ。
何だか嬉しくなって私はその人間に声をかけることにする。
「ねぇ、ここは何処?」
「カレン! ああ良かった、またどこかにさらわれたかと思ったわ」
「え?」
人間は私を抱きしめて泣き出した。
人間はルースより柔らかくて何だかいい匂いがした。
「あ、あなた誰?」
「私はベティ、あなたの母よ」
「はは?」
何だろう。食べ物?
「ああ、常識も知らないのよね。可哀想なカレン。私は、あなたの家族なの」
「かぞく?」
「ああ、だからつまり、私はあなたを愛してるのよ」
「? 私、あなたのこと知らないよ」
「私は知ってるの。これからは私がカレンを守ってあげるからね」
どうして私をカレンと呼ぶのか、どうして前の私の名前と同じなのか。
知らないことはたくさんあって、聞きたいこともあったけど、何だかこの人間の匂いがあんまりにいい匂いだから、私はまた眠ってしまった。
○
今日、私の娘が返ってきた。
字は間違ってない。
私の娘は生まれてすぐに誘拐されたのだ。18年も前の話だ。
犯人は私が結婚する少し前に告白してきた人でよくは知らない。
娘は牢に閉じ込められていて、犯人ととても仲がよく育てられたらしい。
汚らわしい。娘に何をするつもりだったのか。何を考えているのか。
だけどもういい。娘が返ってきたのだから。
「おかえりなさい、カレン」
これからたくさん教えてあげればいい。
私は腕の中の娘を撫でた。若い時の私にとてもそっくりだった。
返ってこれたのは娘の泣き言をたまたま聞いた猟師さんの通報らしい。その人にはたくさん報酬をあげるよう手配しておいた。
泣くほど辛い目にあったのに犯人を愛してると娘は言ったらしい。
小さい時からすりこまれたのだから無理はない。
私が、これからしっかり本当のことを教えなければならない。
「カレン…」
あなたを、幸せにしてみせるわ。
今度こそ、あなたを離さない。