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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

悪役令嬢&ご令嬢物語

悪役令嬢の弟は、王子とヒロインに復讐を誓う


 俺には、わからなかった。

 目の前でいま、ルーフ王子が姉に何を言ったのか。

  

 ルーフ王子の婚約者であり、俺の姉のティアーゼもきっと同じだったのだろう。

 もともと色の白い姉は、より一層青ざめていまにも倒れそうだ。

 濃紺と白を合わせたシックなドレスは黒薔薇のモチーフがあしらわれ、姉の趣味とは違うというのに、姉をこの上なく美しく見せている。

 けれど蒼い扇子を握る手は、小刻みに震えている。

 姉の震える手を握って支えたい衝動に駆られながら、ぐっと我慢し、俺はルーフ王子に聞き返した。


「ルーフ王子、いまのお言葉は本気ですか?」


 今日は、この国の第一王子であるルーフ・バーレンダルク・レートリル王子の十八歳の誕生パーティーだ。

 貴族や優秀な平民の子供のみが通う事を許されるレートリル王立学園の大広間は、煌びやかなシャンデリアに照らされ、ルーフ王子を祝うのに相応しい輝きを放っている。


 レートリル王立学園に入学してから今日まで、毎年この日はルーフ王子が姉をエスコートして入場していた。

 けれど毎年姉をエスコートして会場入りする王子が、何故か今日はエスコートできないと急に連絡があり、代わりに俺が姉をエスコートした。


 怪訝に思いながらも入った会場にはルーフ王子と最近話題になっていたご令嬢が、会場の中央で待ち構えていた。

 俺達が王子に挨拶するよりも早く、王子は姉に指を突きつけ、宣言したのだ。

 姉との婚約を破棄すると。

 

 集まっていた学園の生徒達は一様に息を飲み、シンと静まり返る。

 耳が痛いほどの静寂が辺りを包んだ。

 その静寂を破ったのは、怒りに満ちたルーフ王子の声だ。

  

「ランスロット。こんな事をわたしが冗談で言うとでも? もう一度はっきりと言おう。ティアーゼ・グランデール、お前との婚約破棄をここに宣言する!」


 キッと蒼い瞳に怒りを乗せ、ルーフ王子は姉を睨みつける。

 その王子の隣には、最近王子にまとわり付いていた平民出のご令嬢がぴったりと寄り添っている。

 まるで恋人のようだ。

 俺は記憶を辿る。

 名前は確か、ローズ・ロイン。

 ロイン男爵のご令嬢だ。

 母が平民のメイドで、今年男爵家の父に引き取られ、レートリル王立学園に編入して来た。

 

 彼女は、編入初日から何かと話題だった。


 まずはその出自。

 平民の母を持つとのことで、高位貴族からは眉をひそめられていた。


 そして編入クラス。

 平民出身なのだから、平民クラスが妥当だろうという周囲の予想を裏切って、ローズは貴族クラスへの編入を果たした。

 理由は至って簡単。

 彼女は賢かった。

 生まれ持っての資質が大きく関係する魔力の扱いについてはいまいちだが、座学はほぼすべて満点。

 礼儀作法も、男爵家の令嬢としてならば問題がなく、男爵が正式に娘として引き取っている事もあり、貴族クラスとなったのだ。


 さらに、彼女の容姿も話題の理由だった。

 彼女は平凡なロイン男爵の容姿をまったく受け継いでいなかった。

 サラサラと流れる長い髪は、銀から金へとグラデーションを描き、大きな愛らしい瞳は、空を映したように澄み渡っている。

 まるで妖精のようだと評された。


 そんな彼女が、ルーフ王子に寄り添い、怯えを滲ませた空色の瞳を姉に向ける姿に嫌な予感が走る。

 金髪碧眼の王子と、ローズが二人並ぶ姿は、神に祝福されたかのようにシャンデリアの中で煌いている。

 こめかみを、冷たい汗が流れた。


「……理由を、お聞かせ願えますか……?」


 姉が、震える声でルーフ王子に問う。

 

「理由? それはお前が一番良く知っているだろう」

「わかりません……わたくしは、何をしてしまったのでしょうか……」


 今にも泣き出しそうな姉が問えば、ルーフ王子は鼻で笑って、嫌な笑みを姉に向ける。

 

「とぼけるのか? ならば教えてやろう。お前の悪行の数々を、ここに揃った学園の皆に分かるように!」


 そうしてルーフ王子が姉に突きつけた悪行の数々は、姉にはまったく身に覚えのないことだった。

 姉が、ローズを苛めた?

 彼女の身分を男爵風情とあざ笑う?


 ばかばかしい。

 むしろ庇っていたのが姉だ。

 彼女の出自と、そして身分にそぐわない美貌に嫉妬した高位貴族のご令嬢達を、姉は宥め、差別などする事の無いよう、言い含めていた。


 姉は、公爵令嬢であり、第一王子の婚約者という地位に奢る事無く、皆に分け隔てがなかった。

 それは、姉の親友が男爵令嬢のペンシャイス・エウルトであることからも分かる事だろう。

 親友と同じ男爵令嬢であるローズを、姉がその身分を嗤うことなどありえない。


 姉は顔立ちこそ整いすぎているせいできつくみえる。

 だがその内面は優しく朗らかで、おっとりとしている。

 学園のテラスでゆったりと本を読むのが姉の趣味だ。

 それは、この学園の誰もが知っている事実じゃないか。

 虫も殺さないような人というのは、姉のことを言う。

 声も無く震える姉に代わり、俺が尋ねる。

 

「証拠はあるのですか?」

「当然だとも」

 

 ルーフ王子が合図をする。

 すると、会場に集まっていた学生達の中から、数人のご令嬢が中央に出てくる。

 姉が隣で小さく息を呑んだ。


 ティントレット・ブレームズ侯爵令嬢。

 ガーネリル・チェイルス伯爵令嬢。

 レヴィーア・伯爵令嬢。

 クュリシア・子爵令嬢。

 ……そして、ペンシャイス・エウルト男爵令嬢。


 この五人は、姉と特に仲の良かったご令嬢達だ。

 なのになぜ、いまこの場で、『証人』として出てくる?


 そして語られた内容は、王子の言葉を肯定する言葉ばかり。

 曰く、


「ティアーゼ様に脅されてっ」

「わたくしは、止めましたのよ? ですが、身分の低いローズ様がルーフ王子に近づくのは許されないといって……」

「様々な嫌がらせをしてたわ」

「ティアーゼ様はいつもローズ様の悪口を言っておられましたわ!」


 口々に語られる内容は、到底、ありえない。

 姉は、最後に残された、ペンシャイスを見る。

 彼女は姉の親友だ。

 身分の違いを超え、姉が幼い頃からずっと、妹のように大事にしてきた友人だ。

 

 貴方は、貴方だけは。

 姉を裏切らないでくれ。


 けれど俺の願いは届く事無く、ペンシャイスの口から裏切りの言葉が流れ出す。


「……わたくしは、ティアーゼ様のご命令で、ローズ様を階段から、突き落としました……」


 姉のほうを決してみようとはせず、ペンシャイスは裏切りの言葉を口にした。

 耐え切れず、俺は叫んだ。


「ありえません! 姉は、そんなことをする人ではない事を、王子が一番良く知っているではありませんか!」

「ランスロット……お前がティアーゼを信じたい気持ちはよく分かる。だがこれが現実だ」


 王子は俺に哀れみの目を向けると、くるりと周囲を見渡す。


「身分を盾に低俗な虐めの数々を行ってきたティアーゼを、王妃にする事など到底出来はしない。

 わたしは、ここにティアーゼとの婚約を破棄し、新たにローズ・ロインを婚約者とする!」


 姉の目の前で、ルーフ王子はローズを抱きしめ、ルーフ王子の取り巻きたちが、盛大に拍手する。

 釣られるように、他の学生達も拍手をしだす。

 割れんばかりの拍手の渦に、呑み込まれそうだ。


 ふらりと。

 俺の視界を、俺と同じ闇色の髪が舞った。


「姉さんっ……!」


 俺は倒れた姉を抱きしめる。

 姉は泣きながら、意識を手放していた。


 ――そうして。

 この日から、俺の復讐が始まった。





◇◇



「姉さん、姉さんの好きな本を持って来たよ」


 俺は姉を車椅子に乗せ、本を持たせる。

 姉の表情は微動だにせず、琥珀色の瞳は決して俺を映しはしない。

 

 ゆっくりと、車椅子を動かして、俺は中庭に出る。

 そこは、姉のお気に入りの場所だった。


 学園でもテラスで良く本を読んでいた姉は、家でもそうだった。

 中庭の白いベンチに腰掛けて、木漏れ日の中ゆっくりと過ごす。

 華やかなことが苦手で、パーティーにはあまり出たがらなかった。

 豪奢な衣装よりも、庭の花を愛でるのが好きだった。


 それでも、姉は最愛のルーフ王子の為に精一杯努力していた。

 苦手なパーティーも王子の為に出席し、華やかなものを好むルーフ王子の為に、化粧も華やかに。

 何もせずとも美しかった姉は、装えばさらに美しく輝いた。


 未来の王妃として恥ずかしくないように立ち居振る舞いはもちろんの事、王妃教育は全てこなしてきた。

 努力家な姉は王妃教育と学業の合い間に、王子の政務を手伝ってもいた。

 

 なのに、なぜこんな事になったのか。


 三年前の、婚約破棄を思い出す。

 姉が倒れ、王子が高らかに宣言した時。

 あの女――ローズは確かに嗤ったのだ。

 ずっと怯えた目を姉に向け、王子にすがっているように見えながら、その実、姉を嵌めた張本人。


「姉さん、ベンチに座ろう。今日は心地よい天気だね」


 俺は姉を車椅子から抱き上げ、白いベンチに座らせる。

 三年前のあの日から。

 姉の心は壊れてしまった。

 感情が抜け落ちてしまった。

 最愛の人と、友人と、親友に裏切られて。


 俺は、姉の手に握らせた本をめくる。


「……昔むかし、あるところに、それはそれは美しい娘がいました。娘は、花の名前をしていました。

 娘は自分の美しさに自信を持っていました。

 平民出身だというのに、自分は王子の婚約者に相応しいと思い込むほどに……」


 俺は、姉に話して聞かせる。

 姉を裏切った者達の話を。





◇◇




 王宮の一室で、俺は、憎い憎い女を抱きしめていた。

 むせるような甘ったるい香水の匂いが、俺にまで移りそうだ。


「ねぇ、ランスロットさまぁ、今日はして下さらないのですかぁ?」


 ローズが俺の腕の中で、甘えた声を出す。

 吐き気をこらえながら、俺はローズの額に口付けを落とした。


「いけませんよ、ローズ。そのようにむやみやたらに甘えては。勘違いされてしまいますよ?」

「えぇ〜? ローズはぁ、ランスロット様がいいなぁ。その琥珀色の瞳に見つめられていたいの」


 一瞬、部屋のカーテンが揺れる。

 そこには、ルーフ王子が隠れている。


「貴方はルーフ王子の婚約者。私はしがない家臣です」

「だーめ、そんなつまらないこと言わないで? ルーフ王子みたぁい」

「ルーフ王子はつまらないのですか?」

「政務ばかりで、わたしのこと見てくれないのですものぉ」


 俺の首に両手を絡め、強請ってくる。

 すぐそこに、ルーフ王子がいるとも知らずに。


「いけない人ですね……」

「ふふっ、ランスロットが一番好きよ」


 そのまま、ベッドに押し倒す。

 

 ……おい、王子よ。

 まだ乱入してこないのか?

 それともショックで現実が受け入れられないか?

 別にかまいはしない。

 思う存分、事実を突きつけてやるだけだ。


 ローズにねだられるままキスを落とし、その身体を味わう。

 味わいたくもなければ、吐き気をこらえるのが大変だが。


「ランスロットさまぁ……っ!」


 俺の下で悦ぶローズに、俺も笑みが零れる。

 聞いたよな、ルーフ王子。

 お前の最愛の女が、何度も俺を求めて悦ぶのを。

 男好きのローズが満足するまでたっぷりと、隠れている王子にその声を聞かせてやった。


 そして俺はさっさと衣類を整えると、みだらな姿のローズをそのままに、部屋のカーテンを引く。

 青ざめたルーフ王子は、まるで石像のようだ。

 あぁ、おつむの割りに顔だけは整っているから、このまま飾っておくのもいいかもな?


「っ、王子っ?!」


 ルーフ王子に気づいたローズが、ベッドから身を起こす。

 慌ててシーツで身を隠すがもう遅い。


「ローズ……」

「お、王子、これは誤解ですわっ! そうっ、わたくしはランスロット様に脅されてっ!」

「全部、最初から聞いていたよ。ランスロットがローズに声をかけたのは、私の為だ」

「えっ」


 ローズが唖然として俺と王子を見る。

 そう、このシナリオを仕掛けたのは俺だ。


 姉が裏切られたあの日。

 俺はすぐに、復讐を誓った。

 そして、俺は姉を裏切ったルーフ王子に同じ苦しみを味あわせるべく、王子に近づいたのだ。

 表向きは、姉の不祥事の尻拭い。

 俺は、姉のした仕打ちを悔い、姉の分まで王子に忠誠を誓うと約束したのだ。

 当然、嘘だが。

 だが単純な王子はあっさり騙された。

 三年間尽くした結果、俺は王子の信頼厚い『親友』だ。

 

 そして『親友』となった俺は、王子にこう囁いたのだ。

 ――ローズには、良くない噂があると。

 ありていもなく言ってしまえば、男好き。

 公爵家に侯爵家、伯爵家はもちろんのこと、見目良い男は片っ端から声をかけていると。


 当然、王子は否定した。

 だから俺が「試してみるか?」と唆したのだ。

 その結果が、これ。


 嗤いがこみ上げてくる。

 俺は、「二人きりで話したほうがよいでしょう」とその場を後にした。

 部屋からは王子とローズの醜い言い争いが響きだす。

 ローズがなんと言おうと、現場を見られたのだから言い逃れなど出来はすまい。

 





 数日後。

 城に一室を与えられて住んでいたローズはルーフ王子から婚約破棄を言い渡され、衛兵達に門の外へ追い出された。

 男爵家に戻るため、泣きながら歩いていた彼女を捕らえて、馬車に連れ込む。

 即座に縛り上げたというのに、ローズは瞳を輝かせた。


「きゃっ、ランスロット様、やっぱりわたしのことを愛して……ぶっ!」

「黙れ。貴様の声など聞きたくもない」


 ローズの頬を叩いて、口を閉ざさせる。


「な、何をなさるの? わたくしをむかえにっ……ギャッ!」


 腹を思いっきり蹴り飛ばす。

 およそ女とは思えない叫び声だ。

 あぁ、馬車には当然防音の魔術が仕込まれているよ?

 どんなに泣き叫ぼうと無駄だよ。


「雌豚は一度言っただけでは理解できないようだな」


 俺の目に宿る憎悪に気づいたのか、ローズはカタカタと震えだす。

 今頃か。

 

「姉を陥れた貴様を、俺が許すとでも思ったか?」

「わ、わたくしは何も……きゃあっ」


 口を開くなといったのに。

 俺の蹴りを再びくらい、ローズは蹲って涙を流す。


「どこに向かっているか知りたいか?」


 俺の問いに、ローズはふるふると首をふる。

 今度は声を出さなかったな。

 ふむ、つまらない。

 

「男爵家だと思うか? まぁ、ありえないが。あぁ、もうすぐ着くようだ。窓から外を見てみるといい」


 外からは中が見えないからね。

 ローズが必死に助けを求めようとも絶望しか無いから。


 ここはそう、よく言えば繁華街だ。

 ローズもこの場所がどこであるのか気づいたらしい。

 再び声を出したので顔以外を殴り飛ばす。

 この女は見目はいいからな。

 顔が腫れると売値が下がる。

 まぁ、売るわけじゃないが。


「ついたぞ。ここが、今日からお前の居場所だ」


 縛ったまま、俺はローズを店の裏口から突っ込む。

 すでに連絡を入れておいた店の主人が、心得ましたとばかりに泣き叫ぶローズの口に猿轡をかける。

 もっと断末魔の叫びを聞いていたかったが、仕方がない。

 

 ここは、娼館だ。

 男好きなローズに最適の場所だろう?

 ロイン男爵には既に話をつけてある。

 婚約破棄されたローズは、屋敷に戻った後、失意の中、行方をくらます事になっている。

 もともとロイン男爵にローズへの親子の情は薄く、政略結婚の駒にするつもりだったようだ。

 それが王子と婚約破棄された傷物では、もう必要ないらしい。

 ローズに最高の笑顔を向け、俺は言い放つ。


「ここで一生好きなだけ咥えてろ、雌豚」

 

 絶望に染まったローズに、俺は今度こそ嗤いが止まらなかった。




◇◇




「なぜだっ?! ランスロット、なぜそんな嘘を……っ!!!」


 ルーフ王子が、突きつけられた書類に震えながら俺を見る。

 周囲にいるのは、第二王子インテル派の貴族達だ。


「ルーフ王子、私は何度もお止めしたではありませんか。この国を裏切るような行為は、どうかやめて欲しいと」


 王子に突きつけられたのは、隣国と通じていた証拠だ。

 もちろん、捏造だが。

 

 ルーフ王子の友人達が、次々と嘘の証言をしていく。

 そう、まさに姉がされたのと同じように。


「国庫を使い込み、借金が……」

「隣国へ手紙を届けました」

「女遊びが酷く、私の妹も王子に……」

 

 王子の顔が、どんどん歪んでいく。

 俺はこの三年間で、ルーフ王子の信頼を得ながら、第二王子インテル派の貴族達と通じていたのだ。

 ローズに夢中で周りが見えていなかったルーフ王子には、どんどん第二王子に人が流れていっていることに気づけなかった。

 

「そんな、そんな……っ。こんな書類、出鱈目だ!」


 ばさりと王子が投げ捨てるが、無駄だ、無駄。

 全ての証拠書類に王子のサインがきっちりされているのだから。


 ルーフ王子の親友として公務を手伝っていた俺には、こんな捏造、お手の物。

 

 嵌められたことに気づいてルーフ王子は床に膝をつく。

 蒼い瞳が絶望に染まる。


 最愛の人に、友人に、親友に。

 皆の前で裏切られた気分はどうだ、ルーフ王子?

 お前はいまだに気づいていないのだろう?

 姉が、無実であった事を。

 一生、わかりはしないのだろう。

 けれど裏切られた同じ痛みは、貴様の胸に刻んでやる。

 泣き叫べよ、ほら。


 ルーフ王子の蒼い瞳から流れる涙に、俺は嗤いをこらえ続けた。





◇◇


 



「……こうして、心無い王子と醜い女は、絶望の中に沈んでいきました」


 姉は、にこりともしない。

 日が翳ってきた。

 随分と話していたらしい。

 心の壊れた姉は、寒さを訴えることがない。

 俺が守らなければ。


「そろそろ部屋に戻ろうか」


 話しかけても、姉から反応が返ってくることはない。

 いつも柔らかい笑顔で、俺に微笑んでくれていたのに。


「……姉さん……っ」


 復讐をしても、姉の心は戻らなかった。

 あの日、俺は姉をエスコートするべきではなかった。

 せめて、王子が婚約破棄を突きつけてきたあの瞬間に、姉を会場から連れ去っていたなら。

 愛する人が、友人が、親友が。

 次々と裏切る絶望を、突きつけられることはなかったのに。

 

「……やっぱり、あの女もなんだね? いいよ、姉さん。姉さんの心が戻るまで、私は姉さんを守り続けるから」


 復讐の相手は、まだ一人残っている。

 姉の幼馴染であり、親友だった女。

 ペンシャイス・エウルト男爵令嬢。


 他の自称友人だった四人の女共は、既に消してある。

 馬鹿なローズに「王子を狙っているようだ」と囁けば、簡単に食いついた。

 後は俺の姉にしたように、ローズが一人ずつ罠に嵌め、消していった。

 

 ペンシャイスだけは、残しておいたのは、姉の親友だったから。

 あれほど、姉に良くしてもらっておきながら、裏切ったことが許せない。

 だからこそ俺は、最後の最後まであの女は残しておいた。

 姉のことを相談し、あの女の負い目を増幅し、俺の言うことを頷かせた。

 姉を裏切ったルーフ王子と陥れたローズを嵌める為に、ペンシャイスにも協力させた。

 ペンシャイスは、俺の共犯者だと思っていることだろう。

 そうして、自分だけは許されたと。

 馬鹿な女だ。


 姉の心が壊れてしまったあと。

 姉の日記を読んだ。

 人の日記を見る事など、いけないことだとは思った。

 けれど俺は、ページをめくる手を、止められなかった。


 三年前のあの頃、姉は、よく出かけていた。

 王妃教育に公務の手伝い、学業と忙しいさなか、時間を作って出かけていたのは、全てペンシャイスの為だった。

 ペンシャイスには歳の離れた弟がいる。

 その弟が、病を患ったのだ。

 原因不明のその病は、男爵家の財力では到底治せるものではなく、ペンシャイスは姉を頼った。

 姉は、お金はもちろんのこと、病を治す為に奔走していたのだ。


 それなのに。


 ぎりっと、俺は歯を食いしばる。

 かさりと背後で音がして、俺は振り返る。


「ペンシャイス、よく来てくれたね。嬉しいよ」

「ランスロット様……」


 俺は極上の笑みをペンシャイスに向ける。

 茶色い髪に、焦げ茶色の瞳。

 平凡な色彩を持ちながら、どことなく愛らしい顔立ちは、実際の年齢よりも幼く、儚く見える。

 幼い頃は、姉と俺とペンシャイスの三人でよく遊んだものだ。


『みんなで、ずっといっしょにいたいね?』


 裏表のないあどけない微笑と、小首を傾げた姿が脳裏をよぎる。

 その言葉に、幼い俺はなんと答えたか。

 ……思い出したくもない。

 姉を裏切り壊した相手との想い出など、無くていい。

 俺にあるのは、在っていいのは、加害者への復讐のみ。


 加害者は、ルーフ王子とローズを消したのだから、あとはペンシャイス、お前だけ。

 笑みが零れないはずがない。

 だが。


「ペンシャイス……?」


 ペンシャイスの様子がおかしい。

 虚ろな瞳は、まるで三年前のあの日のようだ。

 俺と目を合わせずに、俯く姿も。

 まさか。


「……彼の具合は、どうだい?」

「……おとうとは、死にました」


 やはりと思う。

 三年前から生死の境を何度も彷徨っていたのだ。

 そうなってもおかしくは無いだろう。

 あぁ、この件に関しては俺は無実だ。

 裏切ったのはペンシャイスであって、弟ではないから。

 俺も彼には手出しをしなかった。

 助けもしなかったがね。


「あの子は、何も悪くないのに……どうして……」

「ペンシャイス……」


 近付こうとした俺に、ペンシャイスは懐からナイフを取り出した。

 ふん、俺を殺る気か?

 やっと自分が利用されていたことに気づいたか。

 さて、どうやって刻んでやろう?

 ナイフを奪うことは簡単だが、少しぐらい遊んでやってもいい。

 貴族として武術を嗜んでいる俺が、華奢なご令嬢に負ける未来などありはしない。

 せいぜい、数箇所切らせてやって、あとはナイフを奪って心臓に付き立ててやろう。

 

 ……どうしてかかってこない?


 震える手でナイフを持ったまま、ペンシャイスは動かない。

 

「どうして……? あの時ローズ様に貰った薬が偽りなら、どうしてわたしは、嘘をついたの……?」

「ペンシャイス?」

「何の為に、ティアーゼ様を裏切ったの……?」

「何を言っている?」


 薬?

 ローズから何か貰っていたのか?


 ペンシャイスの瞳から、涙が溢れ、その場に座り込む。

 駆け寄る俺に、ペンシャイスはナイフを差し出した。


「殺してください。憎いのでしょう? 知ってました。ずっと、知っていました」


 殺してといいながら、ペンシャイスは俺にナイフを握らせた。

 

 ……いいさ、最初から殺すつもりだった。お望みどおり、そうしてやるさ。


 俺はナイフを握り締める。

 ペンシャイスが、微笑んだ。


「何度も、死のうと思ったの。でも、出来なかったわ。ランスロット様に裁いてもらうのが、正しいと思ったの」

 

 ペンシャイスの手が俺の手に触れ、ナイフを胸に導く。


「……っつ……けんなっ」

「ランスロット様?」

「ふざけるなっ、俺にお前の願いをかなえる義理などない!」


 俺は、ナイフを投げ捨てる。

 死にたい?

 殺してくれ?

 ふざけるな。

 どんな理由があれ、それが、弟を救う為であっても、俺の姉を裏切ったのは事実じゃないか。

 俺が願いをかなえてやる義理などない。


「お前は、姉と俺に仕えろ。一生だ。勝手に死ぬのは許されないと思え」


 死にたいというのなら。

 それが望みだというのなら。

 自分の罪を、姉の姿を生涯見続けるがいい。


 その場に泣き崩れるペンシャイスをそのままに、俺は姉を抱き上げ車椅子に座らせ、その場を後にした。

 

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