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影の国  作者: ひーくん
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影の国

ー6年後ー


目の前に一頭の鹿が草を頬張っている。食べる事に夢中なのか、こちらに気付いていない。

(ふぅぅ〜。落ち着け。風景の一部になりきるんだ)

自然に風が吹くように、自然な動作でクロスボウを構える。

気取られないように殺意も消す。

''人間''である事を消す。

引き金に指を添える。力は入れない。肩の力も抜く。息は自然の息吹に合わせる。

「影は光と共にあり(Shadow is located along with the light)」

クロスボウから放たれた矢は、空気の合間を縫うように駆け、前足の付け根と背骨の間に吸い込まれる。

「キャアアアアッ!!」

ドサッ!

鹿はもう動けない。自分がなぜ倒れているか分からないような表情をしている。目の前に近づいてくる死神の顔を見ようと、必死に目を向けるが、全身が草や蔦に覆われたコートによって、顔は影に隠されている。

右手にクロスボウを下げ、左手にナイフを握り締めている。

"少年"は鹿の傍に片膝を付け、目を覗き込んでいる。

"少年"は自然な動作でナイフを振り上げる。

「影は死なず(Not die shadow)」

ズシャ!



「おぉー、良くやったぞ、ビラム!」

大きな手がビラムの頭の上をポンポンと叩く。

「どうだった?ジョルジュ叔父さん」

「きちんと気配も消していたし、急所も捉えていた。上出来だぞ」

叔父さんはまたポンポンと僕の頭を優しさに溢れた思いを乗せて叩く。

ジョルジュ叔父さんは、僕が生まれた時から育ててくれた。両親は僕が生まれた後、街で事故にあって死んでしまったらしい。だから、お父さんとお母さんの顔を僕は知らない。確かに他の子達と比べると不幸なことかもしれないけれど、僕にはジョルジュ叔父さんがいるし、家に帰ればマリー叔母さんもいる。

僕は今、とてもとても幸せだ。

「さぁ、今日はここまでにして、家に帰ろう。次は座学の勉強をしないとな」

「えぇ〜、もうちょっと続けようよ。僕、座学あんまり好きじゃないんだよ」

「何度も言ってるだろ、ビラム。これはいつかお前が大人になった時に、お前自身の命を守ってくれるものだ。だから、日の出ている内にやらなきゃならんのだ」

「はぁ〜い。分かってるよ〜」

僕はしぶしぶ、叔父さんの言うことを聞く。

仕留めた鹿を解体・下処理を済ませ、来た道を戻る。周りは木々と、所々剥き出しになっている岩と朽ちた丸太が土に還るのを待っているという風景で、一見するとどこをどう通っているのか分からない。

しかしながら、日々の訓練のお蔭で今自分がどの位置にいるのか、頭の中に立体的な地図を浮び上がらせるにまで至っている。

叔父さんはいつも喧しく言っていることがある。

「状況に慣れるな。慣れたら死ぬ。常に自分の頭で考えるんだ」

と耳にタコができるほど言われている。

深く険しい道程を進んでゆくと、やがて少し開けた場所に1軒の家屋(僕は立派な家だと思うんだけど、叔父さんはちょっと気にしてるんだよな)が見えてきた。

家の目の前まで来た時、扉が開かれ、中から温かな笑みと様々な苦労を耐えてきたことを窺わせるスーラ叔母さんが待っていた。

「お帰りなさい」

「「ただいま」」

「さぁさぁ、お風呂の準備が出来ていますから、お先に入ってらっしゃい。食事はその後にしましょう」

「はーい!」

「ふふっ、相変わらず元気ねぇ〜ビラムは」

「だって毎日、叔母さんの美味しい料理をお腹いっぱい食べてるからね!」

「あら、嬉しいこと言うじゃない。夫にはそんなこと一度言われたことないわ」(チラッ)

「口に出さんでも、分かるだろ。いつも感謝しながら食べてるよ、もちろん」(伏せ目)

「ホントかしらぁ〜」

「ほ、ほら、ビラム早く風呂に入ってご飯にしよう。な?」

「はーい!」(クスクス)

僕は叔父さんに背中を押されながら、自分の部屋に入った。ナイフやクロスボウを机の上に置き、タオルと着替えの準備をしようとした時、首筋に冷たいナイフが当てられていた。同時に僕の左手も関節を決められて、隠しナイフを抜くことが出来ない。

その時、僕の首筋にナイフを当てている張本人が声を発した。

「油断しすぎですよ。何度注意すれば直るんですか?ビラム様」

「いやー参ったな。迂闊だったよ、サラ」

「その言葉、一昨日も聞きましたよ」

「そうだっけ?」

「そうですよ。全く同じ状況で」(ナイフに力を込める)

「ちょ、ちょっと油断しただけだからさ。ね、次からちゃ、ちゃんと気を付けるからさ。い、痛いから、ナ、ナイフ下ろそう。ね」

「はぁ〜、ちゃんと教えを守ってくださいね。分かりましたか?」

「だ、大丈夫だよ」

そう言うと、彼女は僕の拘束を解いてくれた。

サラは、叔父さんと叔母さんのお孫さんで一緒に修行している。

同い年で、物覚えがついた時から一緒にいたから、兄妹のような感じなんだけど......。あぁ、サラが僕に対して敬語なのは、「そうしなさいと、叔父様からきつく言われておりますので」という理由らしい。なんでかは知らないけど。

サラは技を習うようになってから、さっきみたいなことを平気で仕掛けてくるんだけど、受ける側としてはすごく困るし疲れる。

正直辛い。精神的に。だって、めちゃくちゃびっくりすんだよこれ。心臓に悪いよ。

「さぁ、時間が無いですから早く支度して、座学を受けましょう」

「分かってる、分かってるって」

(だったら、技かけなきゃいいのに)ボソッ

「何かおっしゃいましたか?」

「い、いや何でもないよ(汗)」

「それよりも、口より手を動かして下さい。私が怒られてしまいます」

僕は若干の不合理を感じながらも、荷物をまとめて1階に降りる。

座学は、様々なジャンルを学ぶ。政治・経済・法律・社会・宗教・歴史・文化・各国言語はもちろんのこと、用兵学・戦術・工兵学などの軍事や薬学・動植物学・救命措置・人体構造などの生命に関わる知識、祈祷・占星術・天文学・呪術といったことまで学ぶ。

どんな状況下に置かれようとも、知識があれば柔軟に様々な視点で物事を考え、いくつもの選択肢の中から最適のものを選ぶことが出来る。また、多くの言葉を身体に染み込ませることで、無意識的に膨大な量の言葉から最適な言葉を選び出し、統辞的に正しいセンテンスを綴られるようにする。これは、相手に会話の不信感を悟らせないようにするためである。

つまりは、生き残る可能性が高くなるというわけだ。死ぬことが目的ではない。死ぬことは極力避け、情報を収集して、持ち帰る。

そして、その情報をどう使うかが、最大の目的となる。

「情報は、集めるより使う方が難しい」

叔父さんが口癖のように言うこの言葉は、僕に骨肉に染み込んでいる。情報は、自身の手の中になければならない。

僕とサラは叔父さんと叔母さんの熱心な教えを受けた。難しい事もあったが、それでも僕たちを飽きずに机に向かわせたのは、「これくらいの事は出来て当然だ」という感情があったからである。

「さて、今日はこのくらいにしよう」

「叔父さん、お疲れ様でした」

「はい、お疲れ様。さてと、明日は街に行くぞ。部屋に戻ったら、最低限の支度をしといてくれ」

「はーい」

明日は街に出る。もちろん、訓練と情報収集である。

「前に裏地の武器屋で見つけた隠しナイフ、まだあるでしょうか。あったら今度こそ手に入れたいですね♥」

「武器になると喜々しているお前の頭はチョットおかしい思うんだが...」

「何か問題でも?」

「い、いや問題ないよ。むしろ健全だよ」

「はぁ〜、早く手に入れて、使いたいです」

「使える相手がいて幸せだね」

(どうせ、僕を実験材料に使うんだよな。いつもいつも)

「はい、すごく幸せです♥」

そんな嬉しそうな顔をしないでくれ。まんざらでもなくなっちゃうから。

あれっ、僕もしかして、ドM変態野郎...

僕は、新たな自分を発見したことに(少しだけ)感動したが、すぐ我に返り、目頭を抑えながら、寝室に入った。

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