第4話 盗賊の少女 1
「とりあえず、あの向こうに見える町を目指していくか」
僕は遠くに少しだけ見える町を指差して言った。そもそも、やることが限られてくる序盤。お金もなければ武器もない。素手で戦う、つまりこのステータスそのままで戦わなければいけないのだ。
「そうね。そうしましょう」
僕達は町に向かって歩いていった。草原のようなところで整備された道などはない。建物が見えるだけで、どれくらいの大きさの町なのかもわからない。ただわかるのは、その町に行くには小さな森を抜けなければいけないということだった。
歩いているときもう一度自分のステータスを確認した。ただ悲しくなっただけだった。
……もう少し勉強しとけばよかったなぁ。まさかこんなところで役に立つとは流石に思わなかったしなぁ。
さて、レベルは0。モンスターは出てこない。レベル上げが出来ない。ステータスが上がらない。こんな状況で強力なモンスターに出会ったら即死なんじゃないのか?
いや、待てよ。こっちには狂ったチート級の神様みたいなものが居るじゃないか。そうだ。いざとなれば戦ってもらおう。うん。こんな序盤であんなステータスの人が苦労するわけ無いじゃないか。
しばらく考え事をしていると細い道が見えた。この道を通ってどうやら町の中に入っていくらしい。
「この森の中に入っていくのよね」
見ると道は森の中へと続いていた。森は小さいながらも木が生い茂っていて、まるで魔女でも住んでいそうな、そんな雰囲気の森だった。
「まあ、そんなに大きくもないしな。森を抜けるだけならそんな問題ないだろうな」
そういって僕とめいらは森の中へと足を踏み入れた。森の中はカラス? のような生き物が鳴いていたり、何だか重々しい風が吹いてきたりと、何だか恐ろしい感じだった。
「こういうところってさ、犯罪者とかが人を襲うのに最適な場所よね」
「まあ、確かに。RPGとかだったら盗賊が襲ってくる。みたいなイベントがあったりするんだけどな」
そう明るく笑いながら返していると、ふと、とんでもないことに気づいた。
……あ、ここRPGの世界だ。
すると突然草の茂みが揺れたと思うと、20人くらいの何だか恐ろしそうな服を着た人たちが現れた。ごつい人が多かったが、中には少年や女の人もいた。
「ここを通りたければ身に付けているもの全部置いていけ」
一番ごついというか間違いなくリーダーの男が盗賊の定型文のような台詞を放つ。するとふとその男の頭の上を見ると、何やらステータスのようなものが見える。よく目を見張ると
国語 162
数学 124
英語 32
社会 153
理科 132
と、テストの成績がかかれている。なるほど本当にテストの成績でステータスが決まる世界に来たのか。たしか今の僕の年齢くらいの成績の平均が150くらいになるって言ってたから、この盗賊はそこまで大したことが無いのかな。まあ、僕にとっては驚異だけど。
でも、僕には最強の仲間がいる。その子に戦ってもらえばいいだけのことなのだから!
「あ、私は戦わないわよ。そんな争い無駄だし」
「……は?」
「無駄だし」
その解決策は一瞬にして崩れ落ちた。まさか戦わないってそんな馬鹿な。
「いやいや、戦わないと荷物全部とられるんだよ!」
「取られるような荷物持ってないし」
「身ぐるみ剥がされるんだぞ!」
「別にいいんじゃない? 争わなくて済むなら」
「ちょっ! ほんとにそれでいいのか? くそっ! こうなったら作戦は一つしかない!」
そう言うと、僕はもときた道をメイラを連れて走って戻り始めた。こう見えても、中学の時は何か部活に入らなければいけなかったから、唯一休日に部活がなかった陸上部に入ってたんだ。逃げ足なら自信がある。
しかし盗賊はそれを上回るスピードで追いかけてくる。そんな馬鹿な。なぜだ。その時ふと、盗賊の頭のステータスを思い出した。そして素早さと自分の素早さを確認すると。
せつな 74
盗賊 194
あ、倍以上だ。死んだ。つかまったわ。これ。
そう思った次の瞬間、隣から声が聞こえてきた。
「え? とりあえず逃げればいいんでしょ。だったらもっと早く走れば」
そう言うとメイラは僕の手を引っ張って走り出した。
めいら 1100
速すぎる。というか腕がちぎれる。
「痛い! 痛い! 腕がぁぁぁぁ!」
そう叫んでいる間に森の道を進み続け、森が抜けるところまで来た。
「とりあえず撒いたかしら?」
あまりの速さと、腕に走る強烈な痛みであまり返事をする元気がない。ただ、何とかして声をあげた。
「ちょっ。折角のステータス何だから……戦わないと勿体なくない?」
するとメイラは少し困ったような顔をして
「え? 強いから戦うって愚か者のすることじゃないの?」
あ、なるほど。考え方が根本的に違うのか。でも勿体ないなぁ。
「それでどうするの? このスピードなら多分盗賊の脇を抜けて町にたどり着くこともできると思うけど」
確かにあのスピードがあれば盗賊の隙をついて通り抜けることができるだろう。僕の片腕と引き換えに。でも、盗賊と言ったら、やるべきことがある。
「いや、盗賊といえば、大体逆にこっち側が利用すると、相場が決まってる。どうにかしてその方法で考えよう」
そもそも盗賊はリーダーでも、ステータスはそこまでよくなかった。レベル補正がかかっていてもそんなに変化はない。そしてあの団体は20人くらい一番のしたっぱくらいなら僕でも戦えるんじゃないだろうか。
「よし、考えた。メイラもメイラ自身が戦わなければ協力してくれるんだよな」
「まあ、あまりひどいのじゃなければ」
よし、これなら作戦が使える。この方法でいこう。
「じゃあ、作戦を伝える。まずさっき盗賊に近づいてわかったんだが相手のステータスを見ることができるらしい。でも、後ろのやつのステータスは見えなかったから多分距離が決まってたんだと思う。しばらくの間僕の足でも逃げ切れたから、多分7mくらいだったとおもう。さらに後ろの人たちは3mちかくリーダーから離れていたから、限界距離は10m。つまり10mまで近づけば相手のステータスが確認できるはずだ」
「じゃあ、茂みが何かに隠れてこっそりステータスの確認。そこで弱いやつを捕まえる。とかいう作戦ってこと?」
「いや、僕も最初はその方法を考えたんだけど、一つ、最初の説明の時に気になったことがある」
「気になったこと?」
「ステータスにSPってのがある。それにあいつの説明の時に『スキル』とか言ってたんだ。つまり盗賊も何かしらスキルを持っていてもおかしくはない。多分盗賊なら持ってるスキルは『索敵』。こっちのいる位置なら直ぐにばれてしまうだろう」
「なるほど」
「と、いうわけでちょっくら盗賊の近くまで行って皆のステータス見てきてくれない? 全員分、覚えてきて欲しいんだ」
「え?」
「うん。辛い仕事だとは思うよ。でも、戦わないんだったらそれくらいはしてほしい」
しばらくメイラは考えていたようだったが、顔をあげると軽くうなずいて、森の中へと戻っていった。
太陽は高く上っていて影を見る限り、昼は過ぎているようだった。できれば今日中に町に着きたいな。
すると、遠くで騒いでいるような声が聞こえる。どうやらめいらが盗賊に接触したようだ。
そして、メイラが全速力で帰ってきた。足でブレーキをかけても10mほど進んだから、恐ろしいスピードだと思う。
「とりあえず情報を入手してきたわよ。紙にでも書き記すから見てみて」
「了解」
ふむ。なるほどステータスはこんな感じか。よしじゃあこいつを襲おう。
国語 93
数学 23
英語 39
社会 123
理科 46
合計 324
「この子? この子女の子だから、襲うとかいったら何だこっちが犯罪者みたいね」
「ちょっ! そういうのは先にいってほしかった」
「でも、こっちの方がステータス的に低くない? まさか本当に女の子を襲うために……?」
国語 9
数学 93
英語 65
社会 28
理科 106
合計 304
「ち、違うわ! 確かに合計値はこっちの方が低いけど、攻撃力に影響する教科を見ろよ。ほら高いでしょ。捕まえるの攻撃力が高い人はめんどくさいんだ」
「あ、なるほどね」
そう言うとメイラは納得したかのように、うなずいた。
「さて、じゃあ行くぞ」
こうしてまた僕達は盗賊の元に向かった。