第24話 栄養不足の少女 3
ちょっと待ってくれ……。えーと、ポトゾルは何て言ったのかな……。そんなことを思いながらポトゾルの方を見る。すると、ポトゾルはお腹を押さえて倒れこんでいる。……聞き間違いじゃなかったか。
「おい。ポトゾル。まだお腹空いてるのか?」
僕はポトゾルに近づきながら尋ねる。
「はぃ。正確には、『まだ』ではなく、『もう』なんですけどねぇ……」
「ちょっと歩いて、電気を放ってるだけだろ。燃費が悪すぎないか」
するとポトゾルは少し恥ずかしそうに答える。
「えーとぉ。もっと正確に言うとですねぇ、あなたが、どこかに行ってたときあるじゃないですかぁ。あのときにですねぇ、トイレにいってましてぇ。そこでほとんど流されてますぅ」
……どゆこと? え? トイレに行ったから今おなかがすいているってこと? ってことは……。
「要するにですねぇ。 僕はほとんど体に栄養を取り込めないんですよぉ。ほとんど流れ出ちゃうんですよぉ」
なるほど。つまり、こいつは食べてもきりがないってことか。
「ところでぇ、今ドラゴンはどうなってるのですかぁ? どうしてここに襲ってこないんでしょうか?」
ポトゾルがそんなことを聞いてくる。確かに今の僕たちは襲うには絶好の状態で立っているはずだ。それなのにドラゴンは襲ってこない。どうしてだ?
そんな疑問に答えてくれるかのように、後ろから金属がぶつかり合う音がする。その快い音は、シュウシがドラゴンの足に切りかかった時になったものと同じだった。つまり、シュウシとレンヨウがドラゴンの足止めをしてくれているのだ。
さあ、どうする? 正直に言って、僕は今なにも見えていない。いや、僕どころかモル、メイラ、ポトゾルもほとんど見えてないだろう。
そして、見えているのが、ドラゴンに、剣で攻撃しているシュウシ、レンヨウ、さらにその相手であるコバルト=ドラゴンだろう。
では、さてここで見えてない人を一人ずつ説明していこうか。
まずは僕。職業がバイトという残念な状況。つまりステータスもひどい。成り行きで僕が作戦をたてたりしているが、戦闘のこととなると正直に言って役に立たない。
次にメイラ。すごく天才であるために、破格のステータスを手に入れているのだが、人や動物、モンスターですら傷つけられない(僕を除いて)。
そしてモル。この世界に来てからかなり色々なことを教えてくれていてとても心強い仲間だ。ただ、今においては、モルは何も見えておらず、さらには暗闇恐怖症でも患っているのだろうか、ほとんど役に立たない。
最後にポトゾル。お腹が空いていて動けない。以上!
ふむ。 なるほど。つまり、これは……どうすることもできない。強いて言うならモルに助けを求めることだろうか。物は試しだ。やってみよう。
「おーい! モル! モル!」
しかし何も返事をしてこない。 居ないのか? いや、出口から出たようすは無いんだが。
その時、シュウシが声をあげた。
「モルなら端っこの方でうずくまってるぜ。耳も塞いでるみたいだ」
肝心なときに使えない。
「くそっ! どうすりゃいいんだ!」
声を荒げて、壁を殴る。壁はごつごつしていて、固いためか、手から何か温かいものが流れていく感覚がした。
さらに絶望的な音が聞こえる。何かが割れた音だ。
それと同時に近くに何かが滑り込んでくる。その何かを拾い上げた。冷たくて、尖った何か、そう、剣だった。つまりシュウシがレンヨウの剣が折れたのだ。
「絶望的だ……」
僕が呟く。するとその声に反応して、ポトゾルが話しかけた。
「あのぅ。一応最終手段があるんですけどぉ……。やっても大丈夫ですかねぇ」
え? 今なんて?
「やる場合だと、皆を避難させておいて欲しいんですけどぉ」
こいつ……。最終手段とかかっこいいことを残しやがって。
「ああ。やってくれ! おい!モル! 聞こえたか? 一旦逃げるぞ」
しかしやはりその返事としてモルの声は聞こえてこない。しかし代わりにメイラの声が聞こえた。
「モルは見つけたわよ! モルくらいなら全く問題なしに運べるから大丈夫!」
おお! あいつもやるときはやるな。よし、あとはシュウシとレンヨウだな。
「おい! お前ら一旦出入り口の方に向かってくれ!」
そう言いながら僕はポケットを漁って、ライトを出した。ライトによって薄暗くてらされた洞窟は仄かに出口の場所を示した。
僕と、メイラ、モルは無事出口(出口と言っても、体育館くらいの大きな空間からの出口だが)から脱出した。しかしシュウシとレンヨウが一向にやって来る気配がない。
「おい! どうしたんだ!」
「俺たちが退くと、ドラゴンがそっちにむかっちまう。俺は退くことができねぇ!」
うっ。そんな馬鹿な。しかし助けてくれたんだし、ここで見捨てるわけにはいかない。一体どうしたら……。
すると僕の目に折られた剣が映った。剣の先か。こいつをドラゴンにぶつければ! しかし当たる可能性などあるのだろうか。もし当たったとしてもドラゴンをひるませるほどのダメージを与えられるのだろうか。しかし悩んでいても始まらない。やってみる価値はあるだろう。
僕は出口から1歩ドラゴンに近づき、残念なモーションで、残念な威力の剣を投げつけた。剣は回転しながら飛んでいく。そして、ひとつキンッ!と剣が弾かれるような音がした。やはりダメだったのだ。怯ませれてない。そう思ったときだった。突然ドラゴンが苦しみだした。苦しむといっても大層なことではないが、何だか少しだけダメージを受けているようだった。
その隙にメイラが2人を回収する。いやいや、大人2人を持ち上げるってどう言うことだよ。
そして2人を出口まで持ってくると、ポトゾルに合図を出した。ポトゾルは軽く頷いて、何やら魔法を唱え始めた。ポトゾルの右手は敵の方に、左手には持ってきていた紙を丸めて作った棒を持っていた。
ポトゾルの体がほんのりと明るく輝き始める。そして一言叫んだ。
「アイス!」
次の瞬間、ポトゾルの右手をかざした方に巨大な氷が出来た。ドラゴンを氷付けにするように。その氷はとても厚くドラゴンはもう動くことは出来なかった。
「凄いな。見直したわ。ポトゾル」
そう言ってポトゾルの方を見ると、ポトゾルは地面に倒れていた。
「ポトゾル! 」
僕は慌ててポトゾルに駆け寄る。ポトゾルに話しかける。しかしポトゾルからは何も返事が返ってこない。ここでこいつが『お腹が空きましたぁ』とか、言うかもな、とか内心思いながら行っていたものだから、返事がないというのはすぐには想像できなかった。ポトゾルの体は、ドライアイスよりも冷たかった。僕たちはポトゾルを、抱えると急いであの小屋に戻った。
小屋に着くとすぐさまポトゾルに毛布をかけた。そして、暖めた。しばらくするとセツナが帰ってきた。灯油を買わせに行っていたのだ。ストーブを付けしばらくするとポトゾルは目覚めた。このときのポトゾルから話を聞くには、ポトゾルは固有スキル、『氷魔法強化』を持っているらしい。ただ、うまく扱いきれず、自分も体温が著しく落ちるとか。まあ、何はともあれポトゾルが無事だったのならそれでいいか。すると、シュウシとレンヨウが声をあげた。
「俺たちは帰るぞ。お前たちのその4人目のメンバーの体力が完全なときにまた来る。その時は全力で、モルを奪いにいくからな」
「4人目のメンバー?」
「ん? 何だ?そのポトゾルってやつ4人目のパーティメンバーじゃないのか?」
その言葉に僕はポトゾルの顔を見た。ポトゾルは寒そうに毛布にくるまっているが、顔色は良い。僕はポトゾルに僕たちのメンバーの一人にならないかと確認するためにポトゾルの近くに行った。それを確認した、シュウシとレンヨウが外に出ようと扉を開けたその時だった。 小屋の中に誰かが入ってきた。
「いけませんね。仕事もせずに帰ろうとするとは……」
若い青年だった。その口調は穏やかだが、何か違和感を覚えた。それを見てシュウシが驚く。
「お前は! ……誰だっけ?」
知らないのかよ!
「全く。まあ、知らないのも無理ないですね。私は大抵、なぜかムスビのパシりにされてますしね」
そう言うとその青年は自己紹介を始めた。
「わたしの名前は『レンタイ』。盗賊団の幹部のうちの3番目の実力者です」
3番目……。えっとそれは……。
「微妙ですね」
モルが僕が言いたかったことを代弁する。
「そうですか? まあ確か。ただ、ここにいるシュウシとレンヨウは4番目と5番目ですよ。そう考えると、どうだ? 私の方が上に見えませんか?」
1しか違わないじゃん。それって……。
「微妙ですね」
またもモルが代弁する。
「ふぅ。まあそんなどうでもいい話をしに来た訳じゃないんですよ。あ、シュウシ、レンヨウ。帰ってもいいですよ。ムスビが何か準備してましたけど」
そう言われ、シュウシとレンヨウは少し震え上がりながらも、しずしずとどこかへいってしまった。
「さて、ではですね。言いたいことは分かりますよね。まあとりあえずこの小屋には病人も居るみたいですし、外に出ましょうか」
そう言ってレンタイは外を指差した。僕と、モル、そしてメイラはレンタイと共に外に出たのだった。多分、これから大きな争いが起こるだろうと3人とも考えて。




