第16話 フレミーとオーム
「大丈夫ですか? 先生!」
その青年はミゼンのもとへ向かう。それに気づいたのかミゼンは硬質化を解いた。その隙に、先生はするりと抜け出す。
先生の目に光はなかった。それもそうだ目の前で自分の生徒が殺されたのだから。
「先生! フレミー先生!」
兵士長と名乗る男が叫ぶ。しかし声は届いていない。
「いい加減にしてください!」
尚も叫び続ける。その時かろうじて、先生の瞳が動いた。それはとても微々たるものだったが、気づくものには気づいたのだろう。その兵士長は一瞬のその間に、雷閃を打ち込んだ。もちろん弱い威力で。
「う、……うう。 私は……」
先生はまだ後悔しているようだった。しかし目の色に光が戻り始めると、今、一番重要なのは何か気づいたかのように前を向くとこちらに向かって叫んだ。
「私は! あのイゼンを何とかして止める! 君たちはミゼンの方をどうにかしてくれ」
そう言うとフレミー先生はイゼンの方に走り出した。そして、拳と拳を交える。その衝撃波はかなりのものだった。二人の力が激突する。そんな隙に僕たちはミゼンに向かって戦いを挑み始めた。
「僕を倒すって言うのかな? それは……無・理」
そう言うとミゼンは手を硬質化させた。
「あんまり一部分の硬質化は得意じゃないから、早めに決着をつけようね」
そう言うと、僕に向かって切りかかった。
すると、兵士長が自らの剣でその刃を受け止める。
「あ、ありがとうございます。ええと……」
「オームだ。この街の兵士長。オームだよろしく。」
「ありがとうございます。オーム兵士長」
「ここは俺に任せてあの子の様子を見てやれ」
そう目配せをした先にはモルが立っていた。モルの目にも光はなかった。いや、先生よりもひどい奥のそこまで色が写っていなかった。
「おい! モル! モール!」
届かない。届いていない。顔が動かない。ピクリともしない。肩をつかんで揺する。しかし彼女は全くこちらに気づく様子もない。
「モル! 本当にそれでいいのか! ここで連れていかれたらあいつらが頑張った意味がなくなるだろ!」
そのような説得にも全く耳を貸さない。しかしこんなことで諦めるわけにはいかない。必死に説得を続けた。
「なあ、あいつらがどれだけお前のことを思っていたかわかるだろ。 それに答えるのが今、お前がやることなんじゃないのか? 後悔は後においといて、今はやるべきことをやるのが正しい決断じゃないのか?」
それでもモルは動かなかった。僕は目を閉じた。すると、モルが口を開いた。
「わ、私は……」
モルの唇が震える。僕は次に続く言葉を息を飲んで待った。どんな言葉であっても驚くにはなかった。それがモルの答えだと思っていたからだ。
「私は自分が憎い。私のせいでセツナさんやメイラさんだけでなく、この学校や生徒たちまでにも被害を与えた。こんなことになるのなら盗賊団をやめなければよかった」
その後、言葉を続けた。
「でも……。もしやめてなかったら、こんないい人たちには出会えなかった。もう学校に戻ってくることも無いだろうし、永遠に友達とも別れたままになるはずだった。でも、あなたが私を救ってくれた。拐ってくれた。はじめは私にイタズラをすることが目的だと思っていた。盗賊の一味が警察にいくわけにもいかない。それを狙ったのことだと思っていた」
モルは手をギュッと握り胸の前に持ってきた。
「でも、そうじゃなかった。光へ導いてくれた。助けられた。そうだよ。もう私は一度助けられている。もう一度拐われて助けられるなんて二度手間をさせたくない。 絶対にさせない!」
そう言うとモルの目には光が灯った。まるで満天の星空を写すかのように。
「よし! いこう! フレミー先生とオーム兵士長が待っている。 加勢しよう!」
「はい!」
そう言って先生たちの方をみた。
「……」
そこに立っている人などいなかった。ただ、一人を除いて。
「ふぅ。 危ない危ない。結構やるなぁ。流石は先生かな♪」
イゼンは手についた血を下に転がっているフレミー先生の服でぬぐうとミゼンの方をみた。
その方向には誰も立っていなかった。刺し違えたのだろうか、ミゼンとオームの体は重なるように倒れていた。
「……馬鹿が」
そうイゼンは言うとこちらの方をにらんだ。
「まあ、悪いのは僕たちって分かってるよ。殺されるのも当然」
そう笑いながら言ったが目は全く笑っていなかった。口の歪みが消えてゆく。
「……てめぇら。生きて返すと思うなよ。ボスにはモルは連れて帰れって言われてるが気が変わった。オレのストレス発散に使わせてもらう」
イゼンはそう言うと高速で移動した。モルはぎりぎりその動きを察すると、僕を押し倒した。
その上をイゼンが通り抜ける。
「ちっ! はずしたか……」
どうする? 絶望的だ。 実際奴のステータスは国語が異常に高い。だがそれ以外はあまり高くない。隙をみて攻撃を加えていけば倒せるはずだ。だが、このスピード……一体どうしたら。
思い出せ……。格上とするとき、どうやったら渡り合えたか。RPGなら……アイテムか。低レベルクリアなんかを目指すんだったらアイテムは必須だ。
だがスピードを押さえるために使うアイテムなんて学校にあるのか……。
あ! あるぞ! ひとつだけ!それを使えば――
その瞬間イゼンが飛んでくる。しまった! 避けられない!
ガキンッ!とひとつ何かが弾けるようにぶつかる音がした。みるとひとつの剣が真っ二つに折れていた。
「だ、だからあれほど考えすぎだって言ったのに!」
下に目を向けると、パスカルがイゼンの攻撃を受け止めていた。
「いい作戦を思い付いたようですね。お手伝いしましょう」
声のする方を向くとアボが立っていた。
「全く。考えすぎなのよね。 生徒たちの避難が終わったから様子を見に来てたら、モルに抱かれてじっとしてるし……。ウチがあの兵士の剣を取って防御しなかったらどうなってたと思うのよ」
パスカルはイゼンの攻撃を受け止めながら言う。イゼンは一旦体制を整えようと、パスカルのもとから離れた。
「す、すまない」
「まあいいわ。それよりも作戦を考えたのよね。いいわ。その作戦を信用してあげる。私たちは何をすればいいの?」
「じ、時間稼ぎをしてくれると助かる」
その言葉にモルが驚いたように言う。
「時間稼ぎって! さすがに無理ですよ! イゼンのスピードにはついていけませんよ!」
「確かにあの速さ。ステータスだけでなく加速系のスキルを持ってますね。 でも、僕なら多分渡り合えます。時間稼ぎ、1分いや2分稼いであげましょう」
アボがかっこよく言う。するとそこにパスカルが付け加えるように、
「ウチがうまく合わせて、あいつに圧力をかけるわ。スピードも落ちるだろうし、何とかしてそれ以上、稼いでみるわ」
と、言いながらこちらを振り向く。
「いくわよ! アボ!」
「はい!」
飛んできたイゼンをアボはスピードが上がる前に受け止めた。その隙にパスカルが圧力をかけ、僕たちは自由に行動できる。
「ありがとう!」
ひとつ礼をいい、目的のものがある、ある場所へ向かった。




