プロローグ
プロローグ
マラ国の西にある火の森には、『青い者』と呼ばれる生物が棲んでいた。
男達の多くは『青い者』を狩るために、古より燃え続ける火の森へと足を踏み入れる。
危険極まりない森へと足を運ばせるほど、『青い者』には価値があった。『青い者』達から溢れ出る火は、国民の生活を支える資源として使われたのだ。
青い者の姿形は、人間と非常に似ている。二足歩行で、頭があり、手が二本。知能も発達しており、独自の言葉も持っている。人間と違う所は、肌が青く、岩のように硬いこと、額に角が生えていること、彼らの主食が死体であることだ。
人間達にとって、死体を喰う彼らは気味悪く映った。とりわけ人の死体を好むところが、おぞましかった。
「もう動かない、何かの役に立つわけでもない肉を貰って何が悪いのか。死体が無くなったところで、人間達に迷惑なんてかからないではないか」
『青い者』達は主張する。
彼らは生物としての機能が停止した瞬間、青い火となって骨の一片も残さず消える。死体というものを手厚く保管し、まるで嫌がらせの如く『青い者』達から護ろうとする人間達の行為が理解できなかった。
人間達は頑なに『青い者』達から自分達の死体を護ろうと躍起になり、墓は堅牢な門で囲われるのが通例となった。
仲間を殺され、食糧も奪われ、『青い者』は人間を畏れ、憎んだ。こうした経緯を得て、二つの種族には深い溝ができあがっていたのだ。
個々の力ならば、圧倒的に『青い者』に分が合った。だが、如何せん彼らは数が少ない。人間に抵抗するだけの戦力は無く、逃げ続けるしかできなかった。
幸いというべきか、皮肉と言うべきか、火の森の中で焼かれ、死んでいく人間も数多かった。現時点において、餓死するほどの貧困には見舞われていなかった。
だからこそ、食糧を求めて森から出るようとする者は稀だ。人の世で正体が露見すれば、逃げ場など無い。欲望に取りつかれた大勢の人間が群れとなって襲われて狩られてしまう。理屈で考えれば。
「『青い者』達の中にはぁ、森から出て行く同胞も少なくない。ただ外の世界に憧れた者、もっとたくさん死体を食べたい者、人間に復讐を誓う者。そして」
『青い者』の中でも、とりわけ頭のいかれた少女は叫ぶ。
身体中には痛々しい切り傷と、いくつもの矢を生やしながらも、語り続ける。
「そして私は、単純に同胞たちから追放されて、森を出た。こんな辺鄙な町で行き倒れた人間達を喰い殺して人間達に見つかった。どう、笑えるでしょ?」
彼女は巨大な樹の真上にぶら下がっていた。葉一つないにもかかわらず、その国にある全ての樹や山、塔よりも巨大だった。異様な姿は、天に噛みつこうとする巨蛇のようだ。
少女は真っ裸の格好で、曲がりくねった樹に杭を穿たれ縛りつけている。
女は突如、獣のような咆哮を上げた。轟々と大空は震え、ミシミシと大地が揺れる。
「きゃはははは。この胸に討たれた杭も、最初はとんでもなく痛かった。頭がおかしくなってしまいそうだったわ。でもずっと、ずーっと貫かれ続ければ、案外慣れてしまうものなのねぇ」
少女の眼玉はくり抜かれ、耳には矢がつき刺されている。身体中の痛みを吐き出そうと言わんばかりに、口だけが異常に動き回る。
朝昼晩問わず少女はただ一人、天空から呪われた言葉を降らし続ける。
火の森と人界の間。そこに君臨する巨樹と、裸の少女は、いつしか観光名所となった。そして少女のはるか真下では、火の森を目指して旅人達が通り過ぎる。
沙門の男は、何を見ても動じることなく、迷いの無い足どりでさ迷い続ける。
奴隷の少年は、息つく暇もなく、泥の中でもがき続ける。
バラモンの少年は、邪気無い笑顔を浮かべて、邪悪で異形なる者達と踊り続ける。
正体不明の老人は、泥の仮面で醜い顔を隠し、国家転覆を目論み続ける。
平民の男は、じめじめした居心地の悪い穴の中に隠れ、安酒に溺れ続ける。
武人の女は、不敵な表情で、群がる『青い者』達を斬り殺し続ける。
青い皮膚の男は、激しい怒りを押し殺しながら、逃げ続ける。
貴族の女は、泣きそうな顔で、天空の少女の声を聞き取ろうと立ち止まる。
「だけど痛みなんてものは死ぬことに比べれば、大したことないのよねぇ。命ある者は結局の所、死に向かって進んでいく運命にある。時を重ねれば、重ねるほど、死に近づいていく。死は、地獄は何よりも恐ろしい。ううん。違う。違う。私が言っている死は、変化の死じゃない。だから私は死という運命に抵抗する。例え、どんな苦痛を得ようとも、どんなに無残な姿になろうと、地獄に落ちるくらいならぁ」
降り注ぐ言葉は大空の中へ溶け、貴族の女にも地上に住まう誰にも届かない。届かない言葉を並べて喚き続ける。
貴族の女の瞳から、涙がこぼれた。