4.同居人
同居人は一学年上の二年生だ。彼女はすっかり荷物を片付け終えて、読書に勤しんでいるのだろうか、机に向かっている。
「初めまして。佐凪千恵さなぎちえと言います。一年間、よろしくお願いします」
「・・・」
挨拶をしてみるものの、さっぱりこちらに気づいてくれない。少し困って、そっと覗き込んでみる。と。
「ひっ…‼︎」
不覚にも、思わず飛び退いてしまった。彼女はお食事中だったのだ。もちろん、人間の、ではない。いや、分かっている。異文化コミュニケーションを考えるに当たって、この態度は失礼だ。分かってはいるが。
「ご、ごめんなさい。私の環境になかったことだから、びっくりしてしまって。気を悪くしないで下さい」
直視することが出来ず、目をそらしたままだが、それはお互い様で、こちらの文化も分かって頂きたいと思う。
「こちらこそごめんなさい」
口の周りを拭き、振り返ったのは大人しそうな美少女だった。深いこげ茶の髪先だけを巻いて、くりっとした瞳で申し訳なさそうにこちらを見つめた。
「好物を頂いたものだから。同室の方はこういうものを嫌うと聞いていたから、先に食べてしまおうと思ったの」
久しぶりだったから、つい夢中になってしまって、と、彼女は色白の頬を赤らめた。
「い、いえ。せっかく気を使って頂いたのに、覗いたりしてすみませんでした。なるべく早く、慣れるようにします」
「あら、ありがとう。どんな子が来るのかと心配していたけど、良い人そうでよかったわ。えっと…」
にっこり笑った彼女は、はたと困ったように首を傾げた。ああ、きっと、さっきの挨拶は聞こえていなかったのだろう。『好物』に夢中で…。
「はい。私は高等部から入学の佐凪千恵さなぎちえと言います。こちらは他と違うことがたくさんあるようで、いろいろと教えて頂けると有難いです」
「聞いてるわ。外部生の方は何かと戸惑うことが多いと思うから、分からないことは何でも聞いてね。私は西堀明希にしほりあき。一年先輩になるわけだけど、仲良くしたいと思ってるの。だから、アキと呼んでくれるかしら」
「はい。ありがとうございます、アキ先輩。私もチエと呼んで下さい」
「よろしくね。チエ」
にっこり笑って握手を交わし合う。
同居人とのファーストコンタクトも上々だ。
荷物を片付けながら聞くところによると、アキ先輩はアナグマらしい。産まれた時から人間に飼われていたけれど、三年前、飼い主の引越しに伴い学園の森へ放されたと言う。
「学園に保護されたからよかったけれど、今更アナグマとして生きるなんて無理な話と思うのよね。それに、アナグマは畑を荒らす害獣だと言うじゃない。それを人里近くの森に放すなんて。大好きだったけど、モラルの低さに呆れてしまったわ」
彼女は深くため息をついた。
それは、アナグマからも人間からも非難される状況ではないか。
「…同じ人間として、謝ることしかできません」
「あら、貴女が謝る必要はないわ。だって、一括りに人間と言っても、別々の存在でしょう。大丈夫、分かっているわ」
先輩はにっこり笑った。
その後、先輩に寮内の案内をして貰った。各部屋にはトイレもお風呂もないので、全て共用スペースのものを使う。
トイレとシャワー室が各階に、食堂と大浴場と談話室が一階にあり、食堂は朝と夜の6時半から8時半と、お昼の12時から13時のみ開いている。大浴場は夜の7時から10時までだ。
時間内だったので、食堂で夕食を取り、大浴場へ向かう。大浴場と言っても、入れるのは最大で5人程度だろう。けれど、各階にシャワー室も設置されているため、満員になることはないらしい。ーーーと、言いつつも、実は濡れるのが苦手な生き物が多いからと言うのが正解なのだと私は思う。