2.猫の人
星霜学園は小高い丘の上にある。木々に囲まれた自然豊かなその場所に、中学、高校と、隣り合わせた校舎から少し離れて、四つの寮が並んでいる。東雲寮と月虹寮が男子寮、花鳥寮と小春寮が女子寮となり、私が入室するのは小春寮である。
どの寮も中学1年生から高校3年生までの生徒が暮らしており、高校3年生になると個室が与えられる。その他の学年は別学年との相部屋が基本となっており、新入生、すなわち中学1年生と高等部からの外部生は、一学年上の者と同室になるようだ。
「あら。貴女、外部生かしら」
受け付けで部屋を確認していると、背後から少しトゲのある声がかけられた。振り返ると、柔らかな黒檀の髪をふわふわと揺らしながら、小柄な少女が値踏みするように私を見ていた。
「ふぅん。麓の住民ではなさそうね」
少しつり上がった大きな目が私を見上げる。色素の薄いその目は、鋭く、黄金色に光っている。
「いいこと? この場所にはこの場所のルールがあるのだから、新参者はしっかり従ってもらうわよ!」
彼女は「ふふん」と見下すような笑みを浮かべて、小柄な体格の割りに豊かに育った胸を張った。
なんだか失礼な態度を取られているのに、腹が立たないのは何故だろう。そう思って見ていると、彼女は何を思ったのかびくりと後ずさる。
「な、なによ。わ、私はこの小春寮の寮長よ? この寮のトップなんだから! さ、逆らうことは許さないわよ!」
何に怯え始めたのか分からないが、それでも必死に虚勢を張るように、左手は腰に、右手はふるふると震えながらも人差し指は私を差している。三角の耳が後ろ向きに伏せられた幻が見える。
「寮長さん? 先輩なんですね。失礼しました。私は佐凪千恵、高等部からの入学です。おっしゃる通り、新参者の未熟者です。どうぞご指導のほど、よろしくお願いします」
私はぺこりと頭を下げた。
「ふ、ふん! 分かっているのならいいのよ」
腕を組んでそっぽを向くその背後に、ぺたん、ぺたん、と振られる尻尾が見えた気がした。彼女は何かに似ている。
「ーーーああ。猫か!」
「な、なんで分かるのよ!!」
既視感の正体に気付き、思わず漏らしてしまった感想に、寮長さんはショックを受けたように頭を抱えた。三角の耳が、今度は本当に、頭上にぴょこりと飛び出した。
ーーー本当に猫だ。
『異文化コミュニケーションに力を入れている』って、そうか、そっちだったのか。だから『主に人間の子供募集中!』だったのか。
新生活の第一歩で、私の世界は大きく広がった。