猪娘と験体No.7010
予定より一週間遅れてスミマセン、アゴヒゲさんの予定が詰まっていたそうです。申し訳ありません
では本編をどうぞ〜
「君は、誰?」
暗闇の中、聞こえて来た言葉に私は聞き覚えがあった。
懐かしいと感じるぐらいの声色。
しかし記憶を掘り返しても思い出さない、何故かどことなく違和感を感じもある。
耳に留まる違和感。
まだ幼さのある声色から考えると、相手は大体小学生の高学年ぐらいであろう事が想像できた。
「えっと、私は…」
とにかくこの場を切り抜ける為何とか誤魔化そうと思考を巡らすが、上手い事が浮かばず返事に詰まってしまう。
そんな私の様子に気付いた様子もなく、少年は閃いたとばかりに質問して来た。
「ん? 聞かない声だね……もしかしてお姉さん、新しい研究員の人?」
私の声色から何となく女性で年上だと感じ取ったのだろう。
私に対する呼び方も変わり、聞こえてくる声からは好奇心がにじみ出ていた。
名案が思いつかず慌てそうになっていた私は、ここでバレて騒がれるとまずいので助け舟とばかりに少年の言葉に乗っかる。
「そうなの! 今日新しくこの施設にやって来たの。よろしくね」
「うん。よろしく!」
私が挨拶すれば少年は明るい声で返してくれる。
何とか乗り切れた事に私は安心し息を吐いていると、今度は少年と別の場所から声が聞こえて来た。
「おい、何をやっているんだ?」
少年と話している内に気が緩んでしまっていた私は、別の所から聞こえてきた声に驚く。
私とは違い少年の方はその声を聞き、私と話していた時よりもさらに明るい声で新たな声の主へ話しかける。
「お兄ちゃん! あのね、新しい研究員の人が来たみたいなんだ」
「新しい研究員?」
兄と呼ばれた彼は少年の言葉に訝しむ様な声色で聞き返し、何事か考え込むように黙った。
彼が黙った事により私と少年も何となく沈黙してしまい、少しだけ張り詰めた静かな時間が過ぎて行く。
私にとっては重く感じる空気に詰まってしまいそうになりそうな頃、やっと彼が言葉を発した。
「こいつと話す事があるから向こうに行ってな。部屋の中だったら慣れてるから見えなくても動けるだろ」
「えぇ〜」
「不満言うな。さっさと行け」
最初のうち少年は渋っていたのだが、しばらくして憮然としながらも彼の言葉従って私達からゆっくりと離れていく足音が聞こえた。
それを確認した彼が一つ溜め息をついてから私の方を見たのを雰囲気から感じた。
「それで、あんたは誰なんだ?」
彼から発せられた言葉は擬心に満ちていた。
私は彼の言葉に驚きながらも、私は最初の設定を口にする。
「えっ? だからここに新しく来た研究員だと……」
「この施設の研究員は停電だからと言ってわざわざこの部屋に来たりしない。実験体相手に心配する事もないからな」
自らを実験体と言った彼の言葉に悲壮感や怒りなど無く淡々としていて、ただ事実を述べているだけだと言っている様だった。
こんなふうに達観出来るのはどれだけの時間が経っているのかは解らない。
だけど、その彼の言葉を聞き私の方が苦しくなる。
「そんな……」
「同情なんかしないでくれ。今更してもらおうとも思わない」
彼の辛辣な言葉に私は気おくれしそうになった時、急に視界が光で埋め尽くされる。
眩しさに顔を手で覆っている内に、光の正体が部屋の照明である事に気付く。
戻った光に段々と慣れ、顔の前から手を退かし正面にいる彼の顔を見た。その時あまりの衝撃に、私の思考はまるで凍ったかの様に動きを止めた。
何故なら、目の前にいる彼の頭部には頭全体を覆うフルフェースのヘルメットが被さっていたのだ。
「何、それ?」
余りの光景に私は茫然としながら呆けた声で彼に向かって呟く。
何故か彼の方も私を見て息を飲んで動かないでいる。
それから少しの間、お互い相手の顔を見たまま動かず時間だけが流れた後、私は自分自身を落ち着かせるために彼から視線を外した。
しかし、何とはなしにした行動で私は別の衝撃を受ける事なる。
部屋の中を見てみれば奥の方には様々な人がいて、全員が彼と同じ様なフルフェースのヘルメットを被っていたのだ。
又、そのほとんどが小さな体躯から見ても私よりも幼い子達であるだろう事が考えられた。
この子らが実験体?
さっきの少年の様にまだ物心つく前の子もいるだろうに。
私の心の中に様々な感情が生まれ渦巻いていく。
それらの感情は決して良いものではなく、明らかに負の物であった。
「おい、あんた。逃げろ」
湧きあがって来る感情に埋もれそうになっていた私は、ふと聞こえてきた彼の言葉に反応し視線を向ける。
その先には彼が真っ直ぐと私の事を向いていて、雰囲気から僅かに焦りの色が感じられた。
「照明が復旧した今、いつ奴らが来てもおかしくない。だから早くここから逃げろ」
彼が言っている事はもっともで、私はすぐにでも移動すべきだろう。
しかし、だからと言ってこのままこの子達を放って行く事など出来ない。
私が足踏みしている理由が伝わったのか、彼は微苦笑したのだろう困った雰囲気で話す。
「もし職員や警備の奴らが来たら、俺達はあんたを捕まえなければならない。あいつ等にそんな事させたくない。だから、頼む」
彼は話す最中、奥にいる子供たちに一度顔を向けた。
それだけで彼が子供たちを大切にしている事や、私に対する優しさを感じると同時に私は痛感する。
私はどれだけ非力なのだろう?
能力もある励起法も使え人以上の力も振るえる、だけど目の前にいる子供たちや彼をどうしてやる事も出来ないなんて。
「…なぁ、名前聞いていいか? 施設の奴らに聞かれても言わないからさ」
この部屋にいる子供たちに対して助けることも、どうする事も出来ない自分に歯噛みしている私に彼が話しかけてきた。
思いもよらぬ質問にどうするべきか少し戸惑ったが、彼が嘘を言っている様には感じなかった私は答える。
「なんで?」
「いやさ、ここで研究員以外が来るなんて初めてだから興味があるんだ名前に」
よく解らない理由。
本当なら名前は教えるべきではない、だけど耳に留まる違和感が教えても良いと囁いている気がする。
少しだけ私は悩み、その囁きに負け名前を告げる。
「莉奈、よ。 貴女は?」
「は?」
自分が聞かれるとは思っていなかったのか彼は呆けた声を出したが、間を置くと答えてくれた
「なな……いや。 7010…なお、直人だ。 ほら、もう行けよ」
彼は最初言いかけた言葉を飲みのみ、少しの沈黙の後に教えてくれた。
何故彼が言い直したか解らないが、私は何度か彼の名前を反芻し心に刻む。
それから彼の言葉に従い私は背を向けて部屋を出た。
いつか必ず助けてみせると自らに誓い。
そして気が付く声の正体に。
「東哉?」