猪娘、潜入
年末進行で予定より遅れてます。
楽しみにされていた方、お待たせしました!!
忙しいもので…すみません。
高見原の地下に拡がる下水道の網。
通常より深くにあるこの下水道は、今では人の手が入っているが元々人が掘ったものでは無い。
高見原開発において一番最初に問題になったのが、政府からの『自然と共存する街作り』と言う通達だ。
解りやすく言えば『高見原の広大な森林地帯の破壊を最小限にして開発してね』と言う事だった。
はっきり言って無茶苦茶な通達である、開発する方にとっては無理難題も良いところだ。
開発するにはまず森を切り開き、道路を引くところから始まるのがセオリーだ。
しかし、それを禁止されるたら無理ではないが、莫大な資金と時間がかかるのは火を見るより明らか。
そんな無茶振りを、当時の開発事業を担当していた人達はクリアしていったという。
そんな話を始めたらテ、レビ番組の4時間スペシャル並になりそうなので省く。
ここで必要なのはこの広大な下水道の網は、元々は高見原の地下にあった洞窟を使ったものと言う事実だけ。
周りには私の他に10人の隊員がいる。
全員が溶け込む様に、統一した都市戦用の戦闘服を着込んでいる。
違うのはその内6人、紫門さんに聞いた近代戦とは反した槍・刀等をそれぞれ武器を持っていて、残りの4人は特に武器らしい物は持っていない。
励起法を使う能力者にとって武器の優劣は余り関係がない、とは聞いてはいたが目の当たりしたら違和感がありすぎだ。
しかし、それが彼等が能力者と言う証左になる。
今回の戦いは、能力者が前に出る戦いだ。
地上部で風文さん率いる主力部隊が敵の気を引いておき、その内に潜入部隊である私たちが施設へと侵入。
しかし、もしかしたら相手が地上部隊の事を囮であると気付く、又は考える可能性があった。
そこで、万全を期すため潜入部隊の中でもさらに囮として何人かが先に侵入し、時間をおいて残りの本命が潜入することになっている。
その為、私たち潜入部隊の中でも武器を持っているものと持っていない者に分かれていた。
巨大な下水道を臭く重苦しい雰囲気の中、静かに素早く進む。
皆黒い隊服に身を包み、フルフェイスのメットをしているから表情すら見えない。
私の場合は、慣れていないと逆に行動の邪魔になる可能性があるという事で、同じ機能が付いているゴーグルを着けている。
しばらくして、私たちは囮の部隊の方が侵入するポイントまで着いた。
武器を持った隊員達と残りの私達は、サインだけで会話し頷き合い互いの安全を願いここで分かれる。
別働隊の六人と別れた、私たちはこことは別のポイントへと移動する。
それから数分もしない内に辿り着くと、そこには下水道の壁にカモフラージュされた一つの扉があった。
使われる事が全然ないのだろう、隙間から錆が浮いて簡単に見つけられる。
一人が扉に手を近付けると、何らかしらの能力を使ったのか扉は音もなく開く。
扉を開けた彼が手でサインをすると、私達は音もなく中に入り込む。
ここからは各自別行動になる。
私達は再び頷き合い、合図と共に散開した。
皆と別れた私は、もともと決めていたルートを辿り研究施設内を駆ける。
私の進む通路は地上と囮部隊の二重の作戦のおかげで閑散としていた。
それでも注意は怠らず先に進んでいると、急に後ろから声を掛けられた。
「あら、ここに居たの。侵入者さん?」
私は驚き、声のした方を向く。
とそこには細身で長身の黒いスーツを身に纏った女性がいた。
そして私は相手の女性から奇妙な感覚を感じる。
七凪さんと鍛錬している時にも感じる、自分の領域を侵されるような圧迫感。
これについては七凪さんから聞いていた。
能力者の持つ『神域結界』同士が干渉し合う事で、お互いの神域を侵そうとしているのだ。
つまりそこから、相手も能力者である事が解る。
しかも七凪さんよりは断然弱いとは言え相手から感じる圧力。
これだけで相手が自分よりも格上の能力者である事が解かった。
「あの子達からの報告では、発見した不審者はまだ先のフロアなのだけれど……まぁ、いいわ。侵入者である事には変わり無い事ですし」
女性は私と対峙しながらも、聞こえない声量で何事か呟いている。
明らかに私の事を見下している態度。
しかしだからと言って怒り・苛つき等は微塵も湧かない。
もし自分より明らかに格上の能力者に遭遇した場合として、七凪さんには対処法を一つだけ言われていた。
『結局のところ、能力者の力量は各個別の『能力』と『励起法』の深度、その人物が持つ技量で決まる。格上と戦う場合、『能力』の相性などにより多少の力量差が覆る事はあるが、しかしその前に励起法で一撃をくらっている可能性の方が何千倍も高い。つまりは、余程の事が起きない限り格下の者が勝てる事は無い。だから、遭遇してしまった時はとにかく逃げて相手の情報を得る事が得策だ』
確かに今まで私が戦った事のある格上の能力者として天音や七凪さんがいるが、その時私は何も出来なかった。
例にも漏れず、今回も負ける確率が格段に高い。 それに相手を倒す事が今回の作戦ではない。
相手の油断している間に隙を伺い逃げる為、私が相手の挙動を注視していると急に視界が揺らいだ。
「……えっ?」
倒れそうになっている身体を支える為、床に手を着こうとするが身体の自由が取れない。
私は何が起きたのか解らないまま、床へと倒れる。
(何で動かないの!?)
意識は確かにあるのだが、再度身体を動かそうとしても指一本すら動かない。
そんな風に状況を掴めず混乱していると、女性の方から話しかけてきた。
「ふふっ、何故急に身体が動かなくなったのか不思議なんでしょう?」
思っている事を言い当てられ私は反応するが、女性の方に目を向ける事は出来ない。
「いいわぁ。貴女の驚く心が伝わってくる!」
女性は獲物をいたぶる様な口調で私に向かって話していく。
しかし、私にとっては好都合な事だった。
女性が油断している間にこの状況を打破する為、私は思考を巡らす。
ここにいるのは私と女性だけ。
口調・状況から見て私の身体が動かなくなったのは、女性に関する何らかが要因だろう。
そうすると考えられるのは……『能力』もしくは『拘束型の儀式』。
ただ『儀式』であれば、今展開している私の『神域結界』で少しは弱まるはず。
と言う事は、『能力』の可能性が高い。
そこまでの辿り着き、私はそれに対して急いで対処を試みる。
しかし、それからしばらくしない内に女性の態度が変わった。
「貴女、あまり反応しないのね……飽きて来た事ですし、そろそろ楽にしてあげましょうか」
溜め息を吐き女性が私との距離を歩きながら詰めてくる。
もう少しなのに、このままだと時間が足りない。
私は慌てるが、だからと言って作業する速度が上がる訳もない。
女性は私の目の前まで来ると、腰に挿してある鞘から大型のナイフを抜き、その切っ先を私に向かって振り上げた。
「それじゃ、サヨナラ」
女性からの死刑宣告に私が諦めかけた。
その時、光が消えた。
「何!? 停電? 他にも侵入者がいたか!?」
突然の出来事に女性は驚き、私に振り降ろそうとしていたナイフを止めている。
そして私はその間に作業を完遂させた。
(よし! 予想通り。動ける)
身体にはまだ違和感を感じるが動くのを確認し、私は停電に乗じて逃げ出す。
この施設の簡単な構造は作戦の前に頭の中に入れてあるから、見えなくても何とか進む事が出来た。
そして何度かわかれ道を曲がった所で、私は僅かにドアが開いている部屋を見つける。
私はその部屋に身体を滑り込ませ、ドアを閉めてから安堵の息を吐く。
ここまで離れればすぐに見つかる事は無いはず。
身体から力を向き床へ座りこもうとした時私は気付く。
部屋の奥の方から私に向けられる視線。
ここはまだ敵の施設の中なのだ、安心する方が間違っていた。
私は身構え、部屋を出ようとしたところで声をかけられた。
私のよく知っている声に似た声質で。
「君は、誰?」