猪娘は仕事中
改訂や校正でかなり遅れました。
申し訳ありませんBYオピオイド
「すみません。少しいいですか」
「はい?」
納品書に必要事項が書かれてあるかの確認をしていたら、急に話しかけられた。
声のした方を見ると、一人の男性が私の方を見ている。
男性の名前は郷田さん。
化学薬品や化学試料を卸売する業者の人で、私が能力で作った物を卸している為に最近良く合う。
その流れでお互いに顔と名前を覚えてしまった間柄の人である。
所謂、お得意様である。
「えーっと、どうしました? どこか不備でも?」
私は書類をチェックする手を止めて、郷田さんの方を向く。
だが、私の質問に対して郷田さんは手を顔の前で左右に振りながら慌てて否定する。
「いいえ、そちらの方は一切問題ありませんよ。期日と数量ピッタリで問題なしです。そうではなくて、少し聞きたい事がありまして…」
郷田さんはそこまで言うと、聞いていいのかどうか悩んでいる様で、言いにくそうにしていた。
が、好奇心の方が勝ったのかしばらくすると話し続ける。
「一体どうやってこれだけの純度の物を大量に作っているのか、気になりまして」
ついに聞いてきたか。
紫門さんの座学でいつか来ると予想はしていた。
その予想内の郷田さんの質問に対して、私は前から用意していた答えで返す。
「すみません。私バイトなもので、詳しい事はわからないんですよ」
私の言葉を聞いて郷田さんは納得してくれた様だったが、その時私は内心冷や汗をかいていた。
…言えない、すべての工程をこの場所で尚且つ私一人でやって作っているなんて。
通常、化学的な反応を行って物質を得る場合。
その場の環境条件、原料の物質同士の相互作用などが関係して目的の生成物だけでなく出来なかった別の生成物どが出来てしまう。
それは当たり前の事、と言うより絶対そうなる自然現象。
また、その為純度100パーセントの物を作るためには、特殊な過程などを踏まなければならない。
そして、その過程にはより多くの手間や時間、コストがかかってしまう。
そう、通常ならば。
しかし、私は物理法則を操る『能力者』。
私の能力はあらゆる分子や原子を精確に把握し、イメージしたとおりに繋げ合わせる事が出来る。
通常掛かるであろう数段回の反応を、私一人がイメージするだけで一度組み上げられるのだ。
だから、手間や時間も考えなくていい。
それによって通常の価格より、安価で大量の出荷を可能にしていた。
そう言う業者の人間であれば、疑問に思うのは当たり前の事で。
真実を一般人の郷田さんに言えるわけもなく、私は嘘でもついて凌ぐしかない。
「そうですか…では、もし何か分かった時、よろしければ教えてくださいね」
好奇心むき出しで話す郷田さんの言葉に、私は苦笑を返すしかなかった。
最近、能力者とは人間社会において生きにくいなぁと実感する。
あれからチェックなども終わり納品し終えた私は、風文さんへ納品書の写しと次回の受注書を届けるために隊長室へ向かっていた。
もう何度も行き来しているので、迷うことなく進んで行く。
このビルに来てから(正しくは連れさられて来てから)すでに四ヶ月経っているが、今も来た頃とやっている事はあまり変わっていない。
午前中に七凪さんと『励起法』等の鍛錬を行い、午後からは化学等の座学。
そして習った事の復習として、能力を使った物質の生成をほぼ毎日続けてきた。
鍛錬の方は、少しずつだが確実に『励起法』の深度は深くなっていて。
能力の方も物質の構成や出来上がるまでの過程などを学び・理解することにより一度に作れる量は増え、出来るまでの時間も早くなってきている。
…ただ座学だけは、より細かく理解するために大学レベルの内容をやっているので、正直頭が追いつかない。
高校の授業であれば、AとBが反応したらCとDが出来る、という結果だけを覚えればよかった。
しかし、今習っている大学レベルでは例えば、電子の移動からカチオン・アニオン等の中間体、その他に立体障害、共鳴、熱力学的・速度論的支配等々、目的の物質が出来るまでの反応過程要因…………駄目だ考えただけで頭が痛い………。
しかも七凪さんが結構なスパルタぶりで、私は頭の中に無理にでも詰め込まれるので、毎回オーバーヒート寸前。
そんな七凪さんは今日用事があるらしく、こちらに来られていない。
その事を昨日聞いた時は、久しぶりに身体を休ませられると思っていた。
……まぁ、結局の所今日の分の特訓メニューと問題集は律儀にも用意されていたが。
そんな風に色々と思い出したり考えている間に、私は隊長室までたどり着いた。
私は沈みかけていた気持ちを切り替え、ドアの前に立つと右手でノックをして中に向かって用件を述べる。
「篠崎です。納品が終わりましたので、報告と納品書を持ってきました」
用件を言い、中から入室許可の返事を言われるのを待つが、一向に反応がない。
しばらくして、不審に思った私がドアノブに手をかければ“ガチャッ”と簡単にノブが動く音と共にドアが開いた。
「? 隊長、失礼します」
私は開いている事を疑問に思いながら、ドアを開け部屋の中に入る。
部屋の中に入った私は回りを見渡すが、中には誰もおらず机の上が散らかっていた。
きちんと整理するはずの風文さんが、散らかしている事を私は不思議に思う。
しかし、いくら考えようが部屋の主がいない事には変わりない。
仕方なく、納品書を机の上に置いて部屋を後にしようとした時、ズボンのポケットに入れている携帯が急に振動し始めた。
この携帯は私自身の物ではなく、ここに来て間もない頃にフレイアさんが連絡用にと渡してくれた物である。
私が携帯をポケットから取り出し開くと、ディスプレイにはこのような内容が書かれてあった。
『緊急連絡:次回の作戦のブリーフィングを行う。30分後までに会議室へ集まるように』
とうとう来た、私はそう感じた。
「作戦」という言葉から私は、前に七凪さんから言われた引っ掛かっていた言葉を思い出したからだ。
『私は風文に頼まれてここに来たんだ。君を隊の中で動けるように、とね』
あの時、その言葉に不安を覚えた私に対して七凪さんは「奴の事だ抗う力を付けさせるつもりだろい」と言ってくれた。
おそらく風文さんも、本当は私の力になればと思いやってくれているとも。
しかしこのメールを見る限り、私も次回行われる作戦に組み込まれる予定なのだろう。
風文さんが何を考えているか解らないが、とにかく行ってみなければ風文さんの真意はわからないし何も始まらない。
そう結論付けた私は連絡に書いてあった通り、ブリーフィングが行われる会議室へ向かうため、部屋を後にした。