へっぽこ勇者は桃太郎?
いやに目につく金髪をどうにかしようと思った俺は、倉庫の周りにいる警備員の視界に入らないようにしながら少しずつ近づいて行く。
しかし励起法を行えばその時に発せられる特有の波動から、自分の存在に気づかれてしまう危険性があるので使うことなく移動する。
それからしばらくして、緊張からの冷たい汗を感じながら俺は、何とか金髪の近くまで警備員たちに気付かれる事なく来る事が出来た。
俺は完全に足音を消した訳でもなかったのだが、金髪は俺が後ろ二メートルの所まで来たにも関わらず気付かない。
声を掛けようとして俺がもう一歩踏み出した時、踏んだ場所にあった砂利と擦れ合い大きな音が鳴る。
その音に反応して金髪が俺の方を見た。
こんなに近くまで人が来ていた事に驚いたのだろうか、金髪の口が開き声を漏らす。
「あっ……」
嫌な予感がした俺は、一瞬だけ励起法を起こし金髪へと接近して、右の手の平で開こうとしていた口を押さえる。
明らかに人の域を超えた俺の速さに、金髪が驚きで息を呑むのがわかった。
しかし、それで黙ってくれるのならば俺としては好都合。
「今から手を退かすが、騒いだりするなよ………分かったか? 従うなら危害は加えるつもりはない」
俺の問いに、金髪はすぐに頭を軽く上下に振って答える。
その反応に掛け引きなく本気で答えているのだと感じ取った俺は、金髪の口から手を離した。
金髪を解放してから周りの気配を探るが、特に変わった感じはしない。
とっさに励起法を使ってしまったが、瞬間的に使った為なのか、もしくは能力者がいないのか俺の事はまだばれてはいないようだった。
その事に安心した俺は、次に金髪の方へと視線を向ける。
金髪は俺が口を押さえていた事と驚いた為か、喉元に手を置きながら乱れてしまった息を整えていた。
俺は金髪の息がある程度収まるのを待ってから、質問の為に声を掛ける。
「お前、何者だ? 何でこんな所にいる?」
倉庫の方を見ていた所から考えて、敵の組織の人間ではないだろう。
いつばれてもおかしくないぐらい間抜けな事をしていたのだ。
しかも、俺の励起法に対して驚いていたと言う事は、多分一般人である。
しかしだからこそ、そんな奴がこんな所にいるのが解らなかった。
倉庫を見ていたと言う事は、その中が収容所になっている事を知っている可能性が高い。
だが、一般人がそんな情報を掴んでいるとは考えにくい。
可能性・否定、様々な考えが俺の頭で流れ、どれも確信を得ないまま消えていく。
そんな埒の明かない様な事をしている内に、金髪が俺の質問に答えてくれた。
「高見原西高校一年、石動 翔吏です。俺、どうしてもあの倉庫の中に行かなきゃ行けないんです」
名乗るまではいいのだが、後の方は質問の答えになっていない。
しかし、石動と名乗った金髪の表情は真剣そのものだった。
さっきまで多少なりとも怯えていたはずなのだが、今は微塵も感じられない。
つまりは、それほど切羽詰まった状況に追い込まれいているのだろう。
俺は何かに誘われる様に、金髪に聞いていた。
「…何で行かなければならないんだ?」
「あそこに幼馴染の女の子が連れて行かれたんです」
金髪の言葉を聞いて俺は驚き、一瞬であるが思考が止まった様になった。
しかし、金髪はそんな俺の様子に気づくことなく、下の方を向いたまま話を続ける。
「攫われる所を俺、偶然目にしたんですけど、いきなりの状況に足がすくんで、動けませんでした」
その時の様子を思い出したのか、金髪は表情を苦々しく歪めながら呟くように話す。
そんな独白を聞きながら、俺は金髪の言葉に自分の事を重ねていた。
目の前の状況に付いていけず、何も出来なかった自分。
あの時、もしも止める事が出来ていれば、何かが違っていたかもしれない。
「正直、今でも怖い事には変わりません。でも、何度考えても、見て見ぬ振りなんて出来なかったんです」
金髪が話し終え、場が静寂に包まれる。
実際には周りからクレーンの音や船の汽笛の音などが鳴っているが、場の空気の重さがそんな錯覚すら生んでいた。
お互い何も言わずに時間だけが過ぎてゆく。
そして、その静寂は俺達以外の人物によって崩された。
見回りに来たのだろうか、コンテナの角から一人の男が出てきた。
男はまだ気づいていないようで真っ直ぐ歩いているが、少しでも右手を向かれたら視線に入ってしまうだろう。
ならば修行相手の誠一の口癖じゃないが、気付かれる前に…潰す。
俺が瞬時に励起法を起こし、右足を踏み込めた時、警備員の男が俺達の方を向いた。
「!? お前たっ……」
「ふっ!」
気付いた警備員の男に大声を出されるよりも前に、俺は一足で懐まで飛び込む。
そして、殺さないように手加減するため励起法の深度を浅くしながら、右ストレートを溝内に叩きこんだ。
俺の一撃をまともに受けた男は、うめき声を上げながら崩れ落ちる。
崩れ落ちる男を抱えながら周りを見渡すが、コンテナが周辺を囲んでいるおかげで、他の誰の目にも映っていない様だった。
気絶した男をなるべく見つかりにくい様にする為、俺は男を担いでコンテナの中に入れ込む。
しかし手足を縛る物など無く、かと言って殺す事なんて出来ない。
それに、他に連絡される前に倒したまでは良かったが、逆にいつまでも連絡が無ければ怪しまれてしまうだろう。
となると、前に進むにしても後ろに引くにしても時間は無い。
俺は状況に付いていけず、尻もちを付いている金髪へ視線を向ける。
「なあ、石動だったか?」
「はい?」
俺から声を掛けられた金髪は、呆けた声を出して反応する。
こんな事で大丈夫かと思いながらも、俺は金髪へ提案を持ちかけた。
「俺には、お前を守る義務も余裕もない…だが、それでもいいなら付いて来い」
俺の言葉に金髪は最初、何の事だか分かっていない様で、頭の上に疑問符が飛び交っていた。
しかし数秒して理解できたのか、目を見張りしっかりとした視線で俺を見てくる。
それに俺も視線を逸らさずに返し、金髪の答えを待つ。
再び数秒経ってから、金髪は首を縦に振り立ち上がる。
それだけで答えとしては十分に伝わった。
俺も金髪に頷き返しながら、この事件に関わる覚悟を決めるのだった。