へっぽこ勇者、迷走中
いつもの登校よりも少し早い時間。
俺は身体的にも精神的にも重い足取りで、学校に向かって通学路を歩いていた。
「東哉、大丈夫か? まだ痛むか?」
そんな俺を隣を歩く誠一が、心配しそうに声を掛けてくる。
今日の鍛錬で俺は誠一から一発モロに受けてしまい、打ち所も悪く少しの間気絶までした。
その為、今日の鍛錬はそこまでで切り上げて、いつもよりも早い時間帯に登校しているのだ。
いつもならば滅多にそんな失態を起こさないのだが、今日に限っては理由があった。
「鍛錬の時も思っていたが、元気が無いな。集中力もないし、心ここに在らずだ…何かあったのか?」
俺は誠一の問いかけに、一瞬詰まる。
誠一の疑問は当たっていて、俺は鍛錬の間中ずっと土屋さんの事を考えていた。
俺が土屋さんの事を莉奈と言い間違えて、あれから二日経っている。
似ているからって言い間違えるなんて、とても失礼な事。
俺はどうしたらいいのか分からず、話し掛けられてもそっけなく返してしまい時間だけが過ぎていた。
しかし、そんな個人的な理由で駄目でしたなんて、わざわざ鍛錬の相手をしてもらっている誠一に悪い。
そう思った俺は、とりあえず誠一に二日前の出来事を全て話した。
俺の話を聞き終えた誠一は、特に怒る訳でもなくただ一言忠告する。
「事情は分かったが、鍛錬の時は気をつけろよ。集中力が切れたら『励起法』や『能力』をまともに使う事が出来ないんだからな。切れたら最後、お前はただの人間に戻るんだ」
誠一の言う通り、能力や励起法は集中力や意志が深く関わっている。
励起法ならば、集中力が散慢でもある程度まで起こす事が出来るが、それもあくまで気休め程度。
特に能力に関してはイメージに依存しているとさえ言える。
神域結界内で己の思い描いた事を、自らの能力を用いて現象として起こすのだから。
どちらにしても集中力を維持できなければ、能力者はろくに力を使う事が出来ない。
だからこそ己の実力を最大まで引き出せる様に、常にどんな時どんな状況だろうと集中力を切らさないようにしなければいけないのだ。
なのに俺と来たら、この体たらく。
誠一の言っている事は、まったくもって正しい。
「まぁ、何か俺に出来る事があったら言ってくれよ? 俺としても相手がいつまでも不調じゃ鍛錬にならないからな」
誠一は何でもない様に言うが、その言葉の中にある優しさに俺は気付く。
「…あぁ、すまん」
その心遣いが嬉しくて、俺はただそれだけを伝えた。
誠一と教室の前で別れ自分の教室に入ると、既に土屋さん以外の馴染みのメンバーが揃っていた。
いつもならばチャイムと同時に教室へ入って来る浩二が、すでに居る事に俺は驚きを示す。
「……何が起こったんだ? 何か特別な事がある訳でもないのに、浩二がこんな早く来るなんて……明日は台風か」
「何言ってるのよ、東哉。富士山が噴火ぐらいするわよ、もしくは日本沈没」
「巨大彗星が落ちてきて、世界滅亡じゃないかな〜?」
「そこまで!? てか、天災からの人類滅亡フラグ立てるレベル!? ………お前らいい加減にしろーー!!」
俺達の言葉に浩二がいつも通りの派手なリアクションを見せる。
いや、だって……なぁ?
俺の何とも言えない感情に、斎や天音も頷き賛同してくれる。
そんな心を一つにしている俺達を見て、浩二は項垂れた。
「何だよ。東哉の事で気になった事があるからそれを聞くために早く来ただけなのに、そんなに悪いのかよ」
項垂れたまま呟く浩二の言葉に、俺よりも早く斎と天音が反応する。
どうやら二人には思い当たる節がある様で、何の事か分からず気になった俺は浩二に聞く。
「気になった事って?」
「……お前、土屋さんと何があったんだ? 二日前くらいから変だぞ。急によそよそしくなって」
浩二が項垂れた状態から顔を上げて、急に真面目な表情を浮かべ俺へ問いかけてきた。
浩二の言葉を聞いて俺は、誠一の時と同じように答えるのに詰まる。
そんな俺の反応を見ると、三人はやっぱりかと言う表情を浮かべ溜め息をつく。
「私も薄々気づいていたけど、本当東哉って分かりやすいよね」
「気まずそうにしているのを隠そうとしてるんだけど、逆にそれで浮き出てるって言うか何というか………」
「不器用? むしろ馬鹿正直〜?
ここぞとばかりにとことん皆から言われ、その間俺は小さく縮み上がるしかなかった。
だから、急に掛けられた声に反応することなど出来なかった。
「皆おはよう。何を話してるの?」
話の内容の当事者がこんなタイミングよく来るとは。
全員が声のした方を向くと、そこには笑顔を浮かべている土屋さんが立っている。
それに対応出来ないでいる俺の代わりに、三人が内容を合わせ話を繋げてくれた。
「それがさ、俺が気が向いたから早く来ただけなのに!! こいつらそれで天変地異が起こるわ、人類滅亡だって言ってるんだよ」
「言われてみれば、こんな早い時間に浩二君が居るなんて珍しいね」
「珍しい、じゃないよ〜。あり得ない事なんだから〜 地球の自転が止まるくらい有り得ない」
「……ねぇ、天音。最近言葉が荒れてない?」
俺は安堵の息を吐きながら思う。
あれから、土屋さんは俺が莉奈と言い間違えた事を気にした様子もなく接してくれている。
この学園に入って来てから二、三週間しか経っていないのだから、本来ならば彼女に気を使わせいな様しなければならないはずだ。
しかし、現象はまったくもって俺は自分が情けなかった。
その後も浩二の事をネタに話していると、チャイムが鳴り皆それぞれの席へ戻って行く。
その中、斎が自分の席に戻る前に俺に近づいて来て、俺だけに聞こえる様に小さい声で言う。
「とりあえず、あんたはさっさとこの事に関して解決する事。分かったわね?」
「…はい」
斎の有無を言わせない物言いに俺はただ頷いた。
それから土屋さんに謝る機会を探っている内に、時間は放課後になってしまった。
このままではいけないと、声を掛けようかしていた所で携帯のバイブレーションが鳴り、タイミングを削がれた俺は携帯を取りだす。
携帯の画面を開いてみると、メールの着信履歴があったのだが知らないアドレスからだった。
迷惑メールかとも思ったが、一応確認のためにメールを開いてみる。
件名は何も書かれてなかったので本文の方を見てみれば、それだけで誰から送られて来たのか分かる文が書かれてあった。
気が引き締まるのと同時に、またあそこに行くのかとげんなりする。
「アドレスは七瀬から聞いたヨ。この前預かったディスクの解析が終わったノで、我らが城までお越しくだサーイ」