へっぽこ勇者と軋む世界
土屋さんが編入して来てから、2週間ほどが経った。
最初の頃は莉奈と瓜二つと言えるほどに似ている事もあり、俺のクラスだけでなく他のクラスの生徒達からも一目見ようと人が押し掛けてきたりもした。
しかし、莉奈と土屋さんに関連性が無い別人と分かった今では、根も葉も無い噂や好奇の視線は殆ど収っていて平穏な雰囲気が流れている。
そんな今日この頃。
昼休みになり教室でご飯を食べ終わった俺達は、いつもの様にそのまま次の授業の時間が来るまで雑談していた。
最近のだいたいの会話内容は、土屋さんから高見原について質問されるか俺達が土屋さんについて聞く事が主だ。
そして、今日も同じ様な流れで話を続けていく。
「あのさ、まだ聞いてなかったけど土屋さんはどうしてこの学園に来たの?」
今まで話していた話題が一段落した所で、急に浩二が土屋さんへ質問した。
一応この学園はそれなりの進学校で、部活動も盛んである。
それゆえに人気もあり、入試試験の倍率は高見原にあるその他の高校に比べれば明らかに高い。
俺らのグループでは、天音と莉奈は学力面では高見原学園の中でも上位であり問題無く。
斎に関しては剣道での実績が認められスポーツ特待で入学していて、今では二年生にして部長を務めている。
平均程度の成績であった俺は莉奈に専属教師をしてもらい、入試までに何とかボーダーまで成績を上げる事が出来た。
唯一、今だに何の特技もなく散々たる成績の浩二が何故受かったのかが不思議でたまらないのだが……。
まぁ、とにかくスポーツ特待等を抜かせば、それなりの実力を持ってなければ、この学園には簡単には入れない。
ましてや編入試験は入試試験よりもさらに難易度が上がるのだからなおさらである。
そんな事を考えていると、土屋さんが浩二の質問について答えてくれた。
「高見原には親の仕事の都合で引っ越して来たの。それとここを受けた理由は、自分に合ったレベルの所の中でこの学園が一番気に入ったから」
「そうなんだ〜。菜々ちゃんの親御さんは、何のお仕事をしてるの〜?」
「二人とも薬の開発に携わってるって聞いたわ。仕事が忙しいみたいで滅多に家へ帰って来ないけどね」
俺達の質問に土屋さんは嫌な顔を見せずに答えてくれる。
しかしスポーツ特待ではなく、普通の編入試験を受けたと言う事は、それだけ勉強の方は出来るのだろう。
「土屋さんって頭いいんだな。俺なんて入ったまではよかったけど、今では授業のレベルに付いていけなくてさ」
日頃からまともに授業を受けてすらいない浩二が、自分の事を棚にあげて言った。
そんな浩二の言葉に、土屋さんは少しの間悩んでから否定の言葉を返す。
「そうかな? 確かに編入試験は難しかったけど、先生の教え方はとても分かりやすいから、きちんと授業さえ受けてれば問題ないと思うけど」
「ぷっ、男二人にしては耳に痛いわね」
斎の言葉に浩二と俺は憤慨し、それぞれ言い返す。
「おい、どういう事だよ!」
「そうだぞ、斎。俺を浩二と一緒にするな」
「そっちかよ!?」
「そうそう平均点が五点違うしね。ちなみに後から数えた方がいい二人だけど〜」
「あっ天音〜!!」
「天音さん!?」
俺の言葉に対する浩二と俺のオーバーリアクションに、皆から笑いが零れる。
その流れのまま俺が浩二へ話を誘導し弄っていると午後の授業開始のチャイムが鳴り、俺達はそれぞれの席へと戻った。
誰かが…俺の事を呼んでいる事に気付く。
奥底へと沈んでいた意識が僅かに浮上した。
しかし寝起きで上手く頭が回らない俺は、声の主が誰であるのかを確認せずに聞こえた声から、頭に浮かんだその人の名前を呟く。
「莉、奈」
「えっ……」
俺が莉奈の名前を呟くと、近くから誰かの驚いた声が聞こえた。
その瞬間、俺の中で決定的な間違いをした予感がした。
伏せていた頭を机から上げ、慌てて声の主へと視線を向ける。
起こす為に揺すろうとでもしていたのだろう。
俺の方へ手を伸ばしたままどう反応していいのか分からない様子で、困った表情を浮かべている土屋さんが目の前にいた。
さっきまで纏わりついていた眠気が一気に吹き飛ぶ。
完全に意識が覚醒した俺は何か言おうとするが、土屋さんにどんな言葉を言えばいいのか全く浮かんでこなかった。
そんな俺の態度に土屋さんは僅かに苦笑いを浮かべながら、俺が起きる少し前の事を説明してくれる。
「五限目の途中で寝たでしょ? あれから放課後になったのに全然起きる気配がなかったから、声を掛けてみたんだけど……」
土屋さんの言うとおり、俺の記憶は五限目の日本史の先生が授業を脱線して、自分のお気に入りの戦国武将について語り始めた所で途切れている。
周りを見てみると、雑談している人や教室から出ていく人がいて、教室内は放課後の開放的な雰囲気になっていた。
しかし、俺と土屋さんの周りにある雰囲気だけ、隔離されたかの様に重くなっている。
自分が起こしてしまったこの空気をどうにかしなければいけないと分かってはいる。
だが、いくら考えても自分の頭では、この状態をどうにか出来るほどの妙案が全然浮かんでこなかった。
何も出来ずお互い黙ったまま、ただ時間だけが過ぎていく。
どれだけの時間そうしていたのか分からないが、二人とも固まったままいるのは不自然だろう。
教室に残っていたクラスメイトが俺たちに気づき、動かない二人を見て何事かと見てくる。
居心地の悪さに耐えきれなくなった俺は、土屋さんと顔を合わせる事なく自分の鞄を持ち、立ち上がる。
「起こしてくれて、ありがとう。それじゃ、俺用事があるから……また、明日」
そのまま俺は土屋さんにお礼を言って歩き出し、教室のドアの所へ向かう。
土屋さんは俺の行動に直ぐには反応出来ず、俺が土屋さんの隣を通り過ぎた頃に返事を返してきた。
「……あっ、うん。 またね」
慌てて返事をする土屋さんの声を聞きながら俺は思う。
(俺は何をやっているんだ。土屋さんと莉奈を間違えるなんて!)
土屋さんは莉奈と似ていることから転校して来た当初は、周りから好奇の目で見られていた。
彼女本人はどうでもない様に振舞っていたが、全然気にしてい無い事なんて無いはずだ。
そんな事分かっていたはずなのに、俺までやってしまった。
多分一番やっていけない人物である自分が……。
しかし、後悔したからと言ってこの現状がどうにか改善される訳ではない。
後から土屋さんも視線を感じながら、俺は足早に教室を後にするのだった。