へっぽこ勇者、困惑中
「……莉、奈?」
俺は呟いてから時間が経っても、全く動く事が出来なかった。
目の前にいるのは莉奈なのだろうか?
しかし、先生は教壇に立っている女子の事を転校生だと言った。
つまりそれは、目の前の女子が莉奈で無い事を示している。
だが、だからと言ってこんなにも似ている人が居るのだろうか?
俺の中でいくつもの疑問と考えが渦巻いていく。
「………船津。気持ちはわかるが、今は座れ」
そんな躊躇いがちな俺に杉下先生が声を掛けてきた。
杉下先生の言葉の意味が解らず俺は自分の周りを見渡してみる。
俺の視線は座っているにしては高く、足元には倒れた椅子、転校生に対して驚いていたはずのクラスメイト達の視線が全部集まっていた。
そこまでして俺は、自分が椅子を倒して立ち上がっていた事にやっと気付く。
俺は一度ゆっくりと深呼吸をし、荒れていた気持ちを落ち着かせてから席に着く。
「待たせてすまないな。それでは自己紹介を頼む」
杉下先生は俺が席に座るのを確認すると、転校生へ声を掛け自己紹介する様に促す。
先生の言葉を聞き、転校生は俺たちの方を向いて姿勢を正してから話し始めた。
「初めまして、土屋 菜々美(つちや ななみ)です。こんな時期からの編入で色々と不安なのですが、クラスに早く馴染めたらいいなって思っています。これからよろしくお願いします」
転校生――土屋さん――の挨拶が終わり、杉下先生が拍手をするのに合わせ皆も遅れて拍手する。
俺も周りに合わせて拍手しながら、やはり転校生が莉奈で無い事を認識して、気持ちを正常時まで落ち着かせる。
それは本人の口から莉奈とは違う、まったく別の名前を聞いた事が要因の一つ。
その他にも、落ち着きを取り戻してから改めて彼女の事を見てみれば、確かに似てはいるが細部が違う事に気付いた。
莉奈とは何年間も毎日顔を合わせていたのだから、細かいところまで脳裏に思い浮かべる事が出来る。
しかし、そんな俺が注意深く見るまで気付かない程に似通っている事も事実だ。
例え双子であってもここまで似る事は珍しいはずだし、莉奈に姉妹が居た事など聞いた事がない。
もしかしたら物心つく前に生き別れ…みたいな事も浮かびはしたが、そんなドラマのみたいな事がそうそうある訳ないだろう。
「さて、自己紹介も終わった所で土屋の席だが………」
杉下先生はそこで言葉を切り教室内を見渡してから、僅かに表情を歪ませる。
何事かと思い、俺も教室内を見渡して先生が悩んでいるのかを理解した。
俺が今日この部屋に来た時机はの数はいつも通り。
つまり、この教室内で今使われていない席と言えば俺の右隣にある莉奈の席だけだ。
こういう時は事前に席を用意しておくのだろうが、多分先生も今回の事に対して困惑していたという事なんだろう。
俺の方を窺うように見ている杉下先生に頷いてみせる事で意思を伝える。
席の事そして俺が思っていたよりも落ち着いた事で杉下先生は安堵の息を吐き、土屋さんに座席を指定した。
「それでは土屋、一番後ろにある空いている席を使ってくれ」
「わかりました」
土屋さんは杉下先生に返事して教壇の方から俺の隣にある莉奈の席まで来る。
彼女が席に座るのを確認した杉下先生がホームルームを始め、連絡事項が述べられていく。
俺は何を考えるでもなく杉下先生の話を聞いていると、隣の席から急に声を掛けられた。
「………あなたが、船津君?」
いきなり話し掛けられるとは思っていなかった俺は驚き、土屋さんの方を見て慌てて返事をする。
「えっと、そうだけど。どうした?」
先に話しかけてきたはずの彼女が何かを躊躇っている様だったが、しばらくすると意を決して話を続けてきた。
「この教室に来る前に先生から篠崎さんについては話を聞いてるわ」
その言葉を聞いて俺は彼女が何故躊躇いがちにしているのか分かった。
こんな微妙な時期の編入に加えて自分に瓜二つと言ってもいい程の生徒が失踪しており、なおかつその家族である男子生徒が自分のクラスメイトとくれば、気まずくもなるだろう。
「私も写真を見せてもらった時は驚いたの。その、何と言うか………気まずいと思うけど、これからよろしくね」
「………あぁ、こちらこそよろしく」
すでに彼女と莉奈の事について割り切った俺は、彼女の事を安心してもらう為にも微笑を浮かべながら返事を返す。
そんな俺の対応が予想外だったのだろうか、彼女は驚いた風に何度も瞼を動かした後笑顔を返してくれた。
それからホームルームも終わり杉下先生が退室した後、クラスの皆が土屋さんの席に集まる。
彼女の周りにはあっという目に人垣が出来上がり、皆からの質問攻めにあっていた。
そんな隣の席の様子を見ていると、いつものメンバーが俺の席に集まってきた。
「何だ、お前らもあの中に入って行かないのか?」
「今行ったとしてもあまり覚えてもらえなさそうだしな。出会いってのは最初のインパクトが大切なんだよ」
「私は人垣とかに入るの苦手〜」
「別に今すぐ聞きたい事とか無いしね」
俺の言葉にそれぞれ珍しく気のない浩二、マイペースな天音に斎がドライな返答をする。
何だかんだと言って三人が、俺の事を気遣って集まってくれている事は解っている。
その気持ちは嬉しかったのだが、改めて礼を言うのも照れくさいので俺は心の中で三人に゛ありがとう゛とお礼を言った。
「それにしても、まさかあそこまで莉奈ちゃんに似ているとわな。俺も驚いて何も言えなかった」
「私も、東哉が席の事で了解するまで気が気じやなかったわ」
「私〜自己紹介が終わった後ぐらいから、東哉が落ち着いていたから〜やっぱり違うんだなってわかったよぅ」
浩二と斎の言葉まではいいのだが、天音の言葉の意味が分からない。
何故、俺の落ち着きが確証に繋がるのだろうか?
「俺が、って何だよそれ」
「だって〜莉奈ちゃんの事では、東哉君ほど分っている人居ないでしょ〜?」
天音にからかわれている事に気付き、俺は何も言い返さず沈黙した。
そんな俺の沈黙をどう取ったのか、三人とも俺を生温かい視線で見ている。
俺は三人の視線から逃れる様に土屋さんの方に視線を向けた。
クラスメイト達と囲まれ話している彼女を見ながら俺は再び思う。
そう、彼女は莉奈ではない
自分に言い聞かせる様に俺は心の中でそう呟いた。
それと同時にこの出来事によって、俺はこれから何かが起こるのではないかと言う予感がしていた。