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出汁も取れない

作者: たま8
掲載日:2026/05/01

 人はたぶん、若い頃に二つくらい大きな勘違いをしている。


 一つは、自分はそのうち何者かになるのだろうという勘違い。もう一つは、人生は努力したぶんだけ、それなりに筋の通った形で報われるのだろうという勘違いだ。


 どちらも今となっては少し笑える。笑えるが、笑って済ませるにはそこそこ長い時間を使ってしまった。


 俺はど田舎の生まれだった。店も少ない。遊ぶ場所も少ない。電車も走っていない。あるのは家と学校と、狭い人間関係と、やたらとよく届く他人の目だった。


 小学校、中学校の頃の俺は、その狭い世界の中ではそれなりに頭がよかった。少なくとも悪くはなかった。先生受けもそこそこよくて、親から見ればまだ期待できる部類の子どもだったのだと思う。もっとも、家庭環境は息苦しかった。厳しいと言えば聞こえはいいが、子どもの側からすればただ窮屈で、早くここを出たい、その気持ちばかりが育っていった。


 だから高校は県外に出ると決めた。そこへ行くために勉強もそれなりに頑張った。努力と言うには少し照れるが、当時の俺なりにはちゃんと必死だった。そして結果として、その願いは叶った。


 叶ってしまったのが、たぶん最初の分岐だったのだと思う。


 田舎を出て、一人になって、何かがはじけた。長いことぎゅっと押さえつけられていたばねが、そこで一気に跳ね返ったのだと思う。抑え込まれていた反動で、俺は高校で見事なまでに遊び始めた。自由というのは、人を立派にする前に、先に駄目にすることがある。俺の場合はまさにそれだった。真面目にやっていれば、もう少しましな道もあったのかもしれないが、当時の俺にはそんな想像力はなかった。卒業すら危ぶまれるくらいには遊んだ。今振り返ると、あのあたりから人生のねじは少しずつ緩み始めていたのだと思う。


 それでも若い頃というのは便利で、多少の失敗は「まだ若いから」で片づけられるし、本人も本気でそう思っている。俺もそうだった。ファッションに興味があったから、次は専門学校へ進もうと考えた。服が好きだった。洒落たものに囲まれて生きる人生というのは、それだけで何か意味がありそうに思えた。


 親を説得するのは面倒だった。金も必要だった。だから一年、学費を貯めるために給料のいいパチンコ屋で働いた。


 この時点で、だいぶ雲行きは怪しい。


 パチンコ屋で働いて稼いだ金は、きれいに別のパチンコ屋へ消えた。今こうして文章にすると、かなりひどい。日中は他人の負けを眺めながら働き、仕事が終わると自分も負けに行く。まるで何かの寓話みたいだが、残念ながら現実だった。結局、学費が貯まるどころか数十万の借金が残り、最後は親に泣きついて返してもらった。あの頃の俺は、どうしようもなく若く、どうしようもなく甘かった。


 親には本当に迷惑をかけた。学費だの借金だの、思い返せばろくなことがない。すねをかじり倒し、しゃぶり尽くした。もう今では出汁も取れないくらいである。今でもそれは後悔している。後悔しているが、後悔したところで返せるものでもない。だからせめて、これ以上の厄介だけはかけまいと思いながら今を生きている。


 そんなこんなで専門学校には入った。だが入ってしばらくして、わりと大事なことに気づいた。


 ああ、自分は服を作ることよりも、自分を着飾ることのほうが好きだったのだと。


 気づくのが遅い。遅いが、気づかなかったよりはまだましなのかもしれない。向いていないことを情熱だけで押し切る才能も俺にはなく、結局は特に何かを成し遂げることもなく惰性で卒業した。ただ、今でも専門学校の同級生たちが仲良くしてくれているのは本当にありがたい。あの時代に何を残したかといえば大したものはないが、人との縁だけは今も残っている。


 卒業してからは、ギャグみたいにダサいTシャツを卸しているメーカーに勤めた。世の中には本当にこういう仕事があるのだなと、妙な感心だけはした。給料は忘れもしない、年俸制。二百四万円。月になおすと十七万円。手取りじゃない。額面で。しかも交通費なし。ボーナスも当然なし。そして入って三日目くらいからは終電で帰るのが当たり前になっていた。夢だのやりがいだの以前に、これは普通に生きていけないなと早々に悟った。だからその仕事は三か月で辞めた。見切りだけは早かった。


 そこから先は、もうだいたい今の話だ。


 普通の専門商社に入り、営業職として働き始めてから、ふと思い出すことがある。


 地元を離れた十代後半。通学のため電車に揺られていたあの時間だ。しわしわのスーツとシャツを着て、くたびれた顔で黙って揺られているサラリーマンたちを見ながら、俺は心の中で小さく思っていた。


 俺はこうはならない、と。


 今思えば、ずいぶん青くて、ずいぶん失礼な話である。まだ何者でもないガキが、ただ朝から働いている大人たちを見て、勝手に敗者みたいに決めつけていたのだから。


 それが今はどうだ。しわしわとまではいかなくても、安物のスーツを着て、眠そうな顔で満員電車に揺られている。窓に映る自分の顔は、あの頃見ていた「くたびれたサラリーマン」そのままじゃないか。きっと今の若い子たちから見れば、俺もあちら側なのだろう。ああいうふうにはなりたくない、なんて思われていても不思議ではない。そう考えると少し複雑な気持ちになる。


 パチンコ屋で働いていた頃を思い出す。今風に言えば“昔やんちゃしていた”先輩が、喫煙所でタバコを吹かしながら俺にふと、こぼしたことがある。


「俺もスーツをバシッと着て仕事してみたいよ」


 あのときの俺は、へえ、そんなものかと思った。だが実際にその側へ来てみると、別にそんなにいいものでもない。普通の人間がスーツを着て仕事したところで、急に何者かになれるわけじゃない。ただネクタイを締めて、名刺を持って、少しずつくたびれていくだけだ。


 それでも、あの先輩の言葉を思い出すたびに少しだけ背筋が伸びる。俺が嫌々着ているこのスーツも、誰かから見ればまともな大人の記号だったのかもしれない。先輩、元気ですか。遅番終わりに飯をたくさんごちそうしてくれて、ありがとうございました。深夜に食べたラーメン、うまかったです。あの頃の俺はたぶん、ああいう優しさを当然みたいに受け取っていたけれど、今はあれがちゃんとありがたかったとわかります。


 気がつけば二十年以上が過ぎた。昔は夢にあふれていた時期も、たぶんあったのだろう。今の状況に不満がないかと言われればもちろん嘘になる。あのとき別の選択をしていれば、と考えることもある。もっと真面目にやっていれば、とも思う。


 けれど人生は、いくつかの決断といくつかの失敗と、取り返しのつかない先送りの上に積み上がっていくものらしい。気づけば、若さも体力もなくなっていた。


 二十歳を過ぎてから失ったものを挙げればきりがない。髪の毛、健康、素直さ、謙虚さ、無根拠な万能感。たぶん他にもいろいろある。得たものといえば、営業用の愛想笑いと、多少の処世術と、この腹の周りにたっぷりついた脂肪くらいだ。脂肪だけは本当に誠実で、裏切らず、努力しなくてもきっちり蓄積していく。


 つらいことのほうが多い。小遣いも少ない。その少ない小遣いを懲りずにパチンコで負けたりもする。若い頃に一度痛い目を見たはずなのに、何ひとつ懲りていないようにも見える。いや、懲りてはいるのだ。懲りてはいるが、それできれいさっぱりやめられるなら苦労はしない。わかっていても負けるし、負けたあとにまた少しだけ後悔する。人間の弱さというのは、もっと劇的な破滅ではなく、こういうしょうもない反復の中にこそあるのだと思う。


 それでも、今を生きるしかないのだ。


 これは若い頃に思っていたような、希望に満ちた結論ではない。もっと鈍くて、もっと地味で、たぶん本当のことに近い言葉だ。何者かになれなかった人間にも朝は来る。夢の続きを見ているには、生活というやつはあまりにも具体的すぎる。それでも飯を食い、働き、たまに笑い、たまに落ち込み、また次の日を始める。格好悪くても、みっともなくても、そうやって回していくしかない。


 前を向く、なんて言うと少し立派すぎるかもしれない。本当のところは、前以外を向いても仕方がないだけだ。後ろを向いても、そこにあるのは失敗と後悔と、今さらどうにもならない選択ばかりだ。横を見ればもっと器用に生きている奴がいる。上を見ればきりがない。だから結局、自分の足元を見て、自分の番の人生をどうにか歩くしかないのだと思う。


 今日も満員電車に揺られながら、スマホでこれを書いている。窓に映る自分の顔はくたびれていて、髭まで白い。若い頃に思い描いていた大人とはまるで違う。それでも電車は止まらない。誰かの肩と鞄に挟まれながら、今日もどこかへ運ばれていく。


 何者かにはなれなかった。


 たぶん、この先も大きくは変わらない。


 それでも、まだ終わったわけではない。立派な結論も、胸を張れる逆転劇もない。ただ、次の駅が来る。ドアが開く。人が降り、人が乗る。その流れに押されながら、俺もまた足を動かす。


 せめて転ばないように。


 できれば昨日の自分より、ほんの少しだけましでいられるように。


 そんなことを考えているうちに、電車はいつもの駅に着く。ドアが開き、人の流れに押されながら、俺もホームへ降りる。そして今日という名の改札を抜ける。


 ……などと心の中で少しだけドヤってみたが、実際にはただの通勤である。


 今日もまあ、行くしかない。

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