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帰魂譚【母に届かなかったごめん】

作者: Wataru
掲載日:2026/02/14

施設に来たばかりの頃。


まだ小さくて、

誰とも話さずに一日が終わることも多かった。


その日も、

夕方の裏庭のブランコに一人で座っていた。


誰もいない時間。


中からは、夕飯の準備の音が聞こえてくる。


そのとき。


隣のブランコが、

ぎい、と音を立てた。


誰も乗っていないのに。


顔を向けると、

同じくらいの年の男の子が座っていた。


体が、少し透けている。


怖くはなかった。


むしろ、

普通の子より話しかけやすかった。


「……おまえ、誰?」


男の子は少し迷ってから言った。


「翔馬」


「なんで、こんなとこいんの?」


翔馬はブランコを見ながら言う。


「帰れないんだ」


「どこに?」


「家」


「じゃあ帰れば?」


「……帰れない」


少し沈黙。


「なんで?」


翔馬は、小さく言った。


「母さんに怒られたまま出てきて」


「それで……事故に遭って」


声が弱くなる。


「ごめんなさいって言えなかった」


風が吹く。


意味は全部分からなかった。


でも。


帰れないのは、

なんとなく分かった。


ブランコを降りる。


「じゃあ、俺が言っとく」


翔馬が顔を上げる。


「……誰に?」


「母さんに」


翔馬は、少しだけ笑った。


「俺、もう帰れないのに?」


少し考えてから言う。


「いいだろ、別に」



翌日。


施設を抜け出して、

教えてもらった場所へ行った。


古いアパートだった。


部屋の前で少し迷ってから、

チャイムを押す。


しばらくして、

目の腫れた女の人が出てきた。


「……誰?」


言葉がうまく出ない。


それでも言った。


「翔馬が」


女の人の顔が止まる。


「……え?」


「ごめんなさいって」


沈黙。


次の瞬間、

女の人はその場に崩れて泣き出した。


何を言えばいいか分からなくて、

そのまま帰った。



その夜。


夢の中で、

あのアパートの部屋が見えた。


写真を抱いて泣く母親の横に、

翔馬が立っていた。


こっちを見て、

少し笑う。


「ありがとな」


その姿は、

ゆっくり薄くなって消えた。



朝、目が覚めたとき。


なんとなく分かった。


あいつは、

帰れたんだと。


それからだった。


帰れないやつを見ると、

放っておけなくなったのは。


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