掌の中
午前0時過ぎ。
熱く火照った身体をシャワーで冷ましたみちるの濡れた髪から滴る水が、廊下の床に小さく落ちる。
「……もう日付け変わったじゃん。昨日どこにいたの?」蒼太からのLINEがタイミングよすぎてみちるは小刻みに体を震えさせた……。
折り返し電話すると、彼の声は甘く、怒りはない。
でも、その静けさが胸をざわつかせる。
「仕事だったよ。今?今は帰宅したとこ。うん、さっきね。遅いかな?少し歩いて遠回りしただけだよ。……」
みちるの声はいつもより小さい。
男は、声で微笑む――
優しい、
だけど圧のある微笑み。
―――
半年前、みちるが
最寄り駅から自宅に歩いていた時に声を掛けられた。
蒼太は何回か私を近くで見かけて気になっていたと言う。
最初は警戒していたが、何回か見かけるたび声をかけられ仲良くなっていった……。
気づけば二人が付き合うのに時間はかからなかった。
蒼太は私にすごく優しい。
いつもみちるの心配ばかりな蒼太。
最初は困ったけど、慣れてくると、
愛されている。と
実感して嬉しくなり、蒼太のことをみちるはどんどん好きになっていった。
でも
ある日、夜道を並んで歩いていると、
「みちるの前でだけは、甘えたくなる。俺だけを見ていて。」
蒼太の低く柔らかい声に、みちるの孤独な心が絡みつく。
みちるには早くから家族がいない。天涯孤独な身だ。友達も上京する前の地元にいるだけ。
蒼太の笑顔、ほんの一言が、重く孤独な胸を満たす。
だからすがる。
理不尽な事を言われても、されても、最後は甘く優しい蒼太が戻ってくる。
それだけで救われる。と錯覚する。
―――
毎日連絡はしていたが、頻度が少しずつ増えていく。
仕事中も返信が無いと蒼太は不機嫌になる日が増えた。
そんな日々を過ごしていたが
あの夜、みちるは蒼太の通知音に即座にスマホを開いた。
「……もう日付け変わったじゃん。昨日どこにいたの?」
短いメッセージに、蒼太の不安がにじんでる。と思った……
心臓がぎゅっと締めつけられる。
「仕事だったよ。今?今は帰宅したとこ。うん、さっきね。遅いかな?少し歩いて遠回りしただけだよ。
明日話すから、蒼太の家に泊まりに行くね。」とLINEをし、蒼太は嬉しそうに
「わかった。明日ね。おやすみ」と届く。
翌日、蒼太の家にみちるが泊まりに行き、みちるが作ったご飯を楽しく二人で食べると、
いつの間にか蒼太は寝てしまっていた……
翌朝、蒼太は焦げ臭い匂いで目を覚ます。
目の前のテーブルの上には木片――黒く焦げ、テーブルの上に置かれたもの。
たしか、だいぶ前にクローゼットの奥に置いていた俺の野球バット……
『片づけておいたから』
みちるが背中から俺の耳元でそう囁く……
頭が真っ白になり振り返ると、彼女がコーヒーを置きながら言った。
「昨日、あなたの家に来てたよね彼女。邪魔だったんだあ、私たちのために」
蒼太の目が最大限に開き、体が震えだす。
恐怖の眼差しで彼女を見つめる――
どうして。
なぜ。
この焦げたバットで何を。
まさか。
なぜみちるは。
彼女の身に何が。
“俺はうまく隠していたはず”
蒼太は視界にいる
みちるを全神経を使い、
逆撫でしないよう
わざと柔らかい微笑みを
浮かべて、
自分のスマホに
目をやる……
まさか。
―――
昨夜、蒼太が寝静まった後、みちるはそっとスマホを覗き込む。
男の行動がすべて記録されている――
追跡アプリは、みちるが黙って仕込んだものだった。
「……ねえ、私を支配してると思ってる?」
囁く。
「違う。弱いのは、あなた。狂っているのも、あなた。
全部、私の掌の中」
雨の夜の静寂に、みちるの笑みが光る。
甘く、
狂おしく、
完璧に支配された夜。
「愛してる」




