第二トラップ 有頂天
スマホが光ったあの夜から一週間。
仕事の昼休みには、メッセージが届いてないかチェックするのが日課となった。
社員食堂で本日のAランチ、トンカツを頬張りながら、先程ロッカールームから持ち出したスマホの電源を入れる。
俺は迷わずホーム画面の、お気に入りアプリに触れた。
友人に教えてもらったマッチングアプリ……
ピロリロン ピロリロン
メッセージが届いている場合は、アプリを立ち上げたときには、二回アラームが鳴る。
ニヤつきたい気持ちを抑えながら、メッセージボックスを開いた。
「おっ!
来てる、来てる」
差出人は憧れの君……
あの日、俺が送った『コンバンハ』のメッセージに返信をくれた人……
――送り主:黒鷺志代
【おはようございます。
もう、仕事に出掛けたかな?】
【今日は仕事、お休みなんで、少し贅沢に寝坊してしまいました(笑)】
【もうすぐ、お昼ですね?
今日は何を食べるんですか?
お昼前だけど私は今から朝ご飯です(汗)】
【そろそろ、社員食堂でアプリを開いてる頃かな?】
【しっかり栄養とって、昼からも、お仕事頑張ってくださいね。
また、夜にメッセージ送りますね】
志代さんは、あれ以来、毎朝、毎晩、こうやって、メッセージを送ってくれる。
他愛も無い文章であったけど、とても丁寧で、それは……
人の温かみに久しく触れていなかった俺にとって、どれもが心のこもった言葉に思えてならんかった。
惚れてまうやろー!
気がついたら、俺の頭の中は彼女で埋め尽くされていた。
【おっしゃる通り、お昼を食べてるとこです。
今日の定食はトンカツです。
いつか機会があったら、志代さんの手料理も食べてみたいなあ……
なーんてな……
ごめん、ごめん、冗談です。
忘れてください。
ほんなら、昼からも仕事頑張ります。
志代さんはお休みですね。
ゆっくり体、休めてくださいね】
…… 送信
「先輩、なんかええことあったんですか?
さっきからスマホ見ながらニヤニヤして」
向いに座る畠山が、悪い笑みを向けてきた。
「なんもあらへんわ!」
俺は少し大きめの声で返答した。
「ムキになるとこが、なーんか怪しいですねえ。
ひょっとして、新しい彼女でもできたんちゃいますん?」
「ぐっ……」
俺は言葉に詰まる……
「ほらほら、やっぱりやあ」
彼女と言うには、まだ早すぎるけど、俺は確かに恋してた……
「お前、なかなか鋭いな」
「そら、わかりますって。
最近、いっつもスマホ片手にニヤついてますやん」
「えっ!?
俺、そんなにニヤニヤしてたんか?」
少し恥じらいながら、聞きかえした。
「自分で気づいてませんの?
先輩、わかりやすいんですよ」
「てんご言うてんと、コーヒーふたつ買ってこい!
俺はブラックな」
そう言って、上着のポケットから1000円札を取り出し、畠山に差し出した。
「ごっそさんです!」
畠山は嬉しそうに、食堂の入り口にある自動販売機まで駆けて行った。
あかん、あかん。
ひとりでニヤニヤしてたら危ないヤツやん……
これからは気つけんとあかんなあ……
その日の夜も缶ビール片手にアプリを開き、ボーッとテレビを見ながら、志代さんのメッセージを待った。
いつもやったら、そろそろメッセージが届くころやな。
時計の針を見て、ソワソワし始めたそのとき……
ピロリロン ピロリロン
「志代さんや!」
俺は急いで、メッセージを開いた。
【こんばんは、直也さん。
私も、直也さんに、いつか手料理を食べてもらいたいなあ……
なんて……
ごめんなさい。
ご迷惑ですよね……
少し調子に乗っちゃいました】
ぜひ、ぜひ!
胸が高鳴る。
「志代さんの料理食べたいです!」
俺はスマホに向かって叫んだ。
早く返信せんと!
【志代さん。
冗談抜きで手料理を食べてみたいです。
厚かましいお願いかもですが、ほんま、めちゃめちゃ期待してしまいます】
「お願いします!
志代さん!」
…… 送信
目を閉じながら、ボタンを押す。
ピロリロン ピロリロン
「おおっ……」
すぐに返信がくる。
俺は恐る恐るメッセージボックスのボタンを押した。
【私なんかの料理で良いんでしょうか?
いつもは、自分一人分の料理しか作らないので、食べてくださる方がいらっしゃるなら、すごくうれしいです】
「よっしゃ!」
俺は叫び声と同時にガッツポーズを決める。
ピロリロン ピロリロン
続けざまに、志代さんからメッセージが届いた。
【直也さんやったら、これからも、良い関係が続けられそうです。
よろしければ、アプリを介さず、直接やり取りしませんか?
なんの取り柄もない平凡な私ですが、よろしくお願いいたします】
謙虚で控えめな文章のあとには、直接彼女とやり取りができる、メールアプリのIDが記されていた。
「うおぉーっ!」
俺は天井を突き破るぐらいの勢いで、握りこぶしを突き上げる。
まだ、彼女になったわけやない……
そんなん百も承知や!
でも、そのときは、ほんま、嬉しくて、嬉しくて、何回も拳を突き上げてん。
それが、まさかあんなことになるなんて……
このときの俺には、明るい未来しか、想像できんかった。




