6.敬具
「・・・んまぁ、伝えることはこれくらいかな。」
彼女にあげた線香が燃え尽きそうな頃、僕は話し終えた。
あの日から1年。彼女の顔すら朧気になってきた、真夏の昼。
「まあ、桜空が元気にやってるならよかったよ。」
彼女の声は何も聞こえなかった。
「あの世はどう?君が行ったのは地獄だろうけど、こっちと比べたらまだ楽なんじゃないかな。」
蝉が彼女の声をかき消して、うるさく鳴いている。
「・・・君が死んでから、こっちでは色々あった。君の友達はずっと落ち込んでた。君に心を射止められた男共は生気が無かった。
僕は、特に何も変わらなかったな。」
そこにいたのは、精一杯の強がりで、彼女を笑わせようとする、彼女に心を射止められた男だった。
「覚悟はできてたし、君と過ごした日々の方が楽しかったから。」
優しい風が、彼女の少し長い髪を揺らす。
「君とは半年にも満たない付き合いだったから。」
目の前が少しだけぼやけて見えた。
「そもそも、やっぱり君のことは嫌いだったから。君と同じ気持ちを共有できて嬉しかったよ。」
彼女が笑っている気がした。
「そもそも君は、理解してほしかったんだろう。角田桜空という人間を。友達とか憧れとかそういう色眼鏡をかけていない誰かに、ただの女の子である、桜空のことを。だから、友達よりも、僕を選んだ。好きどころか嫌いな僕を。違う?」
彼女は何も言わなかった。僕は彼女みたいな笑顔を見せた。
「あ、そろそろ行かないと。君のご両親と顔を合わせたくはないし。」
時計は三時を回ろうとしていた。
「・・・君は、何も背負わなくていい。皆、もう元気にやってる。」
顔を上げると、彼女はいなかった。
「だから、君はそっちで楽しく過ごしなよ。僕はこっちに行くからさ。」
彼女に背中を向けた。
「じゃ、また今度。受験報告でもするよ。」
彼女に手を振って歩き出した。一つの呪いを振り払うように。大切だった何かを、ここに置いていくように。
「あ、そうだ。」
「何?まだあるの?」
「次は彼女の顔でも見せてやるよ。君よりも可愛くて、君よりもおしとやかで、君なんかより素敵な子を。」
少しだけ強い風が、僕の背中を押した。