5. 異世界チートで農業革命
シャルルマーニュ王子との愛が芽生えてから一か月が経った頃、王国に深刻な問題が浮上した。
「リアナ、緊急事態です」
王子が深刻な表情で私の研究室に駆け込んできた。
「どうされましたか?」
「各地から凶作の報告が相次いでいます。このままでは冬を越せない領地が出てくるかもしれません」
私の心臓が跳ね上がった。食糧不足は国家存亡に関わる重大事だ。
「詳しい状況を教えてください」
「今年は日照不足と長雨で、多くの領地で収穫量が例年の半分以下になっています」
王子が持参した報告書を見ると、確かに深刻な状況だった。
「特に、小麦とライ麦の被害が甚大で...」
前世で農業関連の仕事をしていた友人から聞いた知識や、テレビの農業番組で学んだことが蘇った。この世界の農業技術は中世レベルで、生産性が非常に低い。改善の余地は十分にある。
「殿下、宮廷付属農園の視察をさせていただけませんか?」
「農園の?」
「はい。現状を把握して、改善策を考えたいと思います」
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翌日、シャルルマーニュ王子と共に宮廷付属農園を訪れた。
「こちらが我々の農園です」
農園管理者のトーマス老人が案内してくれた。彼は長年この仕事に携わっているベテランだ。
しかし、私の目には多くの問題点が見えた。
まず、同じ作物を同じ場所で連続して栽培している。これでは土壌の栄養が偏り、収穫量が減少する。前世で学んだ輪作の知識が必要だ。
「トーマスさん、この畑ではずっと小麦を作っているのですか?」
「はい、もう10年以上になります。先代から受け継いだやり方で」
「肥料はどのようなものを使っていますか?」
「馬の糞と、時々灰を撒いています」
堆肥の概念がない。これも改善が必要だ。
また、畝の間隔が不適切で、水はけも悪い。排水システムも整備されていない。
「殿下、いくつか提案があります。まず、輪作システムを導入しましょう」
私は地面に図を描いて説明した。
「同じ畑でも、年ごとに異なる作物を栽培するのです。例えば、1年目は小麦、2年目は豆類、3年目は根菜類、4年目は休耕...このサイクルを繰り返します」
「なぜそのようなことを?」
トーマス老人が困惑している。
「作物によって、土から吸収する栄養素が違うからです。小麦は窒素を多く消費しますが、豆類は逆に土に窒素を供給します」
これは前世で農業番組を見て学んだ知識だった。
「それに、病害虫も作物に特化しているものが多いので、作物を変えることで被害を軽減できます」
シャルルマーニュ王子が興味深そうに聞いている。
「理にかなっていますね。リアナの提案を試してみましょう」
「次に、堆肥の作り方をお教えします」
私は宮廷の厨房から出る野菜くずと、馬小屋の藁を集めさせた。
「これらを交互に重ねて、適度に水をかけながら発酵させます」
「発酵...ですか?」
「はい。微生物の力で有機物を分解し、植物に優しい栄養に変えるのです」
前世でガーデニングにハマった時期があり、コンポストを作った経験があった。
「約3か月で、素晴らしい肥料ができます」
実際に堆肥を作り始めると、農園の職員たちも興味を示した。
「これまでとは全く違う考え方ですね」
「でも、理にかなっているような気がします」
「この畑、水はけが悪いようですね」
私は畑の土を掘って確認した。予想通り、地下20センチほどのところに水が溜まっている。
「排水溝を作って、余分な水を流しましょう」
「排水溝ですか?」
「はい。畑の周囲に溝を掘り、低い場所へ水を導くのです」
前世で見た農業技術の番組で、排水の重要性について学んでいた。
「作物の根は酸素も必要です。水浸しの土では根が腐ってしまいます」
職員たちと一緒に排水溝を掘った。重労働だったが、王子も率先して作業に参加してくれた。
「リアナ、こうした実践的な知識をどこで学んだのですか?」
「様々な文献を読み、実験を重ねました」
もちろん、前世の知識とは言えない。
「トーマスさん、種はどこから入手していますか?」
「毎年、収穫した作物の一部を種として保存しています」
「その中で、特に良くできた株の種を選んで使っていますか?」
「いえ、適当に混ぜて...」
これは改善の余地がある。
「来年からは、最も良い株の種だけを選んで使いましょう。収穫量の多い株、病気に強い株の種を選別するのです」
「そんなことで違いが出るのでしょうか?」
「はい。何年か続けることで、この土地に適した優良な品種ができあがります」
前世の高校生物で学んだ選択育種の知識だった。
「殿下、隣国から新しい作物の種を輸入することはできませんか?」
「どのような作物ですか?」
「ジャガイモやトウモロコシのような、この地域にはない作物です」
実際には、この世界にジャガイモやトウモロコシがあるかどうかは分からなかった。しかし、多様な作物を導入することで食糧安全保障が向上することは確実だ。
「面白いですね。外交ルートで調べてみましょう」
「ありがとうございます」
農園で使われている農具も改良の余地があった。
「この鍬、もう少し効率的にできそうです」
私は鍛冶屋に相談して、鍬の形状を改良した。刃の角度を調整し、柄の長さも最適化する。
「これなら、少ない力で深く耕せます」
「本当ですね!腰への負担も軽くなります」
農夫たちが喜んでくれた。
また、種まき用の道具も作成した。
「この道具を使えば、種を等間隔に、適切な深さに植えることができます」
効率的で正確な種まきにより、発芽率と成長率が向上した。
「この丘の上に貯水池を作れば、重力を利用して畑に水を供給できます」
私は地形を活かした灌漑システムを提案した。
「貯水池から畑まで、竹や木を使って水路を作るのです」
「それは大工事になりますね」
「でも、一度作ってしまえば、長期間使えます。特に干ばつの年には威力を発揮するでしょう」
シャルルマーニュ王子が建設を承認してくれ、大規模な工事が始まることが決まる。
「農作業の時期を正確に把握することも重要です」
私は詳細な農業カレンダーを作成した。
「3月上旬:種まき準備、土の耕起」
「3月中旬:春小麦の種まき」
「4月:豆類の種まき、堆肥の散布」
月ごと、週ごとの作業スケジュールを明確にすることで、作業の効率化と品質向上を図った。
「これがあれば、作業を忘れることもありませんね」
農夫たちも喜んでカレンダーを活用してくれるといい。
「作物の病気や害虫対策も重要です」
私は天然の防虫剤や殺菌剤の作り方を教えた。
「ニンニクと唐辛子を煮出した液は、害虫を寄せ付けません」
「木酢液は土壌の殺菌効果があります」
化学農薬のない時代でも、天然素材を使った対策はある程度可能だった。
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新しい農法を導入して3か月後、驚くべき結果が現れた。
「リアナ様、信じられません!」
トーマス老人が興奮して報告してきた。
「この畑の小麦、例年の倍近い収穫量です!」
「本当ですか?」
「はい、それに粒も大きくて質が良い」
輪作と堆肥、排水システムの効果が如実に現れていた。
「豆類も素晴らしい出来で、土がふかふかになっています」
「根菜類の畑も、これまで見たことがないほど立派に育っています」
農夫たちの興奮が伝わってくる。
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成功を受けて、新しい農法は他の農園にも普及することになった。
「リアナ嬢の農法を、王国全体に広めたいと思います」
シャルルマーニュ王子が提案してくれた。
「各領地の農業指導者を集めて、講習会を開催しましょう」
「喜んでお手伝いいたします」
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王宮の大広間に、全国から農業指導者が集まった。
「皆様、本日はお忙しい中お集まりいただき、ありがとうございます」
私は緊張しながらも、自信を持って講義を始めた。
「まず、輪作システムについてご説明します」
図表を使って詳しく説明すると、参加者たちは真剣にメモを取っている。
「この方法で、土地の生産性を長期間維持できます」
「質問があります」
一人の農夫が手を上げた。
「豆類が土に栄養を与えるというのは、本当なのでしょうか?」
「はい。豆の根には特別な菌が住んでいて、空気中の栄養を土に固定してくれるのです」
これは前世で学んだ窒素固定の仕組みだった。
講義だけでなく、実際に農園で実地研修も行った。
「まず、堆肥の作り方から始めましょう」
参加者たちと一緒に、有機物を重ねて堆肥作りを実演した。
「臭いますが、これが良い土を作る第一歩です」
「3か月後には、素晴らしい肥料になります」
農夫たちが興味深そうに作業を見学している。
「次に、正しい耕し方をお見せします」
改良した農具を使って、効率的な耕作方法を実演した。
「深さを均一にすることで、作物の根がしっかりと張れます。各地域の気候や土壌に合わせた対策も重要です」
私は参加者の出身地域ごとに、個別のアドバイスを行った。
「山間部では排水対策が重要です」
「平野部では風対策を考慮してください」
「海沿いでは塩害対策も必要ですね」
前世で見た地理番組や農業番組の知識が役立った。
「優良な種子を保存・交換するシステムも作りましょう」
私は種子銀行の概念を提案した。
「各地域で優秀な品種が育ったら、種子を保存して他の地域と交換するのです」
「それは素晴らしいアイデアです」
参加者たちが賛同してくれた。
「多様な品種を持つことで、病気や気候変動に対する抵抗力が高まります」
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「今回学んだ技術を、書物として記録に残しましょう」
私は詳細な農業技術書の作成を提案した。
「『新農法全書』とでも名付けて、全国の農夫が参考にできるようにします」
シャルルマーニュ王子が協力を約束してくれた。
「王室の費用で印刷し、各領地に配布します」
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新農法の導入から半年後、王国全体で劇的な変化が起きた。
「リアナ、信じられない報告が届いています」
王子が興奮気味に私のもとにやってきた。
「各地からの収穫報告を見てください」
報告書には驚くべき数字が並んでいた。
「平均して、収穫量が1.5倍から2倍に増加しています」
「本当ですか?」
「特に、輪作を実践した地域では3倍近くの増加です」
これは前世の農業革命にも匹敵する成果だった。
「当初心配していた食糧不足は、完全に解消されました」
「それどころか、余剰分を隣国に輸出できるほどです」
王国の農業が、一気に自給自足から輸出産業へと転換していた。
「リアナ嬢のおかげで、王国の根本的な問題が解決されました」
内務大臣からも感謝の言葉をいただいた。
収穫量の増加は、農民の生活も大きく変えた。
「これまでギリギリの生活でしたが、今では余裕ができました」
「子どもたちに十分な食事を与えられるようになりました」
農民たちからの感謝の手紙が届いている。
「リアナ様の新農法で、私たちの人生が変わりました」
「リアナ嬢、素晴らしい功績です」
第1王子アルフレッド殿下からも賞賛をいただいた。
「農業の改革は、国家の基盤を強化する重要な事業でした」
「国民の幸福度も大幅に向上しています」
王様からも直々にお褒めの言葉をいただいた。
「リアナ嬢を宮廷に迎えたのは、王国にとって最良の決断でした」
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「リアナ、君のおかげで多くの人が救われました」
その夜、王子が私の手を取って言った。
「でも、それ以上に...君の人を思いやる心に感動しています」
「殿下...」
「君は単に知識があるだけでなく、それを人々の幸せのために使う優しさがある」
王子の言葉に、私の心は温かくなった。
「殿下と一緒だからこそ、実現できたことです」
「これからも、一緒に王国のために働いていこう」
「はい、喜んで」
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成功に満足せず、私たちはさらなる改善を続けた。
「新しい農具の開発も進めましょう」
「品種改良も継続していきます」
「農業技術の研究所も設立したいですね」
シャルルマーニュ王子と共に、長期的な農業発展計画を立てた。
王国の農業革命は、隣国からも注目を集めた。
「他国からも、農業技術を学びたいという要請が来ています」
「それは名誉なことですね」
「リアナ嬢の技術を、国際的に普及させることも検討しています」
農業を通じた国際協力の可能性も広がっていた。
「持続可能な農業も重要です」
私は環境保護の観点も取り入れた。
「土壌の保全、水資源の保護、生物多様性の維持...これらも考慮した農法を開発しましょう」
前世の環境問題への関心が、この世界でも役立った。
「若い農夫たちの教育も重要ですね」
農業学校の設立も提案した。
「理論と実践を組み合わせた教育で、優秀な農業技術者を育成しましょう」
「それは素晴らしいアイデアです」
ありがたいことに王子が全面的に支持してくれる。
「女性の農業参加も促進しましょう」
私は女性の地位向上も図った。
「女性ならではの細やかな観察力は、農業にとって貴重な資産です」
女性農業者向けの講習会も開催し、好評を得ていくことにる。
「農業を科学として体系化することも必要です」
私は農業科学の基礎を築こうとした。
「実験、観察、記録、分析...科学的手法を農業に取り入れるのです」
これが後の農学の発展につながることになる。
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農業革命は、王国全体を変えた。
人口が増加し、都市が発展し、工業も発達し始めた。
「余剰農産物により、他の産業に従事する人が増えました」
「商業も活発になり、経済全体が活性化しています」
一つの技術革新が、社会全体に波及効果をもたらしていた。
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「リアナ、君は本当に素晴らしい人です」
その夜、王子が私を抱きしめて言った。
「多くの人々に希望を与え、王国を繁栄に導いた」
「殿下がいてくださったからこそです」
「君と一緒にいると、何でも可能な気がします」
私たちの愛情も、共に成し遂げた成果により、さらに深まっているような気がしている。
転生してこの世界に来て、農業革命を成し遂げることができた。
前世の知識が、こんなにも多くの人の役に立つとは思わなかった。
飢餓に苦しんでいた人々が、今では豊かな食事を楽しんでいる。
「この世界に来て、本当に良かった」
心からそう思える瞬間だった。
シャルルマーニュ王子と共に、さらなる改革を進めていこう。
農業だけでなく、あらゆる分野で人々の生活を向上させたい。
転生者としての使命を、しっかりと果たしていこうと決意を新たにした。
明日もまた、新しい挑戦が待っている。
前世の知識と、この世界で得た経験を組み合わせて、より良い社会を築いていこう。
農業革命は、その第一歩にすぎないのだから。