襲来
「何か……おかしいと思わんか? クソ風情」
ザフネは歩を止めず辺りを見渡しながら、ウンコに問いかける。
その言葉にウンコは同様に辺りを見渡し、考える。
しかし……
「ごめん、わからん」
「そうか……。杞憂なら良いのだが、少し違和感があるのだ」
ザフネは顎に手を当て違和感の正体を、探る。
(何かがおかしい。おかしい事だけはわかる。しかしそれがいまいち掴めぬ……)
ザフネはもう一度ハオス平原を見渡す。
平原は吹き抜け、静寂を貫く。
林は何故か痩せこけて見え、平原も寂しそうだった。
(なに……か――)
「――ザフネ。誰かが走ってきてる」
ウンコの言葉にザフネは現実に引き戻された。
後少しで違和感が掴めそうだったが、今は目の前の敵。
ザフネは槍を構えた。
(仕方ない、この後考えればよい)
「作戦通り、基本は私が戦う! 貴様は覚悟を決めておけ!」
息を吸う。
ただ目標だけを見据え、その他は全て後にする。
体に魔力を巡らせ、常に反応できる状況を作る。
ザフネの準備は万端だ。
しかし――ザフネは唐突に構えを解いた。
「え、? ザフネ?」
ウンコは突然の武装解除に驚いた。
構えを解いたザフネは振り返り、走ってくる者を指差した。
「クソ風情、見ろ。あれは敵ではない、ゴルガだ」
――結局3人は合流。
第二試験時のメンバーが揃った。
「お前ら、チーム組んでたんだな。第三はソロ攻略なんじゃねえのか?」
「いや、まあ。一時的って感じ。ゴルガは何してたんだ? 走り回って」
ウンコの問いにアンダゴルガは尻尾で走ってきた方向を指差す。
「あっち側誰もいなくてな。受験者探し回ってたんだ」
「――!」
アンダゴルガの言葉にザフネが反応する。
「いなかったのか、ゴルガ。受験者が、いなかったんだな!」
「あぁ、いなかった」
突然食ってかかるザフネに、アンダゴルガは戸惑いつつも頷く。
確認が取れたザフネはまたすぐに顎に手を当て俯き、考え始めた。
(我々が試験を開始してから、既に1時間は経つ。だというのに、3人全員が他の受験者にあっていない……。それと……)
ザフネが平原を見る。
後少し、何か後少しあれば違和感の正体がわかる――
――同刻。
カズヤとアクタは試験をクリアしたため、クリア者の集まる指定場所――ハオス平原北部――に向かっていた。
誰にも会うことが無く、ただ殺風景な平原を歩き続けていた。
その光景にカズヤ達も違和感を覚えていた。
「――? アクタ……」
カズヤが突然歩みを止める。
「うん、気づいた」
何気無い風景。
しかし大きな異変を感じとり、2人は立ち止まる。
今まで瀕死大好きにより、幾度となく感じていた臭い。
死の臭いがこの先から漂っていた。
空気が重い。
踏み出す一歩がまるで沼地のように、沈み込むようだった。
「何か……くるな」
足先から感じる地響き。
空気の流れが変わった。
「アクタ、これは受験者って感じじゃない。……敵だ――」
――再び場面が変わり、ザフネ達。
ザフネは違和感の正体を探るため、第三試験始まって以降を思い返していた。
『なんだ貴様か、クソ風情』
『何をしている。私だ。はやく魔法を解かんか。』
『だが今は、お前に感謝しているのだぞ』
『敵か獣かと勘違いしたぞ』
数々の言葉が飛び交う中、ザフネが突然顔を上げた。
(――!! そうか、分かったぞ! 違和感の正体が!!)
――地響きが鳴り響く。
その振動はまるで、ゾウの大移動。
「アクタ。構えろ、敵が来る」
2人は臨戦態勢に入る。
そして地平線の先から巨大な砂煙が現れた。
「――!? なんだあれ……」
――ザフネが振り返り、2人を見る。
「分かったぞ、違和感の正体が! 獣だ! ハオス平原に降り立ってから、まだ一度も動物を見ていない!」
その言葉に2人は確かに、小動物すらみていなかった事に気づいた。
――カズヤはあまりの光景に、構えていた武器を下す。
「なん……だ……あれ。――人……?」
2人の目線の先、巨大な砂煙。
その正体は40人もの受験者だった。
「カズヤん! あれ、全員死んでる! あの傷!」
アクタの言葉にカズヤは目を凝らし、向かってくる受験者達を凝視する。
近づくほどに“走り方がおかしい”と分かった。
まるで関節の向きが違うものを無理やり動かしているようで、足も腕も同じ角度で揺れていた。
誰一人として“生き物の動き”ではなかった。
「やばいよカズヤん。全員こっち見てる! 襲う気だ!」
「――やるしかねえ! アクタ、死ぬ気で戦え!」
――「生き物が、受験者含め1人もいない。何か、異変が起きている! 貴様ら、一時中断だ。試験官の元へ戻るぞ!」
ザフネの言葉に2人は肝を冷やす。
ただの試験のはず、だがそれが唐突に非日常へと変わっていった。
「ザフネ、何が起きてんだ」
ハオス平原北部へと急いで歩いていくザフネに追いつき、アンダゴルガが問いかける。
「わからん。ただ、異変が起きている事は確かだ。――クソ風情は何をしている! 早く、ついてこい!」
ウンコがついてきていない事に気づき、ザフネが振り返る。
ウンコは先ほどの場所で止まり、挙動不審に辺りを見渡していた。
「なんか……なんかおかしい……! 魔力が変なんだ」
「どうした、こい!」
ザフネがもう一度呼びかける。
しかしウンコは眉を顰め垂らし、一心不乱に辺りを見渡している。
(クッ。馬鹿者が!)
ザフネとアンダゴルガは一度ウンコの元まで戻り、ウンコを抱き抱えて歩き始めた。
アンダゴルガの腕の中、ウンコは未だに辺りを見渡し続けている。
「うわぁ!」
その時、突然ウンコが叫んだ。
「何か来てる……魔力を感じる……! カズヤみたいな……でも、カズヤより怖い。――死の霧を纏ってるみたいな、魔力が……!」
ウンコの発言に2人は眉を顰める。
「どういう事だ……? カズヤの野郎がくるっての――」
――その時、三人の後方10m先で爆発音が発生した。
いや、爆発というより何かが地面に衝突した音だ。
「何だ?」
空気が変わった。
乾いた風がぴたりと止み、平原全体が息を潜めたようだった。
舞い上がる砂塵に、3人の視線が向く。
「きた……。」
2人が眉を顰める中、ウンコだけは不安そうな顔で呟いた。
「…………。敵……という事であっているのか?」
ザフネが槍を構え、一歩前に出る。
それに合わせアンダゴルガもウンコを地面に降ろし、大剣を引き抜いた。
2人は尻込みするウンコの前に立ち、守るように臨戦態勢に入った。
そして砂塵が収まり、音の正体が現れるのを待った。
「――よお。ランカーは、いるか?」
「……ッッ……!!」
ただの一言だった。
ただの一言で、その場にいる3人はまるで蛇に睨まれたカエルのように固まってしまった。
(空気が……重い。なんだ……こいつは)
(バ、バケモンかよ……。勝てるわけがねえ)
(息が……吸えない、)
3人の視線が砂塵に向けられる中。
声の主はゆっくりと、散歩でもするかのように優雅に歩き、砂塵の中から現れた。
ガリベラだ――。
「聞こえてなかったのか? お前ら3人の中で、ランカーは――お?! ウンコだ凄え! 2位のお前、ガチのウンコだったのか」
ガリベラはウンコを指差し笑う。
ガリベラは好青年のような笑顔を浮かべ、まるでこの場が社交場のように振る舞った。
しかし3人は動けない。
殺気が――辺りを埋め尽くすような殺気が、常に3人に突き刺さっていたからだ。
「ランカーは1人いるな! よし、やっとトップ3だ」
男は剣を引き抜き、その場でジャンプを始めた。
「――3、4、5と。よし!準備運動完了。 じゃあ、死ね――」
ガリベラが剣を構え飛びかかった。
その速度は凄まじく、決して視線を逸さなかったにも関わらず、誰も反応できなかった。
――早ッッ!!?
いや、ザフネだけはかろうじて見えていた。
だが逆に言えば、受験者1の身体能力を持つザフネが、かろうじてしか見えなかった。
「避――」
ザフネは咄嗟に2人を押し飛ばす。
「ッ! なんだ。ザフネ、どうなった!」
ウンコは体勢をすぐ直し、ザフネを見た。
ザフネは――庇ったせいか避けきれず、腹から血を流していた。
「ザ、ザフネ! お前、庇ったから! ――腹が!」
ザフネは右脇腹を引き裂かれた激痛に顔を歪めている。
――なんだこいつ。強すぎる。
こんな奴相手では、我々は全滅してしまうぞ……。
――いや、弱音を吐くな!それだけは避けなくては!
腹が酷く痛む。このまま戦えば、死ぬかもしれぬ……。だが、無駄死にはしない!
2人を――友を生かすのだ!
しかしザフネはそれでも槍を敵に向けたまま、歯を食いしばった。
「逃げろ!貴様ら! 早急に、試験官を呼んでこい! ここは私が受け持つ、早く行け!」
「何言ってんだテメェ! そんなの、お前が死ぬだろ! 俺もやるぞ!」
アンダゴルガが身を起こしながら叫ぶ。
「そうそう、俺もそう思うぜ」
その言葉に、ガリベラは剣で肩を叩きながら揶揄する。
ふざけるガリベラをザフネは睨みつける。
その目線に、ガリベラは半笑いで両手を上げた。
確実に格下と見ているのだろう。
――舐め腐りおって……!だが今はそれが好機。油断していろ!
目の前の敵に怒りは積もるが、ザフネの今の目的は2人を逃す事。
煽りを無視して2人に背を向けたまま叫んだ。
「誰よりも素早い、私がギリギリなのだ! 貴様らがいても、足手纏いにしかならん! ――これは犠牲ではない! 私は必ず生きて帰る、約束する! 分かったら行け!!」
2人は色々な言葉が込み上げた。
しかしザフネの意図を汲み取り、走った。
試験官のいる場所へと。
(すまんザフネ! 必ず、助けに行く!)
(待ってろザフネ。試験官連れて、すぐ戻ってやるからな)
遠ざかっていく足音を背中で感じ、ザフネは微笑んだ。
――それでよいのだ。
ザフネはガリベラに槍を突き向ける。
「さぁ、かかってこい! 私が相手だ」
「なわけないだろ。今は、ランカーだ」
しかしガリベラはザフネに見向きもせず、脇を走り抜け2人を追いかけた。
――クソッッ! せっかく引き剥がしたのに! このままでは、2人が――友が殺される!
ザフネも振り返り走ろうとした。
しかし引き裂かれた腹の痛みで、速度が出ない。
――考えろ!何かないのか私!
私がしっかりしなければ、目の前で友を2人も失うのだぞ!考えろ!
ザフネは苦悶の表情で手を突き出し、走っていく3人を目で追いかけた。
ガリベラはあと2秒ほどで、2人に追いつくだろう速度だった。
――考えろ!考えろザフネ! 考え――そうだ、奴はランカーに執着していた!
つまりクソ風情より、高ランカーを名乗れば……!
今の一位は3位殿だ。3位殿の名前はなんだ! さっき聞いただろ! 思い出すのだ――
ザフネは立ち止まり、息を吸い込んだ。
そして、腹圧により出血する事すら気にかけず、叫んだ。
「我が名は、戦士アクタ!! 受験者ランカー1位の者である!」
――頼む! これで、こっちに来てくれ!
「――1位だあ? なら、こっちの方が面白えじゃねえか」
ガリベラは急ブレーキをかけ、振り返る。
そして凄まじい速度でザフネの目の前に戻ってきた。
「なぁ、お前1位なんだろ? 本気でやらねえからさ、遊ぼうぜ〜」
ガリベラが剣を指し向け、ザフネにナンパを行う。
その言葉にザフネは笑みをこぼした。
「……フッ。ナンパなど、普段は追い返すのだがな。今なら喜んで受けるぞ」
ザフネが構える。
「じゃあ、いくぜ。一発で終わんな――よ!」
的確に喉元を狙った攻撃。
その攻撃は瞬きすらも悠久に感じられるほどの速度だった。
――ッ!やはり早すぎる!避けなければ死んでしまう。だがこの腹では無理だ――
――ならば受け流す!
ザフネは反応するのを諦め、槍を体の前で立てた。
『這い回れ、暴君蛇骨』
槍はザフネの目の前で急回転を行い、迫り来る剣を弾き飛ばした。
――フフッ。凄いぞ。力が、無限に湧いてくる。
友を守る戦いというのは、ここまで……ここまで力が漲るものなのか
ガリベラは弾かれた左腕を見て、驚き立ち止まった。
そしてみるみるうちに凶悪な笑顔を浮かべ、ザフネを指差した。
「いいね!最高だよお前! 最高だ! その腹で、よく俺の攻撃を凌いだ!」
ザフネは絶技を解除して、槍を手に取る。
そして腹を庇うような構えを見せた。
「フッ。ある男のお陰で、腹の痛みには慣れているのだ。――さぁ、かかってこい! 我が友には、指一本たりとも触れさせんぞ!」




