自殺
カズヤが転生した世界『レンベルド』、その世界では今、止まっていた時が動き始めていた。
ザバン283年。それは各大国専属の預言者が挙って予言した終戦の年である。
ある者は魔王が万の軍勢を連れて、ついに我らが滅び終戦すると。
ある者は7人の勇者が、消え去りし女神を引き連れ、史上最強の魔王を撃ち破り、奴らを滅ぼし終戦すると。
その予言に応えるように今年ザバン282年2月、5000年の歴史で初めて、聖剣の勇者が4人全て揃う異例の事態が起こっていた。
そして予言はカズヤが降り立った事により、実現へとさらに加速し始めていた。
その世界の変化は、カズヤの降り立った地『セプトの森』から西へ6キロ進んだ先にある村『ゼネビア』でも起こり始めていた。
ゼネビアで最も大きな屋敷、それは今年82になる村の長老ですら、誰が住んでいるのか何があるのかがわからない不明瞭な屋敷。
屋敷の住民は深夜誰にも気づかれず村に降り立ち、仕事と仕入れを済ますと、これまた人知れず屋敷に戻る生活を何年も繰り返していた。
それ故に不明瞭。
しかしその不明瞭な屋敷都市伝説は、今日の昼限りで幕を下ろそうとしていた。
ザバン282年4月2日、その日初めて屋敷の扉が真昼に開いた。
その異様な光景に村人達は屋敷の門前に集まり、誰が出てくるのか目を光らせた。
しかし出てきた者のあまりのスピードに、村人達は何かピンクの巨大な塊が動いたようにしか見えなかった。
だが、村人達は皆一つの雄叫びに近い叫び声を聞いていた。
そしてその光景を見ていた村人達は皆、口を揃えてこう語った。
「屋敷の住民は『うおおぉ! 5人目の正直じゃあぁ!』と叫び、目にも止まらぬ速さでセプトの森へと去っていった」と。
一方ゼネビア屋敷騒動と同時刻、セプトの森でカズヤは首が吊り始めて20秒が経過していた。
カズヤの顔は酷く変色し、息が掠れ視界が白く染まり始めている。
(死ぬっ! 死ぬっ! 何も面白くない! クソ!)
カズヤは消えかけそうな意識の中、昔みた首吊りからの脱出方法を思い出しながら実行していた。
しかしいくら試しても蔦は深く食い込むばかりで、緩む気配がなかった。
カズヤは作戦を変えて文字通り必死に下半身を揺らして、何とか枝を折ろうとした。
しかし丈夫な枝を選んだのが仇となり、枝はビクともしなかった。
(ああぁぁぁぁぁぁ! アホ死ねカス!)
八方塞がりになったカズヤは藁にも縋る思いで、蔦を爪で引っ掻き始めた。
その判断が功を成し、死に直面したカズヤは尋常ではない力で蔦を切り裂いた。
「ガッ、ゲェェェェ! ウエッフ! ゲーッフ! ハッ、ハッ。……死ぬかと思った。マジで、やばかった」
この間わずか31秒の出来事であった。
カズヤは意味もなく藁から距離を取り自分の首を撫でた。
「危なかったけど、とりあえず知りたい事が知れたからよかった……。死ぬの何も面白くねえ」
そう、カズヤは異世界に転生して真っ先に己の嗜好を追求していた。
(……。俺の嗜好は、死にかける事だと思ってたけど違ったな。やっぱり相手がいる戦いじゃなきゃダメって感じか。よし! 次は殺し合いをしよう!――ん? あれ、じゃあ何で俺5.21好きなんだ? 5.21って戦うような事なかったよな……? ……わからん、忘れた。最近記憶の欠如が激しいな。忘れたもんは仕方ない、次行くか)
カズヤは徐に立ち上がり、開けた場所を探しに探索を始めた。
適当に歩いていると、丁度いい28m×21m程の開けた場所に出た。
「ここにするか」
カズヤは地面の落ち葉などを足で退かし、幅2m程の一本の通り道を作った。
「全盛期ぐらいに仕上げたって言ってたけど、身体能力どんなもんかな。さっき蔦切り裂けたし、想像より凄いかも」
カズヤは試しに一本道の端に立ち、クラウンチングポーズを取ると、全速力で走った。
その結果――
「距離はざっと27mくらい、タイムは脳内でやったけど、3秒半は多分切ってたぞ。俺の全盛期どんだけだよ、これは想像以上だわ」
次にカズヤは近くにあった直径20cm程の細い木の前に立ち、右手で押すように触った。
「硬さok。よーし、行くぞー」
カズヤはありったけの力を込めた蹴りを木に叩きつけた。
蹴りが直撃した木はミシミシと音を立て折損した。
「……ッッてえ、けど折れた! 俺の全盛期すげー! じゃあ何で前世負けたんだ俺! ハハハッ、たのし〜」
カズヤはガッツポーズを掲げ、大きな声で笑いながらゆっくりと地面に仰向けで倒れ込んだ。
そしてしばらく声高らかに笑い続けた後、気が済むと眼前に広がる晴天を眺めて黄昏始めた。
(あー、人生ってこんな楽しいんだな。自分のやりたいように好きに生きるって、いい事だ……。早く殺し合いしたいなぁ――)
その時、カズヤの周囲で枝が踏み割れる音がした。
カズヤはすぐさま跳ね起き音のした方へ視線を向けると、そこにはウサギとフェレットを足したような体長60cmほどの獣が牙を剥き出して警戒していた。
(――きた、獲物だ)
あまりに早い願望の現実化にカズヤは思わず笑みをこぼした。
カズヤは頭を動かさず目の動きだけで周りを見渡す。
(群は……いないようだな。単体で活動するタイプの動物か。いや、後ろに回り込んでいる可能性もあるな。でもその場合、今みたいに音が鳴ったり、既に襲い掛かってくるんじゃ……。もしいるなら、相当警戒心が高いタイプだな。とりあえず後ろは考えても仕方ない、まずはこいつだ。観察する時間をくれるかどうか。)
カズヤは決して視線を逸らさず目の前の獣を吟味した。
獣はカズヤの予想通り警戒心が高く、20秒もの静寂を一寸たりとも動かずカズヤの次の動きを待ち続けた。
(――骨格的に、完全四足歩行動物かな。歯見る感じ完璧肉食だな。)
カズヤは後退りを辞めて足元にある枝を拾い、折ることで即席の武器を作った。
武器を持つ事で余裕が産まれ、今度は逆に一歩前へ進んでみた。
しかし警戒を解かない獣は、合わせるように一歩後退りをして様子を伺った。
(距離詰める気ないか、ピッタリ8mを維持してやがる。攻撃が目的でもし1匹なら、背を向けない限り襲ってこないよな。どうしたものか。……いいや、向けちゃえ)
カズヤはその場でくるりとターンをして獣に背を向けた。
後ろを向いたカズヤはすかさず辺りを見渡した。
(よし! 周りはゼロ、でしょうね)
獣は突然背を向け、隙を晒した相手に少し戸惑いつつも、好機を逃さぬ為に襲いかかった。
獣が動いたのを音で感じ取ったカズヤは、合わせるように眼前に聳える大木へ全速力で走り始めた。
しかし獣の速度には全盛期体のカズヤも流石に勝てず、8mあった距離は僅か2秒でなくなってしまった。
カズヤに追いついた獣はまず敵の機動力を下げる為、さらに低く鋭く走り、脚目掛けて牙を突き立てる完璧な先制を叩き込んだ。
――はずだった。
肉に深く歯を突き立て、鉄の味と臭いが口内に広がる自分の想像とは違い、牙は空を切り『カチン』と軽い音を立てて終わった。
「バク宙って知ってっか! 後ろだよバーカ!」
カズヤはすんでのところで大木に辿り着き、その大木を利用して後ろにバク宙をしていた。
敵の攻撃を躱し後ろを取ったカズヤは、力の限りのサッカーボールキックをお見舞いした。
獣はよろけながらも何とか体制を立て直し、唸り声を上げて牽制しようとした。
しかしカズヤは唸り声など気にせず、ドンドンと間合いを詰めていく。
威嚇に意味がない事に気づくと、獣は唸るのを辞めてカズヤに向かって飛びかかり、爪を立てた前足を大きく振り下ろした。
しかし獣の俊敏性を持ってしても、カズヤの動体視力にかかれば避ける事など児戯も同然。
攻撃を横に躱したカズヤは前世と同じ轍を踏まぬよう、生物の絶対なる弱点、眼球に向かって枝を突き立てた。
獣はあまりの痛みに必死に身を捩りカズヤから離れようとした。
だがカズヤはその隙を逃さぬよう、すかさず顔面へ渾身の蹴りをめり込ませた。
脳を揺さぶられた獣は酩酊したような足取りになり、立ち上がる事すら困難になっていた。
それを見たカズヤは思考するよりも先に体が動いた。
ただ遮二無二に敵がただの肉塊になるまで蹴り続けた。
酷使による足の痛みで正気を取り戻した時、眼前には『勝利』が横たわっていた。
しばらく肩で息をした後、少し落ち着き始めたカズヤは、勝利の実感を感じながらゆっくりとその場に座り込んだ。
「はぁ、弱い敵おもんねー」
初めての勝利の感想で、最初に口から出たのはマイナスな意見だった。
「バク宙作戦決まった時は良かったけど、結局弱い敵じゃあ、死にかけねえからおもんねえな。こんなつまらない相手じゃ、幸せになれねえよ……」
カズヤは確かに一度見えたが、遠のくばかりの光を思い耽る。
(――幸せ……か。幸せ求めて来たはいいものの、幸せってなんだろ)
ふと哲学的な考えが浮かびあがる。
(幸せなんて前世で感じた事ねえしな……。何が幸せなのかわかんね。殺し合いの先にあるのが幸せかな……?)
カズヤはつい数時間前、前世での激闘を想起する。
(うん、殺し合いは大事だ。でも……それだけじゃ足りない気がする。楽しむだけじゃなく、なんか……こう、満杯みたいな……?)
誰に送るわけでもないのに、カズヤはジェスチャーをしながら考える。
(――ん。まぁそこら辺は、今後判明させて行きましょ)
しかし幸せを知らないカズヤは、いくら考えてもその答えに辿り着く事はなく、諦めたのだった。
(とりあえず、今は楽しみたい!)
そして横に転がる死体を見ながらカズヤは、理想の敵を夢想した。
(あぁ、簡単に瀕死にされるぐらい、強い敵と戦いたいなあ。)
その時、あたり一面が震える程のおどろおどろしい咆哮が轟いた。
カズヤはすぐさま立ち上がり、辺りを見渡して声の主を探した。
その声の主はすぐに見つかった。
カズヤからみて6時の方向、つまり先程の獣が現れた方向に、同じ個体の獣が立っていた。
しかし今回の獣は先程の個体と同じ生き物なのか疑ってしまうほどに大柄な個体であった。
(でかすぎだろ、3mはあるんじゃねえか。まさかの、さっきのは幼体かよ……。武器もねえし、勝てねえな。距離はまだ14mある、逃げれるか)
カズヤはどうにか穏便に去る方法を模索し始めた。
しかし獣はカズヤの横に横たわる我が子の亡骸を見るや否や、距離を一気に詰め襲いかかった。
(はっや! ダメだこれ!)
カズヤはとにかく我武者羅に転げて、かろうじて敵の攻撃を躱した。
しかし獣は即座に反応して、突進にブレーキをかけると、方向転換をしてカズヤに飛びついた。
(そのデカさで小回りきくのダメだろ! 前言撤回! 強すぎるやつもおもんない! 瞬殺とか、生死かける暇もねえよ! ちくしょう、楽しむ暇もなく一回無駄にすんのかよ!)
獣の爪がカズヤの頭蓋を裂き破ろうとした刹那、獣は凄まじい横撃により、途轍もない破裂音と共に血反吐を吐きながら数mほど吹き飛び、ピクりとも動かなくなった。
そして先程まだ獣がいた場所には、腰まで届くピンクのツインテールをした、ピンクのゴスロリ服を着た少女が立っていた。
獣が死んだ事を確認した少女はカズヤの方を向き、左手の甲を腰に当て、右手を目元で横ピースさせて叫んだ。
「貴方のピンチをお助け登場! ミカーヤです!」
そしてカズヤも呼応するように、両手で力一杯拍手をして叫んだ。
「う、うおおおぉぉぉぉ!!! ミカーヤさあぁぁぁん!! 貴方は一体誰なのー!!」
作品備考1
ウサギとフェレット合体の動物の名前は、ザラ・ラントって名前です。
最長2.3mまで育ちます。観測上の最大の個体は3.6mと記録されています。
基本は親子揃って行動します。
なぜ本編では子供だけで動いていたかというと、ザラ・ラントは狩りの教育として、2回に1回は子供だけで狩りをさせる事があります。
その場合親が先に狩り場の安全を確かめた後、子供を狩り場に放つんですね。
そして子供が狩りをしている間は、狩り場の外周を常に走り続けて、狩り場から餌が逃げないように+何か危険が迫ってこないか確認し続けるんです。
ちなみにカズヤはその狩り場の中で生まれたので、親は気づくのが遅れました。
作品備考2
レンベルドは大地の名前です。我々でいう地球ですね。




