目覚め
転生2日目、『ゲルニカ治療所』の大部屋に差し込む陽光に照らされ、カズヤは目を覚ました。
目を覚ましたカズヤはまず、自分が生きている事に驚いた。
あまりの衰弱と重体に、医療知識がない自分ですら助からないのは確実だと思っていた。
だが今こうしてここに存在している、その事実に異世界の医療技術の高さに驚いた。
(傷は……もう塞がってんな。――ここはどこだ。ミカーヤは、ウンコは――)
2人の安否を心配して大部屋を見渡す、しかし空席のベッドが複数あるだけで2人の姿は見当たらない。
埒が開かないためカズヤはゆっくりとベッドから降りて、部屋の外に出ようとした。
しかし一歩目を踏み込んだ途端耐え難い痛みに打ちのめされ、地面に這いつくばった。
(痛い痛い痛い!昨日大丈夫だったのに! アドレナリンさん、助けて)
惨烈な痛みにカズヤはたまらず地面を叩き続けた。
痛みが引かない事が分かっていながらも、何かに当たる事を避けられなかった。
「――なんじゃ、うるさいのう」
地面を叩いていると騒音で起こされたであろう、眠そうな顔をしたゲルニカが大部屋に入ってきた。
そして地面に倒れ込むカズヤを見るなり駆け寄り、カズヤの頭に拳骨を叩き込んだ。
「痛い!」
「アホ!ワシに断らずに動くからじゃ! 完治してないんじゃから、痛いに決まっとるわ」
「違う、頭!」
「知らん!」
ゲルニカの言動にカズヤは納得の中に微かな理不尽を抱き、叩かれた頭を涙目で揉み悶えた。
「痛いのはつきものじゃ、はようベッド戻れ」
そう吐き捨てるとゲルニカは大部屋を出てどこかへ行った。
カズヤは仕方なく言われた通りに、痛みに耐え這いながらベッドへと戻った。
(はぁ……マジでどこだここ。2人ともいないし、なんかごついお爺さんいるし)
カズヤがため息を吐き黄昏ながら窓の外を見ていると、先ほど出て行ったゲルニカが戻ってきた。
今度は白衣を着て、小さい椅子と机とコーヒーを持って。
そしてカズヤのベットの横に机と椅子を置くと、椅子に座り込みコーヒーを飲み始めた。
「どうじゃ、傷は。吐き気や頭痛、それと胃が迫り上がる感覚はあるか。」
「ない……です」
「そうか、ならいい。」
カズヤの顔色を一瞥し、ゲルニカはコーヒーを一杯飲む。
悠長にしているゲルニカに対し、カズヤは落ち着かない様子でモジモジとしていた。
それに気づいたゲルニカは空いた片手で天井を刺し、説明をする。
「ミカーヤとウンコなら、2階で寝とる。後で感謝しとけ。お主の為に魔力使い果たして、疲労困憊じゃ」
「そうなのか……ならよかった。ちなみ、あんたは……?」
「ワシはゲルニカ、この治療所の所長じゃ。そしてお主を治療した者じゃ」
ゲルニカは胸元に掛けているネームプレートを見えやすいよう前に引っ張り、カズヤに説明をした。
「――そうか。ゲルニカ、助けてくれてありがとう。俺はカズヤだ、よろしく」
「知っとる、聞いた。」
自己紹介として差し出す手に対して、ゲルニカは手の甲で軽く2回叩く。
その行為に多少の距離感を感じ、乾いた笑いを吐きながら手を引っ込めた。
「職業柄、掌をあまり使わない癖がついとるんじゃ。気にするな」
「あぁ、そういうこと」
ゲルニカはコーヒーを一口飲み村の外を眺める、そして眉を顰めながら天井へ視線を向けた。
「……さっき2人に感謝しとけと言ったが、一つ付け足しておく。ミカーヤにだけは謝っておけ」
「ん、はい。確かに、迷惑かけたか――イダッ!」
ズレた回答をするカズヤに、ゲルニカは即座に頭に拳骨を入れる。
突然の拳骨にカズヤは目に涙を浮かべながらゲルニカを見た。
ゲルニカは痛みを訴えるカズヤを無視して、隣のベッドに備え付けられた机の引き出しから一つの紙を取り出した。
その紙をカズヤに差し出す。そこには『ハル(32)頭部の裂傷。起因 館のバケモノによる攻撃』と書かれていた。
意味が分からずカズヤが困惑していると、ゲルニカがため息を吐きながら語った。
「そこに書かれている化物はミカーヤじゃ」
「え」
カズヤは驚き思わず紙を二度見した。
「勿論お主の想像通り、本人に聞いたがミカーヤはやっとらん。頭部を怪我したハル坊の記憶違いじゃろ」
ゲルニカはまたコーヒーを一口飲む、まるで自分自身を落ち着かせるように。
「まぁ、本題はそこじゃない。重要なのは、バケモノの部分じゃ。――あいつはこの村で迫害されとる、知っとったか?」
「――いや、知らなかった。村に関わりたくないとは言っていたけど、それが原因とは」
カズヤは神妙な面持ちで村の実態を重く受け止めた。
迫害の辛さは過去の経験から誰よりも知っている、それ故にカズヤは誰よりもこの事件の悲惨さが理解できた。
「……そうか、まぁしっかりと謝れよ。迫害を自覚しながらも、お主を助ける為に泣きながら村を駆けたんじゃ。実力はどっちが上で、どっちが守る側かは知らんが。ミカーヤは幼子じゃ、心を守るのは大人のお前の役目じゃろ」
「――あぁ、わかった。後でしっかり謝る」
カズヤの返答を聞くとゲルニカは満足そうに軽く笑みを浮かべ、差し出し紙を回収してポケットへ突っ込んだ。
カズヤはミカーヤに助けられた事と自分のせいで苦しめた事を実感して、自分の事かのように悲しみ、強く自責した。
そしてゲルニカに言われた通り、恩を返すため今度は自分が守る番だと誓いを立てた。
(――そういえば、昨日ミカーヤが確か)
ゲルニカは悔やむカズヤをみて何かを思い出し、コーヒー片手にカズヤを足先から頭のてっぺんまで熟視した。
そしてカズヤの片腕を引っ張り、親指で筋肉を揉み始めた。
その行為にカズヤは診察の一環だと思い、されるがたまに身を任せた。
一通り体中の筋肉を触り終わると、コーヒーを一口飲み自分の顎先を撫で始めた。
「ふむ……、しかし予言の……か。そうは見えんがな」
「予言……?」
「なんじゃ、かっぺか。自分の運命も知らんとはな……、不運なもんじゃな」
困惑するカズヤにゲルニカは同情の瞳を向けた後、残ったコーヒーを全て飲み干し机に置いた。
「とりあえず、5日は安静にせい。後運ばれた直後のお主には、スキル連続使用による疲労反応が見られた。自重せい」
ゲルニカは椅子から立ち上がり精一杯背伸びをして腰を伸ばした後、ポケットの中から紙を一枚取り出してカズヤの足の上に置き――治療費が書かれていた――カズヤの肩に手をポンと置いた。
「まぁ、頑張れよ。ワシもまだ滅びとうない、まだまだ救いたいからな」
そう言うとゲルニカは椅子を机に乗せて持ち上げ、大部屋から退出していった。




