誤断
(あ、そうだ。ウンコさんどうしよう)
ミカーヤは治療所へ向かう途中、重大なことを思い出した。
治療所が発覚した場合の合流方法を考えていなかったのだ。
そもそもがウンコという魑魅魍魎、自分が慣れ始めていたため忘れていたが、本来は忌み嫌われる化け物。
別れて聞き込みなど言語道断、完璧なる悪手であった。
(そもそもどこいったのあの人、別れてから見てない)
ミカーヤは焦り辺りを見渡した。
選択肢は二つ。ウンコを放っておいてそのまま治療所へ行くか、一応合流してから向かうか。
焦り回らぬ脳を必死に動かし、ミカーヤは決断をした。
(よし、あとで拾おう。そもそもうんちは汚いし、治療所はダメだ)
――ミカーヤは急いで治療所へと走り、ピンクに染まったファンシーなドアを叩いた。
「すみません! 治療をお願いしたいです!」
しかし反応はない。
「お願いします、助けてください!」
焦燥にかられ神に縋るように必死にドアを叩きづけた。
するとドアの向こうから床が小刻みに軋む音が聞こえたと同時に、扉が開いた。
「なんだなん――ヒッ!」
扉の向こうから現れた大柄な初老の男は、ミカーヤを見るなり怯え、ドアノブにかけた手を咄嗟に胸の前に引き寄せた。
(最悪だ――)
ミカーヤは絶望に打ちひしがれた。
考えうる最悪の事態、真昼刻にミカーヤの姿を断片的にも見ていた者が医者だったのだ。
「なんだやめてくれ……! 頼む、ワシだけは村の為に死ぬ訳には……」
初老の男は片手をミカーヤに突き出し、もう片方の手で顔を守るように覆った。
とにかくミカーヤが恐ろしくてたまらない様子だ。
ミカーヤは絶望の中、何とかカズヤを助ける為に息を上げながら口を動かした。
「あの、私はかんけ――」
「ん?! まて、お前がおぶっている者は怪我人か!?」
ミカーヤが弁明をしようとする最中、突如初老の男がカズヤに気づき、玄関の外に身を乗り出した。
「お前、ワシの前で人を殺すか!」
激怒の表情を浮かべ男は横の壁に拳を叩きつけた。
ミカーヤは体をビクりと震わせ、涙を流しながら顔を横に振った。
「ちがっ、助けたいんです!」
「なに! それなら早く言わんか! はよう入れ!」
初老の男はそういうと、ミカーヤの肩を掴み治療所の中へ引っ張った。
突然の男の心境の変化でミカーヤは混乱しつつも、されるがままに治療所の中へ入っていった。
「いいんですか……本当にありがとうございます」
「当たり前じゃ。患者の前では、この世の万事全てが後回しじゃ」
初老の男は治療室に着くとミカーヤの背からカズヤを降ろし、手術台に載せ傷の具合を確かめた。
男は眉を顰めながらカズヤを診て、片手で口元を覆い難儀を露わにした。
「うーむ……。おい、お前」
「あ、はい! ミカーヤです」
ミカーヤは溢れる涙を拭き取り答えた。
「そうか、ワシはゲルニカじゃ。二つ聞きたいことがある。こいつの種族は人間で合ってるか? 後ミカーヤ、お主ケトラは使えるか?」
ゲルニカは近くの桶で手を洗うと、棚から魔晶石を取り出して、ミカーヤの前に差し出した。
「あってます!いけます!」
ミカーヤは強く頷き魔晶石を手に取ろうとした、しかし取ろうとした手をゲルニカに叩かれてしまった。
「触るな、清潔が命じゃ。ワシが扱う、お主はケトラだけせい」
「あ、はい。わかりました」
「すまんな、助手は常駐してる訳じゃないんじゃ。――傷を見るに、魔力は絶対値の6必要じゃがいけるか?」
「あっ……む、無理です……。4しかありません」
ミカーヤは焦燥がまたまた蘇り、吃りながらに答えた。
ゲルニカは前腕で自分の額を叩き、天を仰いだ。
「――じゃあ、村の住人何人か引っ張ってこい。ワシの紹介と言えばいい。その間延命をしておく」
「わかりました。すみません」
ミカーヤは言われるがままに踵を返し、治療室の扉に手をかけた。
そして何かを思い出したかのように振り向き、カズヤを指差して縋る声で喋った。
「あの、絶対助けてください。その人、多分予言の――」
「知らん! 誰であろうと助ける、そんな事を言う暇があったら走れ!急げ!」
「はい!」
(そうは言っても、多分村人は聞いてくれないし。ウンコさん探しすしかない……!)
ミカーヤは治療所を飛び出し、村の中央の噴水まで走った。
そして辺りを見渡しウンコを探し始めた。
(完っ璧に判断ミスだ、ウンコさんはやっぱり必要だった。そもそも別れなければ……。やばいやばい)
仄暗い空に覆われた村で、茶色く闇に溶け込む小さなウンコを探す。
あまりにも時間のかかりすぎる状況にミカーヤは焦った。
早くしなければカズヤの命が危ない、その状況の中ミカーヤは必死に頭を動かして解決策を考えた。
――そして一つの案を胸に、ある場所へと走り始めた。




