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男子、三日会わざれば刮目して見よ

作者: オガ


 ある日森で少年が倒れていた、上等な革のコートに身を包み、服もシルクで作られており寸視しただけで裕福な身の上だとわかる。

 こんな所に子供?

 見たところ外傷はなく、顔も少し煤けてはいるが飢餓状態にはみえない。

 周りに連れらしき者もない。

「お前もひとりか…」

 理由はともあれここに置いていくと野犬にでも食われてしまう、一旦家に連れて帰るかこの子が目を覚ましてから話でも何でも聞けばいい。

 

 ザカロフは家につくと少年をベットに置いてやった。子供とはこんなにも重いものなのか、単純な重さならそこまでではない、しかし体重だけではない命の重さも感じた。

 今にでも壊れてしまいそうな脆さ、今まで子を抱く経験なぞ無かったから、まともな抱き方を知らなかった、あれで良かったのか何処か痛めては無いだろうか。

 

 心配を一度すると栓が無いものだった、布団をかけた方がいいだろうかと考え、新しい布団を何枚も重ねてかけた。

 もし起きた時のために何か食べる物を用意したほうがいいか、体力をつけるため肉を食わせた方がいいかそれとも消化のいい粥にでもするか。

 いざ何かしら作ろうともこの場を離れていいものか、と考えてしまい立ち上がっては傍らに戻るをひたすらに繰り返した。

 そんな心配事が絶えず様々な考えがぐるぐると巡った。

 だがそしてそうしている内に夜となりザカロフは寝てしまった。


 ポルは寝苦しさで目を覚ました、体は物凄く暑く、体も重い、そして目の前には見知らぬ男が椅子で寝ていた。

 よくよく自分の体を見てみると体が重く暑く感じたのは自分の上に積み上げられた沢山の布の山だった。

 しかし横にはいつも一緒のはずの姉セリーの姿が無かった、それだけではなく自分がいる所が家では無いことにも気がついた。

 ささくれが目立つ粗い木材、チクチクと肌に刺さる布団。

 それとともに昨夜の事も思い出して来た。

 そうだ、昨日僕…家から…

 

 セリーは異変を感じ目を覚ました、部屋の外が騒がしい気がした。ドアを少し開け覗くと、そこには人狼に食われている両親がいた、その目にはガラス玉の様に生気は宿っておらずただ一点ばかり、虚空を見つめていた。

 先程の騒ぎは既に収まっており聞こえてくるのは、クチャクチャとの捕食音だけだった。

 一歩も動けなかった、逃げなきゃ!

 そう思えば思うほど足は強固に床に張り付き、膝はガクガクと震えが止まらなかった。

 なんで!!動いて!!

 そう強く思えど体は動かずただ、段々と涙が浮かぶばかり。

 

 バサッ!!


 と後から音が聞こえ急いで振り返るとそこには先程まで一緒に寝ていた弟がいた、暑いのだろうか寝返りを打っている。

 そして、すぐに思い出した、まだ弟がいる、この子を逃さなくては。

 急いで弟を起こし着替えさせ、窓から逃がした。

 最期に弟の手をしっかりと握った。

「走って!決して振り返らないで、私も後から行くから…ね?

 生きて…」

 去り際に握った手のぬくもりがまだほんのりと残っている。

 これで良いはずだ。

 そしてお気に入りの髪飾りやブローチ、金に変えられそうな物をポケットに突っ込んだ。

 だが最期にお気に入りのペンダントを取ろうとした時、手を滑らしてしまった。


 カラン!


 その静かな、だがはっきりとした音は家中に響いた。


 ギィ…ギィ…


 床の軋む音、父や母よりもなるかに重い者がゆっくり確実に部屋に近づいてきている。

 だがそんな時に自分でも驚くほどに冷静にいれた。

 まずは弟が逃げた窓を閉めた、弟の玩具もベットの下に放り込んだ。

 あの子の足じゃまだ遠くには行けて無いだろう、窓が開いたままでは誰かが逃げたのがバレてしまう。


 窓を閉めカーテンも自然な位置に戻した時、部屋のドアが開き人狼が部屋に入ってきた。




 あの時姉さんは明らかに何かに怯えていた、上手く笑おうとしていたが、上手く笑えず口角が震えて……あと音を決して出さないように、ゆっくりと静かに……

 

 姉さんは無事なのだろうか…

 いや、あの姉さんならきっと大丈夫、あとちょっと待ったら、かくれんぼの時みたいにひょこっと顔を出して僕を見つけてくれるはず…

 姉さんならきっと…

 

 考えていると目頭が熱くなってきた、視界がかすみ、目を擦ると更に涙が出できた。


 ザカロフが起きると少年は起きていた、だが無事に起きてくれたのに不安な気持ちのままだった。

 少年が顔をクシャクシャにしながら泣いていた、必死に涙を堪らえよう、流さないようにしようと目を擦り泣いていた。

 ザカロフはそんな少年の背中をゆっくり撫でた、ただひたすら少年が泣き止むまで、数時間も。

 

 少年は再び眠った、しかしその寝顔は森で見た時とは違い少し安心した表情だった。





 ザカロフが目覚めると既に家中にいい匂いが満ちていた。

 あの夜から二年が経ちポルも随分家に馴染んだ。

「あ、ザカロフ起きた?

 じゃあ早く顔洗って、食べちゃって。

 今日は街に行くんでしょ、はやく!」

 ポルは台所で鍋をかき混ぜているところだった。

 今日は先日頼んどいたポルの新しい弓を取りに行くところだ。

 今までの使っていた弓が折れてしまい、これを期に新しく二人張りすると楽しみにしていた。

 

 それにしてもポルはこの2年間で大分背が伸びた、俺の胸くらいまでしか無かったのが今は肩を少し越えるくらいには高い。 

 しかもこの部屋も数年前より物が増えた。

 

 あの日の翌日急遽街に買い物に出かけて沢山買い漁った。

 子供用の服や玩具、甘物。

 しかしそのどれもポルは喜ばなかった、服も上等なものを嫌い、玩具には見向きもせず、甘物も全く手を付けなかった。

 しかし弓にだけは興味を示した、俺が狩りに出かけると、後をついてくる。

 そして子供の成長はすごく少し教えるとすぐに上達した。

 物を教える時ポルは新しい事を知るたびに目を輝かせ、真綿の様に全てを吸収した。

 街に行くようになると俺が教えてない事も出来始めた。

 料理や洗濯すぐに俺よりも上手くなった。

 弓の腕ももしかしたら俺よりも上手いかもしれない。

 だが最近ふと考えてしまう、今までポルは俺が新しい事を教えるから良好な関係が続いただけ。

 しかしもう俺に教えられることなど少ない、家事も殆どポルがやっている、そんな俺にポルはいつまで懐いてくれるのだろうか…

 


 あの日以降夜寝るのが怖かった、寝て起きる頃にはまた全部を失ってしまうのでは無いかと。

 そして昔を思い出すほど失った事を実感し辛くなった。

 上等な服を見ると、自分を着せ替え人形として遊んでた姉を思い出した、あの時は嫌がっていたが今はむしろあの時に戻りたい。

 玩具を見ると、外出の度に玩具を買ってきてくれそれで遊んでくれた父を思い出す。

 お菓子を見ると毎日昼にお菓子を焼いてくれた母を思い出す。

 これら全て思い出す度心臓をえぐり返されるほどの痛みを感じた。

 その思い出を思い出すのを拒否した。


 また一人でいると、とめどない不安感が襲った。

 一人で家から逃げ出し月あかりもない真っ暗な森を前後左右も分からないままひたすら走ったあの夜を思い出して。

 だからザカロフについていった、狩りに、街に、更に弓を教えてもらった。

 いつもの様にザカロフの後について行ってた時に「弓やってみないか?」

 弓なんて今まで触ったことが無かった。

 初めて引いた弓弦がかたくまともに引けず、矢もまっすぐ飛ばず明後日の方向に飛んでいってしまった。

「う〜ん、そうだな、ちょっと待ってろ」

 そう言い次にザカロフがくれた弓は張りが緩くその時の自分にも引けた。

 矢が的や獲物に当たった時の快感は何物にも変えられず、何より弓を引いている間は昔を思い出さずに済んだ。

 そのうちザカロフに何かを返したいと思うようになった、初めてあった時のザカロフは服はヨレヨレで食事も肉を塩茹でしただけの物だった。

 だから街に行く度、ザカロフが用事を済ませている間いろんなことを調べた、露店で野菜を売っている人に料理の仕方、など。

 街の人は自分とザカロフの関係を不思議がっていたが、皆快く色んなことを教えてくれた。


 簡単な料理でもザカロフはすごく喜んでくれた。

「うめぇ、ポルお前天才だよ!

 街の料理屋よりよっぽど美味い!」

「そ、そう?よかった…」

 気がつけば夜の恐怖もなくなり、昔を思い出す事もなくなった。

 ザカロフと狩りにでて家に帰ってご飯を食べて寝る、たまに街に出て買い物をする、ただそれだけの日常にかつて無い安寧を感じていた。



 次の日二人は久々に街におりた。

 その日は一年でも滅多に無いほど過ごしやすい日だった。天気も気持ちのいい秋晴れ、良く舗装された石畳はカツカツと足裏が心地良い、日差し少々強いが建物を抜ける秋風が体を吹き抜けていく。

「こんないい日は外に椅子を置いて1杯やりたいな、ポル帰ったら何か肴作ってくれないか?」

「分かったよ、でもあんまり飲みすぎないでよ?

 酔いつぶれた時に介抱するのは僕なんだから」

「ああ、じゃあ上手い酒を飲むためにさっさと用事をすませるか!」

 商業ギルドに毛皮を納品し、露店でふらふら買い物をし、最期に弓の受け取りに向かった。

 

 店は外観は古臭いがザカロフはこの店の弓に全幅の信頼を置いていた。

「オーイ弓、取りにいたぞ」

 店内に入るとそこにはショーケースや見本はなく一見しただけでは何屋かわからない、しかし店の奥に気怠げに座る店員の後にある一張の弓でここが何屋か分かるだろう。

「うぅん?このうるさいダミ声は、ザカロフか。

 あと…ああいらしゃい、ポルくん」

「こんにちは、ヴォルガさん」

 ヴォルガはポルを見つけるとしわくちゃで開いてるのか分からない目を大きく開けて、嬉しそうに出迎えた。

「おい!ヴォルガ弓は出来てるんだろうな?」

「あんたは黙っとれ!わしは今ポルくんと喋ってるんだ」

 そうぶつくさ言いつつもヴォルガは店の奥から一張の弓を出した。

 その弓は全部木のはずだか素晴らしい光沢を発し反り具合も完璧で弓そのものが芸術品であるかのようだった。

「わぁ…」

「ほぅ…」

「とっておきのイチイを使っておる、わしの職人人生の中で一番のできだ。

 ポルくん、一度そこでこの弓を引いてくれんか?」

「はい!」

 その弓は初めて握ったはずなのに驚くほどに手に馴染み、初めての二人張りは重く引くのに苦労したが、それが更にポルの心を躍らした。

「ありがとうございます!とてもいい弓です!」

「うん、その言葉が聞けてよかった、大事に使っておくれ」

「へっ!ポル前でだけ猫かぶりやがって」

「なんか言ったか?」

「いや?なにも?」

 こうして二人は店を出た。

 ポルは袋にしまってある弓を度々取り出しては眺め「えへへっ」とほくそ笑みまた数分だったら取り出すを繰り返した。

 またそれを横から見たザカロフも幸福だった。

「ありがとうザカロフ!!」


 家につく頃には空が茜色に染まり始めていた。

 だか家の前には一人来訪者がいた。

 髪は少し明るめの茶色に切れ長の細目。

 キャソックを着ていたため傍目からも神職と分かったが、何処か違和感を感じた。

 キャソックは普通なのだが、首元には子供用のペンダント、しかし安物ではなくその価値は一目でわかるほどに輝かしい。

 香水もキツかった、頭がボーッとするほどの甘い香り丸々一瓶使ったのでは無いかと疑うほどの匂いだ。

「すみません、森で迷ってしまって…一晩だけ止めてもらえないでしょうか?」

「あぁ…別に構わないが…」 

  

 ポルは男のつけているペンダントに見覚えがあったが中々思い出せなかった。

 たがそのペンダントを見ると何故だが心がチクリと痛んだ。

 ザカロフとの晩酌が延期になってしまいそうだからか?

 なぜだろう?


 その後三人は食卓を囲む事になった、今朝のシチューの残りに今日街で奮発した白パン、ザカロフはワイン、ポルはザクロジュース。

「なぁあんたは酒は飲まないのか?食も進んでないように見えるが…」

「はい、お酒はあまり…あと玉ねぎが好きでは無くすみません……今日は疲れてますのでこの辺で…」

 そう言い残すと客室に入っていった。

「新しく増設して正解だったな、お前の部屋にするつもりだったが…ほんとにいらないのか?自分の部屋」

「大丈夫、いらないよ…」

「そうか、じゃあ俺等もそろそろ寝るか…」

「うん…」


 二人は燭を消してベットに入った、しかしポルは何か胸騒ぎがして眠れなかった、こんなのは久々だった。

 しかしザカロフを中々寝付けないようで、しばらくたった後ポルに話しかけた。

「なぁ悪いが、井戸で水をくんできてくれるか?どうも寝つきが悪い」

「え?珍しいねいつもは寝酒っていってパカパカ飲んでるのに…

 それに、水瓶があるけどそれじゃだめなの?」

「いや…冷たいのが欲しいんだ、頼めるか?」

「分かった」

 

 外は昼が嘘の様に冷え切っていた、ポルは寝間着のまま来たことを後悔しつつ、ザカロフのため井戸に向かった。

 しかし少し進むとえもいえぬ恐怖が湧いてきた、暗闇にだろうか、一人で居ることにだろうか。

 いや、二年前ならともかく、最近になってこんな事は無かった。

 確か…お客さんを見た辺りから突然胸騒ぎが…

 しかも胸につけてるペンダントを見ると更に……!!



 ポルは持っている桶をその場に投げ捨て家に走り出した、確信があるわけでもなかった、良く考えればおかしな話だがそんなのはどうだってよかった。

 ただもう一度全てを失うのが怖かった。

 家が見えて来ると真っ先に納屋の扉を開けた、背中からの月明りだけを頼りに昼間もらった弓を見つけ出した。

 それを無造作に引っ張り出し家のドアを開けるた。

「っつ!!」

 直接鼻に血の香りと悍ましい獣臭がした。

「なぜ帰って来たポル!!さっさと…逃げろ」

 ザカロフだ、まだ生きてる!

 かろうじて見えたザカロフは人狼に倒されていた、しかしザカロフは右手を噛まれながらも必死に抵抗しているのが分かった。

「待ってて、今助けるから、絶対に助けるから!!」

 ポル慌てながらもしっかりと矢を弦につがえた。


 しかしいくら月明りがあるとしても家の中は暗くザカロフと人狼の区別がしづらい、今撃てばザカロフに当たってしまうかもしれない…

 ポルは必死に目を凝らした、すると暗闇の中からキラリと何かが光った。

「僕はもう誰も失わない!」

 ポルは迷わずそれを撃ち抜いた。


 カキィィン!!

 

 甲高い金属音が鳴ったあとズシンと重い物が倒れる音がした。

「ザカロフ!!大丈夫?」

「大丈夫なわけ無いだろ?クソいてぇよ」

ポルは慌ててザカロフのもとに駆け寄った、急いで燭に火をつけザカロフを確認した。

 右手の傷口はざっくりと抉れていたが、命に関わるほどでも無かった。

「それにしても大物をやったな、ほら」

 ザカロフが指差した所には体躯は三メートルはあろう人狼かいた、その胸元には矢が深々と刺さっておりそのしたには姉のペンダントが転がっていた。



「ザカロフ早く消毒しないと」

「分かった分かった、昼間街で買った酒が有るだろ?

 それで体の中から消毒しよう。

 ポル、肴頼めるか?」

「……すぐに作るよ、ほら包帯巻いといたよっ!!」

 ポルはパチンッ!!と包帯の上からザカロフの腕を叩いた。

「いってぇ怪我人を叩く野郎が何処に居るってんだ!」

「僕を騙して逃がそうとしたでしょ?

 もぅ騙すなんてしないでよ?お父さん…」

「…あぁ…分かった」


  






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