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蛇足 夜の帝王には出会い運があるのかもしれない





 十一歳のスコルピオ・サーペントは、現在大変困惑していた。


 何しろ初めて見る小さくておかしな生き物が、王宮の廊下をべそべそ泣きながら歩いているからである。


 すれ違う大人たち――王宮に勤める侍女や使用人らはあの生き物が何であるのかはよく知っているらしい。


 彼らは皆くすくすと嫌な嗤い方をしていて、この泣いている生き物を助けようとはしない。


 スコルピオはもう既に眉間に皺を寄せるのが癖になっていて、今も妙な生き物を前にしてしかめっ面をしていた。


 彼の背丈の半分ほどの生き物は、よくよく見ると分かったが人間らしい。

 顔中を紅や紫や青や黒に塗られて、どこが目でどこが口なのか遠目では分かりにくかった。


 着ているものも、カーテンや絨毯のようなものをぐるぐると巻き付けているだけで、服とは形容し辛かった。


 とりあえず、最近よく王宮でつるんでいるホロロジウム家のリブラという少年がいつもいる場所がここから近いので仕方なく連れていった。


 ――リブラ・ホロロジウム。

 

 金髪がやけに眩しい六歳の少年だが、口は達者で年上のスコルピオにも物怖じしない。そこが気に入っていた。


そしてその兄は外国で働いている。


 髪と瞳の色を変える魔導具研究をしているらしく、会う度に纏う色が違う。

 彼はスコルピオらに悪戯を仕込んだり、害のない(役にも立たない)魔導具で遊んでくれるので懐いていた。会いたくてリブラに聞いても、いついるのかさっぱり分からないということだった。


 ホロロジウム家はサーペント家と同じく、王宮に仕事場を賜っているため、二人は親に連れられた子供同士ということで知り合った。


 自分たちの年回りからいっても、この国に二人いる王女のどちらかの婚約者候補になるのだろうな、とスコルピオは思っていた。


 他国であれば、学舎がある。勉学だけでなく同世代の子供たちが交流する場があるという。

 ゾディアークでは家庭教師を招いての自宅学習なため、派閥同士や親類の集いくらいでしか子供同士の交流をする場はない。

 なのでスコルピオは、王宮で自分の親族以外の子供に会えることが楽しみだった。


 (だからといって、こんなよく分からないものを見つけるとは)


 ついてこいと言えば、めそめそ泣きながらも素直について来るのは野生動物が懐いたようで悪い気はしなかったのだが、リブラ・ホロロジウムはそれを見て「えー」と発すると困った顔をした。


「これヴァル様だよ、何でこんな格好してるんだろ。お部屋に戻してあげないとダメだよ」

「お前、ヴァル様っていうのか?」

「わたしヴァるです、ヴァルご、ぞおでぁークです、うええええん」

「うわヴァル様、パニクってんのかな。言葉めちゃくちゃだよ」

「泣くなヴァル様。何言ってるか全然わからない。飴やるから泣き止め」

「あ、りがど、おにいぢゃんんんん」

「ほら。ハンカチ貸してやるから涙ふけよ。あっ、なんか変な色付いた……やっぱりそれ返さなくていい。おい、泣き止んでから食えよ、泣きながら食べると喉につまる……あっ、言った側から」


 ヴァル様と呼ばれる何かが喉に飴を詰まらせたので、スコルピオは加減しながら掌底打ちで背中の真ん中辺りを、どんどん、と叩く。


「スー様面倒見良すぎない?」

「スー様ってなんだよ。毎回変な呼び方するなよ。呼び捨てでいい」

「長いからめんどくさい」

「人の名前くらいちゃんと呼べよ……おいヴァル様、寝るな」

「ヴァル様ってまだ四歳でしょ。赤ちゃんだから眠いんじゃない?」

「四歳は赤ちゃんじゃないだろ」

「そうなの? うち弟も妹もいないから分かんないや」

「お前ほんと適当だな」

「ピオピオさあ、ヴァル様王女宮(こどもべや)に連れてかないと、皆探してるんじゃないかなあ」

「は!? これ第二王女のヴァルゴ殿下なのか?」

「分かっててヴァル様って呼んでたんじゃないの?」

「まさか。それよりお前ピオピオはやめろよ。俺がバカみたいに見えるだろ」

「ちぇー」


 その後、勝手知ったるとばかりにリブラが先導して王女宮へと向かった。

 真ん中をヴァル様と呼ばれた王女、彼女の右手はスコルピオ、左手をリブラが握って歩く。


 身体に巻き付けている布のせいか、王女の身体が小さいせいなのか当然彼らの歩みは遅い。

 焦れたスコルピオは、王女らしき物体を抱き上げた。


「探してるかもしれないという割に、静かじゃないか?」

「……うーん」

 リブラも首を傾げる。


 王女宮への通路は静かだった。

 スコルピオが抱っこしている物体が本当に王女で、宮から出てしまっているなら、あちこちを宮の侍女や使用人たちが探していてもおかしくないのに、しん、としていた。


 安心したのだろう。抱かれて歩いているリズムが心地よかったのか、スコルピオの腕に抱えた王女らしきものは、すうすうと寝息を立て始め、一気に重みが増す。

「寝ちゃったよ」

「重い」

「おんぶにする?」

「今おろしたら起きるだろ」


 スコルピオとリブラがやいやい小声で言いながら歩いていると、通路である渡り廊下の向こうから数人の侍女を従えた少女がやって来るのが見えた。


 渡り廊下に差し込む光がなくても、遠目ではっきり分かる真白の髪色に、二人は慌てる。


 この国の第一王女であるエリース・ゾディアーク殿下。

 スコルピオより二歳年下の九歳だったか。

 第一王女の婚約者候補になり得ると思ってはいるが、幼い頃の遊び相手にも選ばれなかったので、ここで初めて顔を見ることになった。


 とはいえ、相手は王女なのでまじまじと見ることは良くない。

 大人になると参加しないといけないパーティーならともかく、まだ紹介もしてないされていないのだから、ここは脇に避けて静かにしていないといけなかった。


 二人は廊下の端に寄って並んで立つと、顔を伏せて静かに彼女たちが通りすぎるのを待った。


 俯いているスコルピオの視界に、ひらひらしたピンクの布と綺麗な赤い靴とレースの靴下を履いた足元が見えた。

 隣にいるリブラから、小さくて短い舌打ちのような音が聞こえた気がする。


「お前、顔を上げなさい」


 言われた通り顔を上げれば、少女が自分を見上げる形で微笑んでいた。


 (噂に聞くほどでもないかな)


 エリース殿下は聡明で、少女ながらに完成された美しさ。将来が楽しみなのだという噂を、父親の仕事場近くで休憩を取る官僚や警備担当の者や使用人らの立ち話で耳にしていた。


『純白の雪のような髪、ゾディアークの空の瞳』は王族が持つとされる色だが、スコルピオには彼女の髪は老婆の白髪と同じ色合いだと思ったし、空色の瞳というよりは、父親の仕事場から遠くに見える紺碧の海色に見えた。


 (まあ可愛いは可愛いんだろうけど)


 自分の好みではないなあ、とスコルピオは正直に思った。

 スコルピオはこれから思春期に入る少年で、現在の好みは母方の従姉(いとこ)のように、ぼーん! きゅう? (ぼん)な女性だった。


 胸は大きく、腰はほんのり肉はあって、でもお尻は小さめという、何というかニッチな好みだ。

 だが大事なのは性格で、従姉は本当に優しく朗らかな女性だ。


 そんな初恋の君も今や二児の母で、体型はぼーん! どーん! ぼーん! であるが大好きなのは変わらない。


 エリースは上目遣いでスコルピオの顔を見つめると、口を開いた。

「お前、名前は?」

「スコルピオ・サーペントです」

「スコルピオ。ねえ、わたくしのことを特別にエリースと呼ばせてあげる」

 にこ、と小首を傾げる仕草に合わせて、胸元辺りで切り揃えられた癖のあるふわふわした髪が揺れた。


「あー……光栄です、エリース王女殿下(・・)


 スコルピオはエリースに対し、本能的に『合わない』と感じて距離を取ることに決めた。

 それが分かったのか、エリースは一瞬目を眇めたものの微笑む。


「……ところで、ソレ(・・)は何?」

「ソレ?」

 スコルピオが何を言われたか分からず、戸惑っていると、エリースの侍女が彼女に耳打ちした。


「……ああ。忘れていたわ。スコルピオ、ソレはわたくしのオモチャなの。返して頂けて?」

「オモチャ?」


 スコルピオが怪訝そうに聞き返す。

 オモチャというのはどうやら腕に抱いているヴァルゴ王女のことらしいが。


「……この方はあなたの妹では」

「ええ、そうね」

「オモチャなどではありません。家族です」

「かぞく?」

 エリースは思ってもいないことを言われたかのように、不思議そうにまばたきを繰り返した。


 スコルピオがムッとしているのが分かったのか、黙っていたリブラが明るい口調で口を挟んだ。

「この方は、第二王女のヴァルゴでんかでしょ? 眠ってらっしゃるからお部屋まで僕たち(・・・)が連れていきますね、ではごきげんようー!」


 早口で言い切り、ぺこりと頭を下げるとスコルピオの袖を引いて二人は駆けるようにその場を去った。


「え、不敬では?」

「エリース様とケンカしそうになるよりいいでしょ」


エリースの返事も許しも待たずに立ち去ったことに、今更ながら「ヤバいかも?」と思ったスコルピオが言えば、リブラがやれやれ風に言い返してきた。


「いやだって妹だろ?」

「王家と僕らとじゃ家族もいろいろ違うんじゃない?」


スコルピオは、妹をオモチャと言ってのけたエリースに正直腹が立った。


彼自身、幼い弟妹や従姉の子供たちとも交流を持っているから、小さい子といると腹の立つこともよくあるので、多少意地悪な気持ちになるのは分からなくもない。


だが、こんな風にオモチャにすることには全く共感できない。

しかも家族だとも思っていないようだった。


(こんな小さいのに。守ってやるのが当たり前だろ)


ムカムカして苛立たしい気持ちが治まらないまま、王女宮に到着した。

さすがに中には入れないので、警備担当に言って彼女の世話をしている者に取り次いでもらった。


やや待たされ現れたのはずいぶん歳のいったばあやだった。小さくて、腰も曲がっていて、ゆっくりな。

抱き疲れたスコルピオが壁を背に座っていると、ぺこりと頭を下げヴァルゴを揺り起こした。


「ひめさま、ひめさま、起きてくださいませ」


腰もひどく曲がっているこのばあやでは抱くことが難しいのだと理解したスコルピオは、部屋まで連れていくことを提案した。


「まだ昼寝くらいの時間ですよね? もう少し寝かせてさしあげませんか?」


警備担当に抱かせるのもどうかと思ったのか、ばあやはじゃあお願いしますとスコルピオらを王女宮に招き入れた。


左右対象に造られたこの宮は、王族の子供が住むためのもので、現在は王女二人しかいないから王女宮と呼ばれている。彼女たちが十二歳になれば、今度は独立した専用の宮が与えられる。


王宮には毎日のように来ても、王族のエリアに足を踏み入れたのは初めてで、スコルピオは少し緊張していた。


ばあやが先導する左側の建物は閑散としていて、荒れた印象を受けた。

見かける使用人の数も少ない気がするというか、明らかな人気(ひとけ)のなさにスコルピオは引っ掛かりを感じた。


「これ、なんなの」

隣を歩くリブラがボソッと呟いた言葉に、スコルピオは自分の疑いが間違っていなかったことを確信した。


「なんでヴァル様の宮がこんなことになってんの……」

「……リブラは何でそんな詳しいんだよ。王女宮への道も知ってたぽいし」

「だってぼく、ヴァル様に仕えるために王宮(ここ)に来てるから」

「仕える? でも初めて入ったんだろ?」

「ヴァル様がもう少し大きくなったら、遊び相手として呼ばれて、その後お仕えするって決まってるんだよ」

「なるほどね」


リブラのホロロジウム家は、王族に仕えることこそ至上とする家風だということは知っていたので、納得する。


「じゃあ、リブラはヴァル様の婚約者候補にならないのか?」

「結婚するってこと? ――うん。できないよ。ぼくはヴァル様にお仕えすることが仕事になるから」

「ヴァル様が気に入れば、候補になることもあるかもな」

「うーん、わかんないや」

「そっか。王宮で俺と年の近いのってリブラしか見たことなかったから、てっきりそうなのかと思ってたよ」

「どういうこと?」

「俺は十一歳でエリース殿下と、リブラもヴァル様と、って」

「サーペントのおうちはそんな風に考えてるの?」

「いや? 王宮(ここ)でいつもいろんな人に言われるからそうなのかーって思ってただけ」


リブラは難しい顔をして、スコルピオを見上げた。


「スコルピオの方が年上だけど、言わせてもらうね? あんまり王宮(ここ)の大人の言うこと信じちゃダメだと思うよ。そういう大事そうなことはちゃんとお父さんやお母さんに話して、聞いておかないとダメだと思う」

「……お、おお。正論だな」

「それに、エリースでんかにはそういう候補としてなのかなあ? 何人か遊び相手が来てるよ。男の子も女の子も」

「本当に? ……あー、良かったー。ぶっちゃけて言うと、エリース殿下は苦手だから俺は候補になりたくないな」

「その感覚でいたほうがいいと思う。サーペントのおうちは勘が大事でしょ」

「リブラは俺の親父みたいなこと言う」

「――勉強してるからね。ヴァル様の将来のために」


スコルピオはこの時愕然としていた。


自分より五つも年下の子供に負けた心地がした。

悔しいとか、腹が立つとかそういうことではなく『大人だ』と思った。

しかも、自身のためもあるのだろうが、最終目標は仕える主人のためというところが『大人』だ。


「……なんか、すごいなリブラは」

「どうかなあ。ぼくからするとスコルピオの方がすごいよ。ヴァル様抱っこしてても平気そうなとことか」

「重いよ」


二人は顔を見合わせて忍び笑った。














子供時代のスコルピオ視点での蛇足四編の始まり。

印象が変わるかもしれませんのでお気をつけ下さい。

途中趣味に走ってるので、現在長くなりすぎて削り作業中です。


※子供らしさを表現するため、途中漢字表記でない箇所が幾つかあり〼。


どうぞ宜しくお願いします┏(ε:)و ̑̑


(12日に上げる予定だったのに予約投稿失敗しちゃった……)

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