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結末 女王様には幸せな結婚運が開かれる



『王と王妃が重篤な感染症を患って退位の後、離宮にて隠居した。

 この感染症はエリース王女が外遊した際にどこかから貰ってきたもので、潜伏期間が長いのが特徴だった。


 エリース王女は残念ながら余命宣告が為され、それに絶望したかつての恋人が彼女と共に心中する道を選んだ。

 かつての恋人はムスカ・ハイドラ。

 二人は仲睦まじかったが、中々婚約には至らなかった。互いを想う故に長く婚約者を作らず、他に恋人も持たなかったことは、社交界では周知の事実である。


 だが、ムスカ・ハイドラはエリース王女の妹である、当時のヴァルゴ王女の婚約者となった。

 ヴァルゴ王女は二人を思い、辞退していたのだが自身が病に侵され長くないことを知ったエリース王女が願い、ようやく叶った二人の婚約。


 運良く病魔から逃れた自身の妹ならば、いつか彼の心を癒す日が来て幸せになれるだろうから、と。


 けれども哀しき死の運命は、愛する二人を結びつけることで――』


「何だこれ」


 読んでいた新聞を叩きつけるようにテーブルに放り投げたレオニー(ヴァルゴ)は呆れの混じった溜息をこぼした。


 エリースの死から七年。


 まさか一国の王女が禁忌とされる呪いの魔導具を使って周囲を自身の言いなりにしようとしていたことを公表できるわけもなく、また問題があったとはいえ彼女と共に死んだムスカにも呪いの残滓が濃く残っていたこと、これから先ゾディアークを背負って立つレオニーに不名誉な話が付いて回るのだけは避けなければならなかった中枢では、エリースの死を美談にすることで事実を曲げることにした。


 魔導具の呪いと言われる精神干渉の効果のせいで、一部の人間の意識と記憶が夢と現実の狭間にあって混濁していることがむしろプラスに働いた。


 エリースが人を操作しようとしたように、中枢は彼らの記憶を都合の良いものに上書きしたのだ。


 それまでレオニーにあった悪い噂も、エリース主導だったからだろう。彼女が亡くなることで沈静化していった。


 そして庶民好みに脚色された美談は概ね好意的に世間に受け入れられたのである。

 刷り込みではないけれども、新聞社などは売上の増加に繋がるので定期的にこのような記事を上げるし、お互い損にはならないのでこちら(王家側)も黙っていた。


 こうして多少夢見る乙女だったヴァルゴは、王位と共にレオンの名を継いでレオニーと呼ばれるようになり、臣下に鍛えられ世間に揉まれて何とか立派な大人になった。


 そんな彼女もエリースとムスカ・ハイドラの死を言い訳に結婚を逃れていられたのは二年。


 ここ五年間でのお見合い回数は両手で足りず、無事婚約に至っても何かしらあって解消、白紙、破棄と実に賑やかしい経歴が見えないところで加わっていく。


 つい先日も、やっと漕ぎ着けた婚約が女性を愛せない男性と結んだと分かって解消となった。


 破棄となれば良くも悪くも話題となるが、解消や白紙であればそこまで世間や紙面を賑わせないので仕方なくそうしている。


 これでまた議会の重鎮たち(ジジイども)が煩くなるな、とうんざりしているレオニーとは対比的に、侍従から女王補佐官という立場に出世したリブラは満足そうににこにこ毎日楽しげに微笑んで仕事をしている。


 今もレオニーが叩きつけた新聞を鼻歌混じりに片付けていた。それを横目でちらりと見やると、


「……何にしろ良かったわね、リブラは。私が女王になったからもう馬鹿にされることもないでしょ」

「ええ、それはもう! 白の女神にお仕えする身としてはこの上ない幸せですね!」

「げ。やめてよねその呼び方」

「あー、雪の妖精でしたっけ? 月の女王?」

「うががががが!」

「月の女王は意外とイイ呼び名かもしれませんよ? ――ほら」

「何よ」


 頭を抱えて口を尖らせたレオニーに、リブラは親愛の籠った微笑みを向けると執務室(オフィス)の扉を示した。


「――夜の帝王のご登場です」



       * * * * *



 スコルピオと共に執務室から追い出されたレオニーは「庭園の花が見頃ですよー」というリブラの提案通り、黙々と二人で庭を歩いていた。


 スコルピオの斜め後ろ、広い背中を上目遣いでちらちら見ながら付いて歩く。

 少しだけ、どきどきする胸の鼓動に内心で『落ち着け』と願う。


 結局レオニーは七年かけても恋心を封印出来なかった。

 もうエリースはいないのだし、そもそもエリースの婚約者でもなかったわけだが、スコルピオからすれば「レオニーは妹のようなもの」という認識でしかないだろうことはうんざりするほど知っている。


 なぜなら、レオニーの兄であるトーラスとスコルピオは年齢差はあるが、親友同士。

 その親友が「妹たちを頼む」と言って、律儀なスコルピオはそれを守っているだけという話を本人の口から聞いてしまった。


 そしてこの七年で、距離が縮まってしまったのも恋心を燻らせた。


 リブラが補佐官になったように、スコルピオも相談役という、他国では宰相とも呼ばれる役職に就いていてとにかく一緒にいる時間が長い。


 スコルピオからは殿下と呼ばれ、レオニーもまた様付けで名を呼んでいたが、今はお互い呼び捨てどころか『お前』呼び。


 これもう実質精神的な夫婦では? とレオニーは妄想に逃げるが、もちろん表には出さない。


 実のところ、エリースが望むも叶わなかったように、レオニーも彼を王配に希望するのは難しい。

 スコルピオの気持ちがないのもそうだが、サーペント家は王家とは別で国を守護する役目のある家だ。彼はそこの後継者でもある。


 大陸では恋愛結婚がブームだと聞くが、ゾディアークのような中途半端な国ではまだまだ難しい。

 できれば他国の、それこそスイツやショコラータのように力と金のある国と縁付くのが国のためになる。


 レオニーとスコルピオはどうにもならない。そう決められているようで落ち込んだこともある。


 そもそもの話、スコルピオはレオニーを女として恋愛対象として見ていない上に自分が彼に告白したわけでもない。


 憎まれ口や軽口は叩けるようになっても、そういう雰囲気に持っていける自信もない。


 ただ、こうして彼の背中を焦がれるように見るだけ。


 エリースが生きている時と何ら変わらない。


 こっそり盗み見るだけしかレオニーには許されていないのだろう。


 知られぬようにそっと諦めの息を吐き出した時、前を行くスコルピオの足が止まった。

 どうしたのだろうと思い、レオニーもまた動かず様子を窺う。


「――ベラトラムが満開だな」

「ええ、そう、そうね」


 庭園には、ベラトラムという小さな白い花がたくさんついたふんわりもこもこな花が咲き誇っていた。

「この花を別名何というか知っているか」

「……え。知らない、けど」


 むしろスコルピオが花に興味があるのか、別名など知っていることの方が意外だった。


「これはな――」

 そう言って振り返ったスコルピオの満面の笑顔に面食らってレオニーはごくりと唾を飲み込んだ。


 彼女の心臓はずっと早鐘を打ち鳴らし続けていて、痛みを感じて立っているのも辛い。


(なにこれなにこれなにこれかっこよすぎでしょ! 期待しちゃダメ期待しちゃダメ!)


 心の中で呪文を繰り返している彼女の耳に、スコルピオが爽やかに放った言葉が張り付く。


「『ハエ殺し』と呼ぶこともある」

「……お前嘘でしょスコルピオ」


 間髪入れず突っ込んだレオニーの声が幾分低くなったのは責められないだろう。


「嘘ではない。毒があるからな、間違っても触れたり食べたりするなよレオニー」

「……今そういう空気だった?」


 レオニーが鼻白んだ表情で言えば、スコルピオは突然吹き出して耐え切れなかったのか大口を開けて笑いだした。


「え、ちょちょ、ちょっと! 怖い怖い! 急に何!? 何で笑ってるのよ!」


 初めて見る彼の無防備な姿に、喜びより困惑が勝ってとうとう恐怖すら覚えたレオニーを、ヒィヒィ言いながら近付いてきたスコルピオが抱き締めた。


「スコルピオ!?」


 驚きにレオニーが硬直しているが、スコルピオの笑いは止まらない。

(スコルピオって笑い上戸なの!? それより何よりいや何? 何なのこの状況)


 混乱するレオニーの肩口に額を押し当てていたスコルピオが、笑いに震えながらも彼女を抱く腕の力を強めた。


「ヴァル、結婚しよう」


「……は?」

「俺はお前を愛してる、ヴァル。――俺と結婚してくれ」

「えっ、ハエ殺しは? 何! やだ、真名(ヴァルゴ)呼びって結婚本気!?」

「ハエ殺しはもうどうでもいい。結婚も本気だ」

「――もうやだ、好きいぃぃい」

「お前ほんと」


 スコルピオがまた笑う。


 こんなに笑う人だったっけ? とレオニーは思いながら、スコルピオの温もりとわずかに紫煙の煙る香りに包まれ、夢のような幸せな気持ちのまま目を閉じた。



       * * * * *



 レオニーとスコルピオの結婚話は誰の反対もなく、トントン拍子で進んだ。

 結婚式は一年後に予定し、国外への婚約発表は付き合いのある国だけ。


 前国王夫妻にも伝えたかったが、離宮で呪い外しの処置を受けた後、反動なのか自分たちに娘がいることも、国王と王妃だったことすらもう分からないので断念する。


 エリースが使った魔導具は、単に人の精神に干渉し言うことを聞かせるだけのものではなかった。

 核となる魔導石の本体であった魔物が持つ、餌が自ら自分のところに来るよう仕向けるための特殊な音波の影響が大きすぎて、使われた方が廃人になってしまう弊害のあるものだった。


 だからこそ禁忌とされていた。


 レオニーは即位してすぐに、エリースが使った魔導具も、その入手先も潰してしまうことを決意し、今も陰ながら尽力している。

 そこには兄のトーラスの協力があった。


 いつぞやより格段に幸せでやる気に満ちた忙しさに追われているレオニーは、この日少ない護衛だけを連れてある場所に訪れた。


 山の洞窟の奥に王と王妃が入る廟とは別の山に、王族のための廟が作られている。

 だがエリースの骨はそこにない。


 エリースとムスカ、二人の骨は立ち入りが厳重に管理されている永久氷山に封じられた。


 呪いの残滓と呼ばれるものは二人の骨も汚染していて、普通の墓ではそれが漏れてしまう可能性があったからだ。

 だからしっかりとした封印を施し、その記録も王家に残して埋葬することになった。中身を見ることが出来るのは王と氷山の管理者だけ。


 そんな寂しい場所にいる。


 エリースの好きだった白百合を、氷山道に入るための扉の前に一輪置いて、レオニーは目を眇めた。


「ざまあみろ、とは思わない。でも自業自得よお姉様。何で道を踏み外したの? 美しさも、賢さも、何もかもほしいままだったじゃない。レオンの名も貴女のものだったのに」

 

 護衛たちはもっと手前で待たせて、ここにはレオニーひとりきり。


「スコルピオは私と幸せになるわ。文句は言わせない。優しかったお父様とお母様をあんな目に遭わせて平気だった貴女には幸せのお裾分けなんてしてやらないし、死者の世界で二人に会うこともないわ」


 エリースは死後に両親とも、愛したであろうスコルピオに会うことは出来ない。

 ムスカが心中に使用した魔導具は悪魔の魔導石が使われていると言われる曰く付きで、魂は地獄の鎖に永劫囚われるという。


「スコルピオは私を愛してくれている、そのキッカケを作ったのは貴女よ、お姉様。あの彼が逃げたくなるほど鬱陶しかったのですって。知ってた?」


 レオニーは物憂げな様子で息を吐いた。


 七年経っても、身体の傷が疼いて辛い時がある。

 強がっていたけれど、男性の怒気をまともに食らってせいで怖くて震えて眠れない夜がある。

 幼い頃に姉から受けた理不尽な仕打ちを夢に見て涙に濡れる日もある。


「ねえ、エリース。お前は死者の世界でムスカに永遠仕え頭を下げ続けるの。だってムスカは被害者なのよ……あの魔導具を使わなければあそこまでお前に傾倒することなんてなかったかもしれないのだから」


 扉の奥から、リン、と鈴のような音がした気がして、レオニーは苦笑する。


「あの鈴は私が潰したから。それに、もう私諦めない。自分が幸せになることも、スコルピオのことも。何もかも。だから二度とここには来ないわ、エリース。永遠に……さようなら」


 憐れむような瞳で扉の向こうを見たレオニーは、その後二度と振り返らずに来た道を戻っていった。


 リン、チリンと小さく鈴の音のような音が微かに聞こえていたけれど――。



       * * * * *



 レオニーとスコルピオの結婚式は恙無く行われ、明るい慶事の話題に国中が沸いた。


 さすがに美談といえども、湿度高めなエリースの恋物語が食傷気味だったせいもあるだろう。


「『かくして月の女王と夜の帝王が結ばれた、ゾディアークの歴史に残る二人に幸多かれ』……うわー、こっぱずかしい二つ名が公式のものになりましたね」


「リブラ! そこの新聞社の新聞読むのやめなさい!」

 レオニーはリブラの手から新聞を引ったくって胸に抱いた。


「別に害はないだろう」

「あるあるあるある! あるったらあるの! 主に私の精神的なところに」

 他国の新聞を読んでいたスコルピオの言葉にレオニーはすごい勢いで噛み付く。


 しばらくああでもないこうでもないと言い合っている二人を眺めていたリブラが、ぱん、と両手を合わせて音を立てる。


「さて、そろそろいちゃいちゃのお時間は終了です。お名残惜しいですが女王陛下は僕と議会に、スコルピオ殿下は外交官の方々とお仕事ですよ~」


「確かに名残惜しいな」

 スコルピオはそう言ってレオニーの頬に軽くキスをした。

「なななななな!」

「行ってきます、奥さん」


 真っ赤になって見送るレオニーにひらひらと手を振って行くスコルピオ。その背を慌てて追いかけていく侍従と官僚の姿が見えた。


「――ヴァル様、お幸せですか?」

 レオニーの後ろからリブラは声をかけた。


「新婚だもの。今のところ文句はないわ、大満足に幸せよ……あら?」

 レオニーの視界に見たことのある白い花が入った。


 執務室(オフィス)の片隅、台上に小さな花瓶が置いてある。

 その花瓶にはいつか見た白いふわもこの花――ベラトラムが生けられてあった。


「……これ、お前が用意したの? リブラ」

「ええ」

「毒があるのですって」

「気を付けたので大丈夫ですよ」

「こんなに可愛らしいのに、別名が可笑しいのよこの花」

「へえ? なんて言うんですか?」


 レオニーは微笑みながら「秘密」と答えた。


 スコルピオの本質的な部分を初めて見たあの日を思い出してふふっと笑えば、リブラが悪戯めいた口調でレオニーに問うた。


「では、ベラトラムの花言葉はご存知で?」

「知らないわ、何なの?」

「教えません。秘密です」

「やり返されちゃったわね。後で調べてやるわ」


 ハエ殺し(ベラトラム)と言うくらいだから、もしかしたらとんでもない花言葉かもしれない。


 そう思いながらレオニーは白い花弁を愛しい気持ちで微笑みながら見つめ、名残惜しく執務室を後にした。






 

「――遠くから見守る、ですよ」






 

 








※後編で本編入りきらなかったので、結末として分けました。

長くなってすみません。これでも削ったつもり。

本編完了。後はしばらく蛇足話が続きます。

※作中にあるベラトラムという植物ですが、「コバイケイソウ」を参考にしており、現実のベラトラムとは違います。

花言葉も見た目もハエ殺しの別名もコバイケイソウで、あえて学名のベラトラムスタミニウムより、ベラトラムだけを抜き出しました。


読んでくださってありがとうございます┏(ε:)و ̑̑

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