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中編 女王様には家族運もないのかもしれない



 最低最悪だった顔合わせから二か月経って、婚約を公に発表するための盛大なパーティーが半年後に開かれることになった。


 同盟や友誼を結んでいる国の主要人物、国内の有力な貴族家を呼んでの朝から晩まで一週間という派手なお披露目に、ヴァルゴは目が回り魂が抜かれるほど準備に忙殺されていた。


 なおこの(かん)、ヴァルゴは婚約者であるムスカの姿を全く見かけていない。


 王宮には来ているようだが、ヴァルゴにご機嫌伺いの挨拶にすら来ていない。

 一応両親である国王夫妻に報告は上げたけれども、「長い目で見ろ」というアドバイスにも慰めにもならない、それはそれは有難いお言葉だけが返ってきた。


 ハイドラ卿からは連日謝罪文が朝一の速達便で届き、その数時間後には平身低頭謝罪するためだけにヴァルゴの住む宮に現れる。

 未来の義父(ちち)になる人だと思うと居たたまれず、ものすごく『お前の息子さあ!』と詰めて罵りたい気持ちをぐっと、ぐっと、ぐっと堪え何も言わなかった。


 王宮での婚約披露パーティーにハイドラ家が一切関わっていないこともヴァルゴには頭痛の種で(ヴァルゴはハイドラ家に降嫁する立場なのに、王家が婚家を無視している状況という前代未聞ぶりに辟易していた)、ムスカが娘であり王女であるヴァルゴに対して不敬であるという罰だと示しているのか何なのか。


 国王夫妻が何を考えてるのかさっぱり分からないまま、なぜかヴァルゴが頭を取って取り仕切らねばならず、関わる宮廷官僚も右往左往している始末だった。


 見かねた各部署の臣下たちの助けもあって、何とか形にした披露パーティーでヴァルゴはムスカと仲睦まじくとは行かず、いつの間にか消えた婚約者を無視して各国から招いた要人に挨拶をしまくることに心を砕いており、すっかり疲れきっていた。


 何しろ大人の仲間入りをする年齢だと言っても、まだ十五歳。

 頼みの綱の両親からは何のフォローもなく、普段のパーティーのように振る舞っているのだからどうしようもない。


 義父母となるムスカの両親は挨拶後なぜか騎士たちにより隔離されていて近寄れず、止める者がいないのを見越したようなムスカの礼儀を欠いた振る舞いによりストレスフルで倒れそうになっていた。


 心が折れかけたヴァルゴが少しくらい抜けて休憩したって罰は当たらないだろう。


「――あら、ヴァル。こんなところでどうしたの? お前の婚約者のムスカはどこにいるの?」


 会場の喧騒を避け、バルコニーでぼんやり月を眺めていたヴァルゴの背後から、信奉者曰くおっとりとした天上の女神の声が掛けられた。


 ヴァルゴの姉であるエリースだ。


 彼女はおっとりというよりねっとり、天上の女神というよりは獲物を前にした捕食者のようだとヴァルゴは思っている。


 ヴァルゴより濃い青の瞳が夜を映して更に翳って見えるのは気のせいではないだろう。


アレ(ムスカ)ならお姉様を探してるはずですが、お会いになりませんでした?」

「今夜はお前たちの婚約の祝いだというのに。困ったものねえ、ムスカも」


 今夜の宴も喧騒も、ヴァルゴが主役である婚約披露パーティーのせいなのだが、しずしずと隣に並んで頬に指を添えて困ったように微笑むエリースの方が余程主役めいていた。


 女の場合、髪はひっつめて高く上げる装いがゾディアーク国公式のマナーである。


 さらさら真っ直ぐなヴァルゴと違って、エリースの髪は緩い癖毛なため、毛先に向かってふんわりと広がって優雅だった。


 髪の色も、ヴァルゴは雪のような白さで光が当たると目に痛いような冷たさを感じるが、エリースは月光のようで目に優しい。


 ドレスも主役がヴァルゴであるのにデザインはほぼ同じ。けれともその素材も身に付けた宝飾品も何もかもエリースの方が次期女王であるから仕方ないけれど、グレードはかなり上のものだった。


 唯一と呼べるのは婚約したということでヴァルゴの胸元にハイドラ家の紋章(エンブレム)を付けているくらい。


 エリースはヴァルゴの胸元で金色に輝くそれを、手に持っていたレースの扇で軽く触れ、目を細めて愉快げににんまりと笑った。

 彼女の白いレースの扇には小さな鈴が付いていて、動く度にチリンと可愛らしい音が小さく鳴った。


「まあまあ、ハイドラの紋がお前に素晴らしく良く似合うこと。ムスカはわたくしのことを愛しているからお前には辛い思いをさせてしまうかもしれないけれど精進なさいな」

「はあ、まあ、アリガトウゴザイマス」

 内心で舌を出しつつ大人しく心の全くこもらない礼を述べると、エリースはヴァルゴの耳元にそうっと顔を寄せて囁く。


「……お前ももうムスカという立派な婚約者が出来たのだから、人の男(・・・)に色目を使うのはもうこの時からお止めなさい、ね」


 うふふ、と含み笑って勝ち誇ったようなエリースと正反対にヴァルゴの顔は青褪めてしまっていた。


「……なっ! お姉様知って」

「ふふ、お前は本当に抜けているわねえ。分からないワケがないでしょう? お前が誰の男に懸想しているのか。スコルピオ(あれ)は今までもこれからもずっとわたくしだけのものなの。これまでずうっとお前の未練がましい目がほんとうに嫌だったのよ? ……男好きの王女だなんて言われるほどみっともない真似はもうしないで頂戴ね」


 にこ、と小首を傾げながら微笑み、「改めて、婚約おめでとう、ヴァル」と言うとエリースはドレスの裾を翻し足音軽く会場に戻っていった。


 がくりとヴァルゴが項垂れたところでバルコニーの奥、影から声がした。

「……なるほどね、納得いった」

「リブラ」


 月明かりの下に出てきたリブラの手にはグラスが二つ。種類は違う。

 彼は濃い赤紫色の方をヴァルゴに渡すと、珍しく真面目な顔で口を開いた。


「この婚約はエリース殿下の差し金ですね、おかしいと思ってたんですよ」

「……さしがねってそんな」

あの野郎(ムスカ)が顔合わせの場であそこまで酷い態度だったんですよ? 普通破談になるじゃないですか。それが何のお咎めもなし、婚約は継続って一体裏に何があるのかって思うじゃないですか」


 ヴァルゴがしょんぼりとグラスに口を付けるのをリブラは眉を下げて見ていた。


「しかも僕とヴァル様の変な噂まで立てられて」

「それはまあ私にも反省すべき点はあるし――」


 リブラは十七歳、ヴァルゴの二歳上で侍従として仕えているが、なぜか二人は公にできない関係性だという噂が社交界の一部でまことしやかに流されていた。


 ヴァルゴが側に置けるのがリブラ以外にいないことで噂の原因になるのだろうとは思うが、重用しているのは事実だし、ヴァルゴ専属の侍女がいないこともまたその噂に拍車をかけていた。


 身の回りのことはヴァルゴ自身と、王妃専属の侍女の数人と侍女頭が合間を見て世話している。


 彼女専属の侍女もいたことにはいたのだが、ヴァルゴの持ち物を盗んだり傷を付けたり嫌がらせをしたり、考えなくとも大変なことになると分かっていても何かしらやらかして消えていくのだ。


 そうでなければ配置換えを望まれることも一度や二度ではない。


 大抵ヴァルゴにはついていけないと、エリースの側を望まれてしまう。


 当のヴァルゴは侍女を振り回した覚えなど一切ないのに当人たちがそう言うせいで、いつからか『ヴァルゴは悪い意味で手の掛かる王女』というレッテルが付いて回るようになった。

 ならばもう最初から専属なんていらない、とヴァルゴは自身で何とかするようになっていった。


 それを見かねた侍女頭が気を回してくれている。


「だとしても、なんですよ。両陛下(お二方)が手出ししない口出しすらしない、裏に何かしらの駆け引きもない。そもそもエリース殿下が関わってることすら把握しきれなかったこちらの落ち度ですので。さて、そろそろ離れないと」

 リブラはベランダに手を掛け、身を乗り出した。

「え。ねえ、リブラ」


 何するつもりなの、とヴァルゴが問おうとするとリブラは自身の口に人差し指を当てて「しーっ」とウインクする。


「ここで二人でいるとまたいらない噂を立てられてしまいますからね、お静かに。後は他の方(・・・)にお任せしましたんで。あの人となら噂になっても本望でしょう?」

「えっ」

 リブラは片手に持っていたグラスの中身を一息に飲み干すと、胸元にグラスを入れてするりとベランダから――落ちるように降りた。


「え? は?」


 手すりから下を覗き込むが、落ちた音はしない。

 不安になっていると、またヴァルゴの背後に誰かが立った気配がしたので慌てて振り返った。


「何をなさっておいでか」


 憮然とした表情と声。

 黒い髪に漆黒のマントを羽織った装いは月光を浴びた彼をまるで夜の支配者のように魅せていた。


「こ、今晩は……スコルピオ・サーペント様」

「――先ほどご挨拶頂きましたが。どうぞ普段通りスコルピオと」

「ス、スコルピオ様、良い夜ですね? ええと……」


 なぜここに、という言葉が出てこず困惑していると、どさりと足元に重い荷物が投げ出された。


「……は? え?」


 よく見なくともそれは荷物などではなく、人だった。

 ややボロボロになったムスカ・ハイドラ。


「殿下の婚約者を見かけたので」

「あ、ありがとう、ございます? も、もしかしてこれはスコルピオ様がぶんなぐ――」

「いえ、見付けた時からこの状態でした」

「あ、そうですか」


 てっきりスコルピオがボコしたのか、また後片付けが面倒なことになるのかもと一瞬思ったが、違うようでヴァルゴは少し安心した。


「殿下はコレ(・・)で大丈夫ですか」


 スコルピオの視線は伸びているムスカに投げられている。


「あー、大丈夫ではないですけど、仕方ないというか。諦めてるというか」

「では殿下はコレ(・・)を好んでいるわけではないのですね」

「まあ、好みはしません……」


 何を好き好んで姉に侍るような男に心を寄せなければならないのだ、とヴァルゴは少し悲しくなった。


 そこへもってきてこの半年間の忙しさ、臣下(ぶか)からは気を使われているが身内からは一切顧みられない日々、ムスカに言われてから集めて知った心ない噂話、目の前に立っている黒い夜の王にただ見惚れていたいのに、それすらエリースから釘を刺されてしまっていること。


 全部がごちゃ混ぜになって、ぐるぐると泥水をかき混ぜたような気持ちになってたまらなくなってしまったヴァルゴの視界がぼやけてくる。


「ううぅぅぅう゛う゛~~」

「殿下、唸ると顔が大変なことになります」

「……唸っで()せんんん」


 やれやれ、とスコルピオはひとつ溜め息を吐いてハンカチを取り出すと、ヴァルゴの顔に押し当てる。


「落ち着いて鼻でもかんでください。ああ、返さなくて良いです、差し上げます。王女の(はな)を集めるようなマニアックな人間ではないので」

「|がびばぜん、はななんで《かみません、鼻なんて》」


 ヴァルゴはずびずびいわせながら結局スコルピオのハンカチで鼻もかんだ。



       * * * * *



 王族の子供は多くの同年代の子供と触れあう機会が少なく、決まった顔ぶれの中で、未来の側近であったり相談役であったりを選んでいくのだが、遊ぶとなるとやはり身近なのは兄弟姉妹だ。


 ヴァルゴが姉妹で遊ぶといっても、エリースとは五歳離れているので、一方的に振り回されるだけのものばかり。


 姉のエリースはレオニーを可愛がっていたかと聞かれれば「どうだろう」という曖昧な感想が周囲の総意だ。


 例えば――。


「かくれんぼしましょう、わたくしがヴァルを捕まえるわ」

 ずっと隠れていたのに見つけてもらえないまま晩餐まで放置されびえびえ泣いたことは両手で足りない。


「着せかえごっこをしましょう、ヴァルはお人形の役よ」

 鏡の前でトンデモ化粧を施され、ぐるぐると妙な柄の布をこれでもかと巻き付けたまま廊下を歩かされびよびよ泣いたことも両手で足りない。


「お花摘みをしましょう」

 スコップを持ったエリースが、せっせとミミズや芋虫や何かよく分からない毒々しい虫をヴァルゴに投げつけて足や腕、顔まで腫らしてギャン泣きしたことは忘れられない。


 エリースは都度見かけただろうスコルピオやリブラに注意されていたが、聞いて改める様子はなかった。


 当時は両親もエリースに注意してくれたが、その後でヴァルの元に来て、人からは見えない太ももの内側やお腹を蹴ったり抓って鬱憤を晴らすようになった。

 報復行為については一度だけ訴えたことがあるが無駄だったので、以降は誰にも言わなかった。


 言えばまた報復されてキリがないし、エリースが妹であるヴァルゴにそこまでしているとは誰も思わないせいで。


 そういう日々は幼いヴァルゴの心を荒らしていく。

 それでも心に少しの救いはあった。


 ちょっとだけでもスコルピオに気にしてもらえている、守られているという優越感をヴァルゴに抱かせたし、そんな風に思う自分自身に少しばかりの嫌悪感も同時に抱いた。


 とにかく。

 ヴァルゴは素敵なお兄さんが自分を気にかけてくれていることにときめいていた。


 だから、エリースの婚約者がスコルピオなのだと聞かされたときには酷く落ち込んだ。

 本当のお兄さんになるから自分に優しくしてくれたのだと理解すれば、寂しいけれど納得もした。



       * * * * *



 そうして封印していたスコルピオ・サーペントへの恋心が爆発してしまったのはみっともなく彼の前で泣き顔……鼻水まで垂らして唸って見せたこの時だった。


(未練がましい……お姉様の言う通りよね。いつも彼がどこにいるか探してたもの)


 スコルピオのハンカチを自身の体液でべしょべしょにしながら、実らない片思いに終止符を打つべき時が来たことを悟って、ヴァルゴの涙は止まらなかった。






 

 








ムスカは例のあのムスカとは関係ないです。

ハエ座から名前を取りました┏(ε:)و ̑̑

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