好みのめんどくさい鬼に恵方巻きを振る舞ったらめんどくさいことになった。
節分の夜、とある山間の村では、古くから伝わる伝統的な儀式が行われていた。村の広場に組まれた大きなやぐらの上で、一人の屈強な男が、村人たちが投げる豆を、全身で受け止めている。
3メートルは超えていそうな巨躯と、真っ赤な肌、非人間的な半裸の男は、いわゆる赤鬼だ。
「鬼は外!福は内!」
村人たちは、赤鬼へ威勢よく豆を投げつける。子どもたちはもちろん、大人たちも笑顔で豆を投げ、広場は活気に満ち溢れていた。
実はこの村では毎年、節分の夜に、本物の鬼を呼び寄せる儀式を行っていた。 呼び出した鬼に、一年の厄災をすべて引き受けてもらい、追い払うことで、無病息災を願うのだ。
そして、この儀式には重要な決まりがある。
儀式の最後には、鬼へご馳走を振る舞うのだ。
毎年村の女性たちが腕によりをかけて作るご馳走は、鬼への感謝を表すものだった。
そして今年も儀式は滞りなく行われ、境内に設けられた即席の宴会場へ、大きな身体をした赤鬼が現れた。
「人間どもよ、よくも我を呼び出したな。今年の厄、しっかりと引き受けてやろう…」
赤鬼は、地響きのような低い声で言った。その声には、怒りや憎しみというよりは、どこか達観したような響きがあった。
「さあ、約束のご馳走はどこかな?」
そう、この鬼は毎年招かれる、いわば常連の鬼。
厄払いのあとのご馳走を、毎年楽しみにしていたのだ。
「おぉ、それはそれは、鬼様。こちらにご用意してございます」
村長が示す先には、色とりどりの料理が並べられた長テーブルが置かれている。
煮物、焼き魚、天ぷら、そして……今年は、見慣れない大きな海苔巻きが、皿の上に鎮座していた。
「ほう、今年は趣向を変えたか。どれどれ…」
赤鬼は、その見慣れない料理に興味津々だ。
長年この村の厄払いを行って来たが、海苔巻きなどという料理が出されたのは、今年が初めてだった。
「ああ、鬼様。それは恵方巻と申しまして、近頃、町の方で流行っているそうでございます。今年の恵方は……」
村長が今年の恵方を確認しているのを、赤鬼は適当に聞き流していた。
正直、食べるのに夢中な赤鬼は、細かいことは気にならない。
赤鬼は、大きく口を開け、恵方巻にかぶりついた。
「む……!?」
次の瞬間、赤鬼の顔が、激しく歪んだ。
「な、なんだこれは……! この、このしなびた緑の……!」
赤鬼は、口から恵方巻を吐き出し、テーブルに突っ伏した。中には、無残にもかじられ、ふやけてしなびたきゅうりが、顔を覗かせている。
「お、鬼様!?どうされました!?」
村長が慌てて赤鬼に駆け寄る。しかし、赤鬼はそれどころではなかった。
「きゅうりだ……よりにもよって、太巻きの中にきゅうりが入っておる……!あの、ふにゃふにゃの、水分でべちゃべちゃになったヤツが……!他の具材の味を台無しにする、あの最悪のきゅうりが……!」
赤鬼は、震える声で言った。そう、この鬼は、太巻きの中の、あのしなびたきゅうりだけが、この世で一番許せなかったのだ。
新鮮なきゅうりなら、まだ食べられる。しかし、酢飯や他の具材と長時間一緒にされ、水分でふやけ、青臭さだけが残ったあの状態のきゅうりだけは、絶対に許せなかった。
あの食感は、他の具材の味を邪魔し、太巻きの味を台無しにする。彼にとって、太巻きの中のきゅうりは、もはやただの邪魔者でしかなかった。
母ちゃんの太巻きには、きゅうりなんて入ってなかったのに……!
「我は……こんなもののために、厄を…!」
赤鬼の目から、大粒の涙がこぼれ落ちた。それは、絶望と、怒りと、悲しみの涙だった。
「許せん、許せんぞ……! 太巻きの中のきゅうり……! そして、それを良しとした人間ども……!」
赤鬼は、ゆっくりと立ち上がると、怒りの形相で叫んだ。
「この恨み、晴らさでおくべきかぁぁぁぁぁ!」
赤鬼は、集会所を飛び出し、夜の闇へと消えていった。
残された村人たちは、何が起こったのか理解できず、ただ呆然と立ち尽くしていた。
それから数時間後。
再び村に、鬼の咆哮が響き渡った。今度は、本物の怒りに満ちた、恐ろしい咆哮だった。
赤鬼は、村中を暴れ回り、恵方巻を売る店を次々と襲撃した。
「太巻きにきゅうりを入れるでない! あのしなびた食感と、他の味を邪魔する青臭さが、どれだけ不快か、思い知るがよい!」
鬼の憎しみは、恵方巻き以外の太巻き全てにまで及んでいた。
村人たちは、豆を投げつけるも、怒り狂った赤鬼には全く効果がない。
そりゃそうだ、毎年ピンピンしてるもんな。
「誰か! 誰か、あの鬼を止めてくれ!」
村人たちが絶望に打ちひしがれていたその時、一人の若者が、大きなロールケーキを持って現れた。
「鬼様! これを食べて、どうか怒りを鎮めてください! これは、恵方巻きを模したロールケーキです! きゅうりは入っていません! もちろん、しなびてもいません!」
若者は、震える声で言った。甘い香りが漂い、きゅうりの気配は全くしない。
きゅうりが入っていないのなら、食べてやってもいい。
そう思った赤鬼は、若者からロールケーキを取り上げ、一口食べた。
「…!?」
次の瞬間、赤鬼は再び、顔を激しく歪ませた。
「なんだこれは……! クリームの中にフルーツが……! フルーツが入ってるじゃないか!」
赤鬼は、ロールケーキを地面に叩きつけた。
「我は、フルーツの入ったスイーツが大っきらいなんだ!」
おしまい
この作品は、Gemini2.0 Experimental Advancedへ、そこかしこに並ぶ恵方巻きに入っているきゅうりが憎いと愚痴って出力された文章を元に作成しました。