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7.ランクS『無垢なる水の地下洞』③

 地底湖の縁に立ち、水面にプカプカと浮かぶ白ワニの焼死体を睨みながら、ため息をついた。


「濡れるの嫌だなぁ…まぁ、やるしかねぇか。」


 アグニは湖の向こう岸までふわりと飛んでいった。

 …畜生、我関せずかよ。


 俺はというと、当然泳ぐしかない。

 カメラは幸い防水仕様。バッグも最低限の耐水加工がしてある物だし、そもそも濡れて困るものは予め防水ポーチに仕舞ってきた。

 『無垢なる水の地下洞』だからな。その辺の対策は抜かりない。


 問題は薄暗い地底湖を泳がなくちゃいけないこと。

 …あのワニ、一匹だけなんだろうか?一応、【危険察知】は無反応だが…。


 おそるおそる、底冷えするような冷たさの水に浸かる。

 …そして、気配を殺して白ワニの横を通過する。

 頭は文字通り炭になってるが、やはりあれだけデカいと死んでいても威圧感がある。


(…いきなりガバッとか動かないでくれよ、頼むから。)


 内心でそう願いつつ、慎重に泳いで通り抜けた。


 奥まで進むと、湖の底を白く光る影が何度も行き交っているのが見えた。

 あれは――魚?

 目を凝らすと、どれも目が退化していて色素が薄い。

 どうやらこの地底湖には、白い盲目の魚たちが棲んでいるようだ。

 さっきのワニは、こいつらを食って生き延びてたのかもしれない。

 …?なんだろう…ちょっと違和感があるが…。


 やっとのことで向こう岸にたどり着いて這い上がった。

 濡れた服が肌にピッタリと貼り付いて、歩いているだけでバカ寒い。


『…随分と遅かったな。待ちくたびれたぞ。』


 …おお、おおおお。


『…何だ貴様っ!?近いっ!濡れるから近づくなっ!!』


「…アグニあったけぇ…。」


 濡れた体に、アグニの放つ熱気がありがてぇ…。

 …これなら服もすぐ乾くな。


 ひとごこちついて、改めて辺りを見回していると、なんだか奇妙なものが視界に入った。


「…なんだコレ、金属の箱?」


 地面に転がる四角い金属の塊。

 上部に蛇口のようなノズルが複数ついていて、側面には細かい文字が刻まれているようだ。

 …なんて言うか…ドリンクバーの機械に見えなくもない。


 こんな時こそスキル【鑑定】の出番だ。



【ポーション製造機】ランク:A

 空気中に存在する微量な魔力を吸収し、全自動で回復薬を製造する機械。

 別途容器が必要。

 現状:スイッチOFF 再稼働可能



「…ポーション?って、あのポーションか?」


 前世の世界で冒険者の必需品だった、あの赤い回復薬。…その製造装置が、なぜこんなところに?


『ふむ…この世界に存在しない技術が使われているな。貴様のいた異世界からの、言うなれば漂着物の様な物かもしれん。』


 アグニが肩越しにそう言った。

 漂着物…確かにこんな機械、現代日本のどんな技術とも一致しない。


 …それはまぁ良いとして…。


「持ち帰るにしても…ちょっとデカすぎるな。」


 小型の仏壇くらいのサイズがあるんだよな…。

 …これを背負って地底湖を渡りきる自信は無ぇなぁ…。


 そんなことを悩んでいると、製造機の影に何かが落ちているのを見つけた。

 革張りの表紙に金属でできた『扉』の装飾の本。まるで魔導書のような外見だ。


 再び【鑑定】。


錬金術師(アルケミスト)驚異の部屋(ヴンダーカンマー)】ランク:S

 異世界の錬金術師が愛用していた収蔵型魔導書。防水・防汚・防火仕様。

 ページの数だけ中にアイテムを収納でき、ページを開くことで中身を出し入れ可能。

 全320ページ/4ページ使用中

 〈現在鍵部分が破損しており、強い衝撃を受けると中身が飛び出す恐れがある。〉


「…なんとなく、話が見えてきたな。」


 おそらく、最初にこの世界へ漂着したのはこの本――【錬金術師(アルケミスト)驚異の部屋(ヴンダーカンマー)】だったのだろう。

 外で見た「枯井戸神社の歴史」…あれと照らし合わせて考えるに、おそらく…。


① 異世界から漂着した際、鍵が壊れて中身が飛び出す。【ポーション製造機】も外へ。

② 製造機のスイッチがONになり、地下空間が回復薬で満たされる。

 (飛び出した他のアイテムはこの時に流されたか?…おそらく“苔の奈落”の底だろう。もったいない!)

③ 回復薬が井戸の水源まで染み出し、「癒しの水」として重宝されるようになる。

④ある時、大地震でスイッチがOFFになり、井戸が枯れた――


 …全部俺の想像でしかないが、遠からずといったところだろう。


「そうだな、早速試してみるか。」


 本を手に取り、【ポーション製造機】に向けてページを開く。

 ページが光を放ちながら、まるで「飛び出す絵本」を閉じるかのように収納していく。

 …数秒で光は治まり、そこには古い洋書の挿絵のようになった【ポーション製造機】が描かれていた。


「…ハハッ、便利すぎだろ【錬金術師(アルケミスト)驚異の部屋(ヴンダーカンマー)】。」


 まさに俺にうってつけのアイテムだ。

 それに…なかなか良い趣味をしてる。

 表紙の装丁も凝っているし、収納時の演出もまさにマジックアイテムといった感じでカッコイイ…!

 …これを愛用していたという錬金術師とは、良い友達になれそうだぜ。


 本の中にはまだ幾つかアイテムが残されているみたいだが…確認は宿に戻ってからにしよう。


「…さて、帰るか!」


 今回の探索は実りの多いものになった…残念なのは、恐らく流された大量のアイテム達。

 【盗賊の鼻】が反応しなかったということは、全て壊れたか回収不可能なんだろうなぁ…。


 そんなことを考えながら、再び冷たい地底湖に身を沈めた。

 

 …あぁぁクソ冷たいっ…!!

 こんなことならゴムボートでも準備しておくんだったぜ…!


『…あ゛ぁ…?』

 

 突然、先行して浮かんでいるアグニがダミ声をあげた。

 

「…どうした?なんか女子が出しちゃいけないような声出して?」


 しばらく無言で浮かんでいたが、ゆっくり振り返って俺に声をかける。


『…おい貴様。さっきの話が本当なら、この湖もポーション――回復薬なのか?』


 アグニの言葉に、俺は水を掬って舌を少しつける。


「…ペッペッ。…地下水で相当薄まってるけど、ほのかに甘い。間違い無く回復薬だな。」


 泳ぎながら答えると、背後から違和感。

 俺が泳ぐ以外の、微かな水音。


『…白ワニの死骸が、無いぞ。』


「え?」


 慌てて振り返った。


 ――その時、水面が爆発的に盛り上がった。


『ゴオァァァァァァッ!!』


「うおおおおおおッ!!?」


 飛び出してきたのは、さっき炭にしたはずの白ワニ。

 傷一つ無い、いや、むしろそれ以上に元気な姿で、大口を開けて俺に飛びかかってきた。


(回復しやがったのかッ!?)


 アグニが何かしようとしているが、ワニとの射線上に俺を挟んでいる。

 位置が悪すぎる。


 凶悪な牙が、俺の頭を食いちぎろうと眼前へと迫る…!!





 

「…っぶねぇぇぇ~!!マジで食われるところだった…!!」


 俺はしばらく心臓の鼓動が収まらず、まともに息もできず、プカリと水面に浮かんでいた。


 

 あの瞬間、反射的に突き出した右手。手にあるのは、【錬金術師(アルケミスト)驚異の部屋(ヴンダーカンマー)】。

 無造作に開かれたページと白ワニが光に包まれ――パタパタと折りたたまれる紙のように本の中へと吸い込まれた。


「…コイツが、生き物も入ってくれて助かったわ…。」


 新たに埋まったページには、大きく口を開いた白ワニの姿が描かれていた。

 …改めて見ても怖すぎる…マジで笑えねぇ…。


 俺はもう一度安堵の息を吐き、名も姿も知らない異世界の錬金術師に感謝するのだった。

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