64.盗賊、入国する
「…先輩!アリババ先輩!!起きて下さいよ!」
まぶたを開くと、湯取が俺の肩を掴んで揺すっていた。
「…なんだよ湯取、もうちょっと寝かせてくれよ…。」
「何言ってるんスか!もう到着するみたいっスよ!ほら!」
窓の外を指差す湯取に釣られて視線を向けた俺は、眼下に広がる景色に思わず息を呑んだ。
砂色の大地に突如として現れる、光とネオンの洪水。
宝石箱をひっくり返したような煌めきの中、色とりどりのテントがぎっしりと並び、重武装の装甲車や軽戦車が我が物顔で走り回っている。
その中心には、円形に林立する高層ホテル群が、要塞じみた威容を誇っていた。
「ここが…ブラックマーケットの国、カスヴァル共和国か…!」
さっきまで眠気まなこだった俺も、すっかり目が覚めた。
◇ ◇ ◇
ステルス状態のヴィマナをスラム外縁の上空に停泊させ、俺たちは夜明け前の薄暗がりに紛れて地上へと降り立った。
下船手段はもちろん、乗船時の逆バージョン。
…ほーら、宇宙人が攻めて来たぞ~。
眼下に広がるのは、瓦礫と粗末なテントが入り乱れるゴミ溜めのようなスラム。
焚火の煙と油の臭いが鼻を刺す。
「…今さらだけど、俺ら完全に密入国なんだよなぁ。」
「何を今さら。魔人にアノマリー、アンドロイド…正面から入国審査なんて受けたら、即拘束されるわよ?」
beeは淡々とそう言って、紅いスカーフを首元に巻き直した。
『…それでは、宿が決まりましたら連絡致します。何かあればそちらの子機にお伝えください。』
プシュパカは子機数台を従えて、今夜の宿をおさえに向かうとのこと。
しばし俺たちとは別行動だ。
遠くに見える高層ビルの合間から、朝日が昇っていくのが見える。
それを見たbeeが自らの腕時計を確認した。
…お前、時計の時差調整済みなの?…流石に準備が良いな。
「さてと…それじゃあ、調度いい時間帯だし…朝市、覗いてみる?」
「「行く!!」」
即答した俺と湯取を見て、beeは肩を竦めた。
「早朝のテンションじゃ無いわね…。」
◇ ◇ ◇
市街地に足を踏み入れると、そこには混沌が広がっていた。
湯気をあげる焼きたての平パンや香辛料の匂いが漂う屋台の隣には、ピカピカに磨かれ整備されたアサルトライフルが並んでいる。
見覚えの無い果物山盛りのテントの横で、檻に入れられた爬虫類が無造作に売られている…ペットショップ…だといいなぁ…。
「うおぉ…なんつーか…カオスっスねぇ!」
「“なんでもあり”って感じだなぁ。おっかねぇ…けど、ちょっと面白ぇな。」
異国情緒あふれる(?)朝市の喧騒に圧倒されつつも、俺の心臓は高鳴っていた。
「…さぁ、ここからが本番よ。」
beeが人波をかき分け、俺達にケバブっぽい食べ物を手渡す。
…いつの間に買ってきたんだ?行動力パネェな。
「…なぁ、さっき爬虫類売ってた店の逆隣に、このケバブっぽい料理が売ってるのが見えるんだけど…これ本当にケバブ?」
俺の質問に、beeはただ微笑みかける。
「この辺りの露店には時たま、ガラクタに混じってアノマリーが売られてることがあるの。大量の偽物やガラクタの中から、価値あるアノマリーを探し出す…。盗賊スキルの絶好の舞台だと思うのだけれど?」
「…良いね。その勝負乗ったぜ!」
俺の答えに、beeはふっと口角を上げた。
「そうこなくっちゃ。それじゃあ――異世界盗賊のお手並み拝見といきましょうか。」
眼前には多種多様なテントや露店…いずれも怪しげな雰囲気がプンプン漂っている。
そこに並ぶのは、用途不明のガラクタの山、山、山…。
でっかい歯車、先住民風の木彫りの像、錆びた鍵束、大穴のあいた鉄兜、パチモンっぽいソフビ人形…。
鉱石、宝石、化石に…漬物石?
よくもまあ…こんだけのガラクタを集めたもんだ。
『…おう、どうした兄ちゃん。何か買っていくのかい?』
俺が眺めていた露店の店主が、いぶかしげに俺に話しかけてくる。
…いかんいかん、今俺すっげぇしかめっ面してたわ。
『う~ん…もうちょっと良く見させてもらえるか?なに、時間はさほどかけないからさ。』
そう言うと俺は心の中で、【鑑定】スキルを連続発動する。
(【鑑定】【鑑定】【鑑定】【鑑定】【鑑定】【鑑定】【鑑定】【鑑定】【鑑定】【鑑定】…!!!)
目につく品物に片っ端からスキルをかけ終わった俺に、湯取が話しかけてきた。
「…アリババ先輩、どうだったっスか?」
「…ふっふっふっふっふっ…。」
不敵な笑みを浮かべた俺は、湯取の耳元で小さく囁く。
「…この店マジでガラクタしか無ぇわ。次行くぞ、次。」
こちらを睨んでいる店主に愛想笑いを返し、次の露店へと移動する。
…すっげぇ睨んでくるな、あのオッサン。
…聞こえて無ぇよな?ちゃんと日本語だったし。
…それにしてもコレ、本当にアノマリーとか混じってるのか?
その後も、俺は露店の商品に片っ端から【鑑定】スキルを使用していき…。
…空の色がすっかりオレンジ色に染まった頃。
「…あ、あのガラクタ屋だ。って事は…やっと一周したのか。…疲れたぁ…。」
「お疲れ様っス、アリババ先輩!!いやぁ、かなり時間かかったっスねぇ~。」
「…買い物の途中でカスヴァル紙幣持ってないことに気付いたからな。…beeに用意しておいてもらった口座から出金するのに、意外と手間取っちまった。」
beeが言うにはカスヴァルで現金を用意するならココ!っていう定番のブローカーを通して手配してもらったらしいんだが、手数料が馬鹿みたいに高かった。…いや、マジで馬鹿高かった!!
しかもカスヴァル共和国…なんかインフレ真っ只中らしく、当座の資金にと日本円で二千万円分程カスヴァル紙幣で用意してもらったら、馬鹿デカいアタッシュケースに紙幣がギッシリ…。
…そう、カスヴァル紙幣は、異常にかさばるのである。
…マジでしょうもないジョークみたいだ…。
…まぁ、荷物がどんなにかさばろうとパワー馬鹿の魔人・湯取がいる。
いざとなれば俺も私服の下に強化服を着こんでるし、余裕余裕。
という訳で、馬鹿デカいアタッシュケースを担いだ馬鹿を従え、一通りの露店で【鑑定】してまわった結果…。
「…本当、驚いたわ。話には聞いていたけれど…探せばあるものなのね。」
『…これが本当にアノマリーなのか?他のガラクタと全然見分けがつかんぞ。』
素直に驚いているbeeと、ばっちい物でも触る様に指先でアノマリーをつまみあげるアグニ。
湯取が抱える開いたアタッシュケース…そこには三分の一程度に減ったカスヴァル紙幣と、俺が【鑑定】で見つけ出してきた十数点のアノマリーが雑多に入っていた。
「まぁ、ほとんどがD~Cランクのアノマリーだからな…それでも、結構面白そうな能力なんだぜ?…ちなみに今アグニがいじってるヤツ、【不滅のインク瓶】って言ってな。永遠にインクが枯れないらしいぜ!書き心地は悪いらしい!」
『…本末転倒じゃないか…というより、間違って倒しでもしたら悲惨だろう…。』
しかめっ面でアグニが言う。
…確かに、誤って倒したら永遠にインクがこぼれ続けるな…。
…大惨事じゃねぇか。
「…でもでも、流石アリババ先輩っス!Bランクのアノマリーも一つゲットしたんスもんね!」
「…ちょっと店主に粘られたんで、予想外に出費が出ちまったけどな…。」
掘り出し物のBランクアノマリーだったけれど、言い値で買おうとしたら「コイツ等金持ってる!」と思われたらしく、あきらかに値段をつり上げてきやがった。あのクソババア…。
「それでも、Bランクアノマリーが三百万程度で手に入ったんだもの。これは流石にアタシの負けを認めざるを得ないわね。」
そう言いながらもbeeは笑っている。ま、別に勝ち負けじゃ無いしな。
「さてと…そろそろプシュパカに連絡して、今夜の宿へと向かうか。戦利品も改めてじっくり鑑定したいし。」
俺がそう言うと、beeが思い出したように口を開いた。
「…ちなみに日が落ちたら、スラムには近づいちゃ駄目よ。…遠い異国の地で、オールヌードなんて嫌でしょう?」
「何それ怖い。…まぁ、俺達ならどうとでもなるだろうけど、わざわざトラブルに巻き込まれんでもいいか。」
「それだったら、アリババ先輩!目立っちゃうんで、手に入れたアノマリーを仕舞ってもらっていいっスか?ホラ、例の…【ハンマーカンマー】?」
「【錬金術師の驚異の部屋】な。」
馬鹿なことを言う湯取をあしらいながら、プシュパカ子機の案内で宿へと向かう。
暗くなり始めた商店の店先には、色とりどりのランプが灯り始めていた。




