59.ブラックマーケットに行こう③
(どこからどう見ても普通の住宅街…本当にこんな所で待ち合わせ?)
カスヴァル共和国への渡航予定日、早朝。
私は数日前、「アリババの代理人」を名乗る人物から受けた連絡に従い、指示された住所まで足を運んでいた。
当然怪しくも思ったのだが…そもそもアリババとの連絡に使用している電話番号は「アリババ専用」に用意した物。ここに電話をしてきている時点で、彼女は間違いなくアリババの手の者だ。
…それにしたって…。
(いわれるがまま、飛行機もキャンセルして来ちゃったけれど…なんか心配になってきたンゴねぇ…。)
自分の早計に後悔をしていると…到着してしまった。…指定の住所に。
(小綺麗ではあるけれど…普通の一軒家?…どうなってんのコレ…。)
私が間違えた?…いや、確かに連絡を受けた住所に間違いない。
少し思索するも、私は意を決してインターホンを鳴らした。
『…はい、どちら様でしょうか?』
聞き覚えのある声。
先日電話をかけてきた「代理人」の声だ。
「本日お約束をいただいている雁木です。」
『お待ちしておりました。どうぞ中へお入りください。』
ガチャッという鍵の開く音。
…私は細心の注意を払いながらドアを開き、内部へと足を踏み入れた。
一瞬、視界が回転するかのような酩酊感を覚えたが、すぐにその違和感は消えた。
そして、目の前に見えたのは…。
「…ちょっ…何よコレ……?」
確かに家の中に入ったハズなのに、今自分が立っているのは広大な面積の芝生の上。
振り返るとそこには先程入った家とは桁違いの、正に「白亜の豪邸」といった建物が。
…空間転移?ノクス・ミラビリスの人間に転移魔法使いはいたけれど、アレとは少し違うような…。
…そして、嫌が応でも視界に入ってくるのは、巨大な青い機体。
一目見て「現行人類の造った物では無い」と理解する。
青く金属光沢を放つ機体は生物的なフォルムを有していて…大型の水生生物を思わせた。
…「移動手段はコチラで準備致しました」って、まさかコレの事!?
こんな目立つ乗り物に乗って行くって…正気?
『お待ちしておりましたbee様。私はアリババ様にお仕えしております、プシュパカと申します。』
掛けられた声に振り向くと、そこには燕尾服のようなものを着た女性…いや、アンドロイドか?
恐ろしく整った顔立ちと、美しい所作。…そして、微かに聞こえるモーター音がそれを証明している。
『さあ、マスターがお待ちです。こちらへどうぞ。』
先を促されると同時に、プシュパカと名乗ったアンドロイドと同型と思われるアンドロイド(なぜかこちらはメイド服姿)が隣に来て『お荷物をお預かりいたします』と言うので、私はスーツケースを手渡す。
ちょっと…マジで何者なのよ、アリババちゃん…?
「お、来たかbee。今回はマジで誘ってくれてサンキューな!」
気の抜けた顔で私を出迎えたのは、この謎空間や謎機体の持ち主と思われる男…アリババ。
青い謎機体の前にはアリババの一味と思われる者達が揃っていた。
「…そうだな、一応改めてメンバーの紹介でもしておくか。お~い湯取!」
呼ばれて飛び出してきたのは以前、宗教団体「キオーンの声」の地下で共闘した青年。
(…うっはwww久々の生ユトリきゅんキタwww)
旅行用のおめかしなのか暗い赤色のジャケットと、白のボトムス…細かな硬質のプレートが重なる様に並べて取り付けられている…って。
…違う、あの服多分アノマリーだ。
よく見ればレザージャケットの方も何か特殊な素材…滑るような光沢を放つ鱗の並んだ甲殻、スケイルメイルならぬスケイルジャケットとでも呼べばいいの?
(ユトリきゅん身長高いからお洒落に着こなすなぁ…尊い…。)
「コイツは俺の元・バイトの後輩で湯取。最近魔人に転生した0歳児だ。」
「ウス!俺、魔人一年生の湯取っス!最近のマイブームは【眷属召喚】と【グラビトン】っス!」
何処からか巨大な十字架型のアノマリーを取り出して肩に担ぎ、キメ顔で親指を立てる。
…どうしよう、何処からツッコめばいい…?
「えっと…あ、うん——」
「で、こっちの全裸がアグニ。【焔のアヴァターラ】っていう異星人が遺したランクSアノマリーで、あの姿は邪馬台国の卑弥呼の護衛だった名残なんだと。」
『…我は【焔のアヴァターラ】アグニ!…今はこの男を主としている。』
アリババの後方で腕組みをしていた全裸の女性が前に出て名乗る。
全裸と言ってもその体はうっすらと透けており、炎の様に揺らめき続けている。
…そういえば、彼女はいつもアリババの側にいるな…全裸で。
…って、何?今何て言った?
異星人?卑弥呼?
「はっ?異星人って…ええっと——」
「こっちの燕尾服がプシュパカな。そこにある恒星間探査船「ヴィマナ」のAIで、後ろに大量に並んでるメイド服は子機みたいなモンだ。」
『お初にお目にかかります、bee様。今回は私が責任をもって、快適な空の旅をご提供させていただきます。』
えっと…
「…たんさ…せん——」
「あ、一応俺も自己紹介しておくか。アリババって名乗ってるけど本名は馬場有人な。俺って最近前世の記憶が蘇ってきて、異世界で盗賊だった頃のスキルが使えるようになったんだ。んで、そのスキルを有効活用してトレジャーハンターに——」
「待って!!!!…情報量っ!!!!情報量が多すぎるっ!!!!」
くっ…落ち着け私っ!!…トレジャーハンターbeeは狼狽えないっ…!!
…え~~~~~~~~~っと…無理やりにでも要約すると。
・湯取くん、魔人(何それ?)、異能持ち。
・アグニさん、ランクS(?)アノマリー、異星人が造った。
・プシュパカさん、あの青い機体のAI、アンドロイドの手下が沢山いる。
・そして…アリババ、自称・異世界転生主人公で盗賊、本名:馬場有人(何故名乗った!?)…。
(これ…どこからどこまでが真実なの?…なんか私、試されてる?)
私は一度大きく深呼吸をすると、馬場…アリババを問いただすことにした。
「…なんで?何故急に、手の内を晒したの?」
目の前の眠そうな顔の男は、しばし思案した後に口を開く。
「う~ん…正直に言うと、これから何日か一緒に行動するのに、色々隠し事しながらってのが面倒になった。そんなのいつか絶対ボロが出るし…まぁ、今更beeと敵対する事も無いだろうしな。」
これは…言葉の通り「面倒になった」と取るか、それとも「信頼」と取るか…。
「それにしたってアナタ…本名までバラすなんて…正気なの?」
私がそう言うと、アリババは頬を掻きながらバツが悪そうに言う。
「まぁ、それに関しては…こっちが一方的にお前の本名まで知っちゃってるからな…。」
…そうだった。
アリババには何故か私の本名がバレていた。
…さっきの話を信じるなら、これも異世界盗賊の異能…なの?
以前、ノクス・ミラビリスで「盗賊」の職業と異能を持っているとは言ってたけれど…。
「…さ、立ち話も何だ。続きは「ヴィマナ」の中でにしようぜ。」
そう言ってアリババが一度手を叩くと、青い機体から私達に向けて光が降り注ぐ。
…えっ浮いたっ!?ウソ吸い込まれるっ!?
ちょっと!こういうのはちゃんと事前に説明っ…あ~もうっ!!
こうなったら徹底的に話を聞かせてもらうんだから!…覚悟しろよ、馬場有人っ!!




