57.ブラックマーケットに行こう①
「…先輩!アリババ先輩!!起きて下さいよ!」
…まぶたを開くと、湯取が俺の肩を掴んでゆすっている…。
「…なんだよ湯取、もうちょっと寝かせてくれよ…。」
「何言ってるんスか!もう到着するみたいっスよ!ほら!」
そう言って湯取は窓の外を指差す。
つられて覗きこんだ俺は、眼下の景色を見て思わずほくそ笑んだ。
砂色の大地の上に唐突に現れる、まるで宝石箱をひっくり返したような光とネオン。
色とりどりのテントの屋根が密集し、重々しい装備の装甲車や軽戦車が走り回る。
そして遠くに、円形にそびえる高層ホテル群が見えた。
…あれがオークション会場か。
「ここが…ブラックマーケットの国、カスヴァル共和国か…!」
~ ~ ~ ~
beeからのお誘いの電話をもらった俺は、改めて詳しい話を聞くことにした。
みんなに聞こえるよう、通話モードをスピーカーにする。
『中東にあるカスヴァルって国を知ってる?』
「カスヴァル…ああ、ニュースで聞いた事あるな。治安が悪いことで有名な某国の隣にある小国だっけ?…たしか内戦だかで国が分裂して生まれたとか。」
『…大体合ってるわ。その内戦で経済基盤が崩壊した末、闇経済に国全体が寄りかかるようになり、今では世界最大規模のブラックマーケットを“観光資源”にしている国よ。国公認の無法地帯、ってワケ。』
「おお、国をあげてのブラックマーケットか…腐ってんなぁ。」
俺が呆れ混じりに言うと、受話器の向こうでくすっと笑い声がする。
『でも、そういう国じゃなきゃできないスケールの市場なのも事実なのよ。カスヴァルのブラックマーケットには世界中のトレジャーハンターやマフィア、金持ちやコレクター、それに非合法研究者らが集まってくるわ。…中には、アタシやアナタ達に因縁が深い組織も…ね。』
『…ほう、オルテックスか。』
俺の隣で腕を組んだアグニが、目を閉じたまま低く呟く。
「うげぇ…マジっスか…。」
湯取の顔色がみるみる青ざめていく。
『肝心の闇オークションなんだけど、基本的には「招待状」を持ってる者のみが参加できる完全招待制なんだけれど…。』
「え?それじゃ俺達入れないじゃん。…あ、でも招待客ってなるとコッチの素性が丸裸になるのか…う〜ん、正体は知られたくないしな…。」
『…何事にも“抜け道”ってものがあるのよ。このオークション、大金を支払えば招待状無しでも参加できるのよ。…まぁ、その金額が莫大なんだけれどね。…アナタなら払えるでしょう?』
「うぇ…?…一体いくらなんだよ?」
受話器の向こうのbeeが、いたずらを仕掛ける子供のようにもったいぶって言う。
『……10億。』
「じゅっ…!!」
桁外れの金額に思わず吹き出す。
「( д) ゜ ゜」
…湯取に至っては目玉が飛び出すんじゃないかってほど目を見開いて硬直している。
じゅ…十億…円!?バッカじゃねーの!!
十億なんてそんな大金、払えるワケ……!
…払える…ワケ…。
『…どうかした?…もしかして、お金が払えない、とか?』
「…いや、払えるな。」
うん、全然払える。
無限に【ポーション】を生み出す【ポーション製造機】で、濃度100%ポーションが月産120本、【換金】スキルで一本3億で売れるから…月に360億円の利益がある。
…それに、【物質変換装置】もある。アレは鉄1000kgを金1kgに変換できる。鉄1000kgが約15万円、金1kgが約1200万円…そして金なら【換金】スキルが使える。
…余裕で10億払えちまう。
なんだったら人数分、3~40億払っても全然問題無い位…えぇ…改めて考えると、俺って無限の富を生み出す、とんでもない資産家になってるんですが…怖っ!!!
…金銭感覚、マジでバグるなコレ…。
「…金の心配はまったく無いんで、もろもろ必要な手続きとか頼んでいいか?何だったらお前の参加料もまとめて払うからさ。」
受話器の向こうでbeeが、一瞬だけ言葉を詰まらせる。
『…本気?…そ、それなら…お願いしようかしら?細かいアレコレはこっちでやっておくわ。』
「おう、よろしく頼む。じゃあまた連絡するわ。」
そう言って通話を切る。
…?
なんか湯取がクネクネしてるんだが…何だコイツ?
「…なんだ、何か変なモンでも食ったか?」
「…会話に入りたかったんスけど、なんか緊張しちゃって無理だったっス…!」
顔が真っ赤な湯取が、頬を掻いて目を逸らした。
「お前ぇ…小学生の恋愛かよ…。」
それからしばらくは準備期間にあてた。
オークションの開催は約3週間後とのことなので、俺達は二日前位にカスヴァル共和国へ入国する予定だ。ちなみに今回、beeとは現地で合流となる。
俺は【ポーション製造機】で濃度100%ポーションを作っては【換金】、合間で鉄塊を【物質変換装置】を使用し金塊に変え、ある程度の量が溜まったら【換金】…まぁ要は資金作りに励んでいた。
そうそう、この鉄塊。どこから来たんだよって話なんだが、実はプシュパカがアジトの近所にあった年季の入った製造工場を勝手に買い取り、宇宙船製造の資材搬入所として使用していた。
アイツ、自らの影響範囲内だったら資材だのを自分の居る所に強制徴収できるから、外の工場に注文した資材を搬入→アジトに居るプシュパカが工場から資材を【徴収】って流れでアジト内にバンバン宇宙船用の資材を運び込んでいる。
で、俺もそのルートを利用させてもらって、鉄の廃材やら鋼材やら片っ端から買い集め、アジトに【徴収】して金策に励んでいるってワケだ。
『…なるほど、ブラックマーケットにオークションですか。…出発はいつ頃でしょうか?』
緑茶を淹れてくれたプシュパカの質問に、作業を続けながら答える。
「ん?え~と…14日後だな。また何日かアジトをあけることになるから、留守番よろしくな。」
『ああ、それは…何でもございません。…後のお楽しみです。』
…何だろう…プシュパカが何か企んでいる…。
最近分かるんだよなぁ…プシュパカのクセっていうか…特有のユーモアの感性…?
大概厄介な事になるんだよなぁ…でも今問い詰めるのも無粋だし…忘れよう。
そして、刻々と時間は流れ──
出発予定日の前日。
『マスター、とうとう出発前日となりましたね。』
「…プシュパカ?どうした、そんな改まって…?」
リビングで荷物の最終確認をしていたら、プシュパカが話しかけてきた。
…なんか、いつものメイド服じゃなくて燕尾服みたいな服を着ている…何故?
『…さあ皆様、庭にお集まり下さい。』
そう言い残して、プシュパカは部屋を出ていく。
まったく…忙しいってのに何事だよ…。
「…で?何が始まるんだプシュパカ?」
「俺もう寝るところだったんスけど…旅行の前日とか寝れないタイプなんで…。」
『…なんだその恰好は?ついにイカれたか?』
庭に出ると、湯取とアグニもすでに揃っていた…のだが。
…なんか、チームプシュパカが勢揃いしてるんだけど…。
プシュパカの子機扱いのアンドロイド達が、色とりどりのメイド服で整然と整列している。
唐突に、列の先頭に立つ二体がトランペットを構える。
パーン♪パパパーン♪パパパーン♪
軽快なファンファーレが庭に響き渡る。
『それでは皆様……ついに!お披露目です!!!』
バツンッ!!!
突然、庭の照明が落ち、一面が闇に包まれた。
息を呑む間もなく──
…パッ!
再び照明がつくと、そこには──
「……うおおおおぉぉぉぉぉぉ!?!?」
「…すっげぇぇぇぇっ!!かっけぇぇぇぇっ!!」
『…フン、そういう事か。』
アジトの庭に、いつの間にか鎮座している巨大な流線形の機体。
高級車を思わせるような光沢を放つ、ディープメタリックブルーのボディ…。
…なんとなく、シャチかクジラを思わせるようなフォルムをしたソレは──
『…恒星間探査船「ヴィマナ」、ここに再建致しました!』
その言葉に、俺は思わず息を呑んだ。
これが…プシュパカがメインコアを担っていた、例の宇宙船…!!
「プシュパカ…遂に完成したんだな…って言うかいつの間に!?」
「そういえば、何もない庭でずーっとメイドさん達が何かしてたっスけど…。」
『皆様を驚かせようと、パーツがあらかた揃ってからはステルスモードで組み立てておりました。』
マジか…完成はもっとずーっと先の話だと思ってたんだけど…。
コレは素直に凄い!カッコイイ!!
…つーか、こんなの見てテンション上がらない男子は居ないだろっ!!
『…とはいえ、実は依然として入手困難なパーツ等がございまして…正直な話、現状で完成度は81%といった所です。』
「…えっ?…コレ未完成なの?」
『ホレ見たことか!ポンコツの事だ、そんなことだろうと思ったんだ我は!』
不機嫌そうに黙っていたアグニが、鬼の首でも取ったようにプシュパカを罵り始めた。
「え~…コレで宇宙に行けると思ったんスけど…。」
『申し訳ございません。宇宙空間での運用には未だ至っておりません。…しかし、大気圏内での飛行は既に問題無く行えます。』
…ほう、それってつまり──
『恒星間探査船「ヴィマナ」は現状、大型航空機としての運用が可能という事です。…又は、「移動型拠点」と言ってもよろしいでしょう。』
…あ、コイツ…!
「…そういう事かプシュパカ…お前が何を言いたいのか、やっと理解できたわ。」
してやられたと苦笑いの俺に、プシュパカは得意満面の表情で告げる。
『…ご理解いただき恐縮です。さあ皆様、明日からのカスヴァル共和国へは、この恒星間探査船「ヴィマナ」で渡航致しますよ。』




