54.ランクS『弩龍胎内窟』⑧
『OGYAAAAAAAAAAAAAAAA!!』
卵を割って現れたアンデッドベビードラゴンが、怖気立つような産声を上げる。
その圧に、俺は思わず口の端を歪めた。
…流石は弩龍、幼体でこの威圧感かよ…。
改めて、【鑑定】スキルで奴を見る。
【アンデッドベビードラゴン】
種族:龍(死霊)
弩龍ヴァリモアの幼体が、死してアンデッド化した魔物。
龍種特有の強靭さと、アンデッドの不死性を併せ持つ。
龍としては未成熟だった点だけが、せめてもの救いか。
【飛行】【火炎ブレス】【腐食ブレス】など、多彩なスキルを有する。
「悪いっスけど、最初から全力で行くっスよ!」
龍を前にしても軽口を叩く湯取が、【断罪の十字架】を構える。
「潰れろ…【グラビトン】っ!!」
ドラゴンの巨体を中心に展開した、超重力の力場が全てを押しつぶす!
…だが。
「…おいおい、立ってるぞアイツ…。」
『…つくづくふざけた生き物だな、龍というのは。』
多少動き辛そうではあるが、奴は【グラビトン】の力場の中をズシズシと歩いてくる。
『えぇ…これは流石に想定外っス…。』
そうこうしている内に、アンデッドベビードラゴンが力場から出てしまった。
重力から解放され、途端に速度が増す!
『…危ない!みんな散れっ!!』
飛行用モジュールを起動し、急ぎ空中に飛び退く。
直後、先程まで俺が居た場所に龍の巨体が叩きつけられ、地面が大きく陥没する。
うぉぉ…質量の暴力…ウチの白ワニと戦わせたら、正に怪獣大決戦だったな…。
…いや、やらせんけどね。
俺を見失った龍は辺りを見回し、空中にその姿を見つけると、背中の翼を広げて羽ばたきだした。
あー…そうね。そりゃそうだ。
ベビーとはいえドラゴンだもんね、君。
…そりゃあ飛ぶよな。
空中で俺に接近した龍が、大きくのけ反るようなモーションを見せ──
『やばい、ブレスが来るぞっ!!』
…火炎か腐食、どっちだ!?
振り下ろされた口先から漏れ出す赤い閃光…!
『火炎ブレスだ!アグニ!!』
『任せろ!!』
炎の化身は待ってましたと言わんばかりに、その両腕から灼熱の閃光を解き放つ!
…しかも、自重無しの極太バージョンだ!!
二つの熱線が狭間で衝突し、拮抗する…が。
『…なんだ、そんなものか?…龍とは言っても所詮は赤ん坊か。』
アグニが吐き捨てるように呟くと、熱線は更に力を強め、渦巻き、荒れ狂う蛇のように絡みついて敵の熱線を打ち消した!!
その勢いのまま、アグニの熱線は龍の下顎を打ち上げ、その巨体を地面に叩きつけた…!
『…ふむ、流石は龍。あれだけの炎でも耐性が勝つか。…ならば、氷はどうだ?』
倒れ込んだ龍の手が、足が、突如として凍りつき、地面に縫い付けられる。
残る首と尾を縛られまいと暴れる龍。
次第に手足の氷に亀裂が入っていくが、すかさずアステリオスが魔法の上掛けでソレを阻止する。
それを見て、自分を縛り付ける相手がアステリオスだと悟った龍が、その尾を鞭のようにしならせアステリオスへと振るう!!
「…おっと!俺を忘れてもらっちゃ困るっスよ!」
アステリオスへ迫る尾の一撃を正面から受け止めた湯取が、【ブースト】で肥大化した両腕で暴れる尾をギリギリと締め上げる!
「【グラビトン】が駄目なら腕力で勝負っス!」
…首以外の自由を奪われた龍は、本能でこの小さな強敵達…俺達が嫌がる攻撃を導き出した。
大きく開かれた口から、蒸気が噴き出すように紫色の煙が溢れ出す!
『…あ、やべ。…腐食ブレスだ。』
みるみる内にフロアに満ちていく、紫の煙。
危険を察した生身のアステリオスは、わき目もふらず全速力で退避する。
煙は自らの母親である弩龍にまで作用し、煙が触れた地面が急速に爛れ始めた。
「ああっ!このままだと氷の拘束が解かれちゃうっスよ!」
尻尾を拘束したまま湯取が叫ぶ。
『…いや湯取、お前急速にシワシワになってるぞ!?』
アグニの指摘に自らの体に視線を移す。
「えっ?…わーっ本当だっ!?」
…こりゃ不味い、急ごう。
俺は拘束された龍の真上に飛び上がると、煙に触れないよう注意しながら【錬金術師の驚異の部屋】から一本の槍を取り出す。
「…的がデカいと、狙いやすくて助かるな。」
標的に狙いを定め、勢いをつけて一気に槍を投げ放った。
強化服のフルパワーで投げ放たれた槍…【破邪の聖槍】は、アンデッドベビードラゴンの胸へと吸い込まれるように突き刺さった。
『OGYAAAAAAAAAAA!!』
苦悶の叫び声が子宮内に響き渡る。
突き立った聖槍からは猛烈な勢いで白いモヤが噴射し始めた。
…よし、効いてるな。
『あれは…ケリュケイオンを葬った聖槍か!』
『よく覚えてんなアグニ。…悪いんだが、湯取を下がらせて【ポーション】飲ませてやってくれ。』
アグニがシワシワの湯取を回収するのを確認すると、【錬金術師の驚異の部屋】から剣を取り出す。
…剣を見た龍が、目に見えて怯え始めたのが分かる。
…飛行用モジュールの風圧で、煙も大分晴れてきたな。
フルパワーで龍の頭へ急接近すると、最後のあがきと噛みついてきた、その眉間に剣を突き立てる!
『……!!』
「…複数属性があるってのも、良いことばっかじゃ無いな。その分弱点も増えるんだから。」
深々と突き刺さった【龍殺しのアスカロン】から、滅龍の気が溢れ出す。
それはまるで毒の様に龍の体を蝕んでいき…断末魔の叫びをあげると、ついに不死の龍は動かなくなった。
…やれやれ、割と強敵だった…かな?
…正直、武器が充実しすぎてて、大体の弱点がつけてしまうんだよな…。
俺は幼龍の骸から【破邪の聖槍】と【龍殺しのアスカロン】を引き抜き、動かなくなったソレを見つめる。
…生まれる前からアンデッドだなんてなぁ…居たたまれねぇよ…。
…【破邪の聖槍】が、お前を母ちゃんの所に送ってくれたことを願うよ。
「…さてと。残された俺達は、責任もって無駄なく回収するか。」
これが供養になるなんて綺麗事は言わんけどな。
…意地汚い人間様は、ただ無駄が嫌いなだけさ。




