53.ランクS『弩龍胎内窟』⑦
俺の大事な【錬金術師の驚異の部屋】に、あんなクッサイものを押し込みやがって──
数十分前の出来事から、俺の心には復讐の炎がメラメラと燃えている。
湯取…テメエだけは、絶対に許さん。
もちろん、そんな内心を表に出すほど俺も子供じゃない。
あくまで静かに、淡々と。
…俺は、最高のタイミングでお前を地獄に叩き落としてやる。
…その決意を胸に、俺は湯取に襟首を掴まれ、ずるずると引きずられながら先へと進んだ。
長かった小腸を抜け、大腸と思わしき大空洞の入口が見えてくる。
その時──鼻先をくすぐる微かな違和感に、俺は立ち止まった。
「…このまま進んでも、目的のお宝まで辿り着けなさそうだな」
俺のスキル、【盗賊の鼻】がチリチリと警告を発している。
…更に【直感】が裏打ちをするように、胸の奥に冷たい感覚も。
…間違いない。ここじゃない。
俺は腸壁の一部を指差し、湯取に指示を出す。
「…おい湯取、この辺りの壁を全力でブチ抜け。」
「えぇ!? だ……大丈夫なんスか?」
湯取が引きつった顔で振り返る。
俺は冷たい目で睨み返した。
「…大丈夫だ。いいからやれ。」
(アリババ先輩が冷たい…まだ怒ってるんスか、この人…?)
…湯取がぼそりと呟いたのは聞こえなかったことにしてやる。
「…分かりました。やりますよ!?…【ブースト】っ!!」
全身の筋肉を隆々と膨らませ、全身から湯気を吹き上げながら湯取が構える。
巨大な【断罪の十字架】が唸りを上げ、腸壁に叩きつけられた。
ドゴォォォォンッ!!
…分厚い肉の壁が一撃でミンチになり、壁の向こうに弾け飛ぶ。
『…貫通した…!』
龍は死んでいるので血は出ない。
…だが、穴が開いた腸壁が蠢きながら、乾いた肉の繊維を伸ばし始める。
…嘘だろ、死んでても再生するのかよ!?
『アステリオス、壁を凍らせて補強してくれ。…このままだと穴が塞がる!』
『…ッ、分かった。』
ギョッとした顔で頷くと、アステリオスが氷の魔法を放ち、穴の縁を凍り付かせていく。
…壁の動きが止まり、俺は小さく息をつく。
「…よし、これでOKだな。…この通路が目的地への最短ルートだ。」
「…なんかズルしてショートカットしてるみたいで、ちょっと罪悪感が…。」
「何言ってやがる。俺の【直感】を信じるなら、このまま進んだら一旦体外に出る羽目になるぞ?…そんなの、あと何時間かかるんだって話だ。」
「マジっスか…さすがにソレはダルいっスね…了解したっス、先を急ぎましょう!」
アグニを先頭に、俺たちは腸壁の穴をくぐった。
…抜けた先は、これまた驚くほど広い空間だった。
『…また、ずいぶんと広い所に出たな。ここは何だ?』
辺りを見回すアグニの疑問に、俺は答える。
「ここは…恐らく『子宮』だろう。」
「え゛っ!?」
変な声をあげる湯取。
…そのリアクションは予想していたので無視だ。
『…ふむ…なるほど、そういう事か。…ここからが真の“弩龍胎内窟”という訳だな。』
アステリオスの言葉に、俺は静かに頷いた。
「はぁ~…弩龍ヴァリモアって、メスだったんスね…。」
「…ホラ、いつまでも突っ立ってないで、先に進むぞ。」
俺は【盗賊の鼻】の示す方向へ歩を進める。
どうやら目的地は、この広いフロアの中央のようだ。
…しばらく進むと、暗闇の中にうっすらと巨大な白い物体が見えてきた。
「…アレは…。」
『…ふむ…卵、だな。』
アステリオスの声が、低く響く。
そう、フロアの中央に鎮座していたのは、圧倒的な存在感を放つ巨大な“卵”だった。
マジでデカい…15メートル以上はあるだろう。
…まぁ、コイツの母親に比べればまだまだ小さいんだけれどな。
…なんたって、ママさんは弩龍だし。
『…それで、この卵が目的の「龍」素材…というコトでいいのか?』
アグニの言葉に頷き返そうとして…妙な違和感を覚える。
…何だ?スキルに違和感を感じる…【盗賊の鼻】か?
…【直感】も僅かに反応している…。
『…みんな、ちょっと待て。』
…【鑑定】っ!!
【弩龍の卵】ランク:×
弩龍はその大きさ故、すぐに産卵せずに胎内である程度まで幼体を育てる。
親である弩龍ヴァリモアの死後、長い年月が経過し、卵の中にいた幼体も息絶えた。
…生まれる前に死んだ幼体は、その事を理解出来ないでいる。
『…コレじゃないっ!?みんな離れろっ!!』
俺が叫ぶのとほぼ同時に、巨大な卵の殻に亀裂が走る。
バキバキと鋭い音が辺りに響き、何かが内側から激しく殻を叩きつけている。
そして──遂に殻が割れ、その内側にいた者が姿を現した。
『…OGYAAAAAAAAAAAAAAAA!!』
表皮が崩れ、所々の肉や骨が痛々しく露出し…。
それでもなお圧倒的な、最強生物の風格。
…腐っても鯛ってか…?いや、まあ龍なんだけど。
…どうやら『弩龍胎内窟』のボスは、この幼龍…。
もとい、『アンデッドベビードラゴン』らしいな…。
『…さて、ここからが本番だ。』
俺は【プラズマカッター】を抜き放ち、戦闘態勢に入った。




