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5.ランクS『無垢なる水の地下洞』①

 地方の温泉街。数年前までは「秘湯」ともてはやされたが、今は観光客も少なく、寂れた旅館がぽつぽつと並ぶだけの静かな町。


 俺とアグニは電車を乗り継ぎ、ようやくその地に降り立った。肌寒い春の風がホームを抜ける。特急の音が遠ざかると、町はまるで時間が止まったかのように静まり返った。

 駅前に並ぶのは、廃業した土産物屋。取り残された“秘湯ブーム”の名残りか…。

 個人的には、ひなびた観光地の雰囲気ってのも嫌いじゃない。まぁ、ワビさびが効いてらぁね。



『…ここが“次の財宝”の眠る場所か。…これまた何と言うか…人が少ないな…。』


「平日の温泉街なんてこんなもんだろう。むしろ平日にこんな所をフラフラしている俺らが可笑しいんだ。」


 …自分で言ってて悲しくなるなぁ。

 …全国のフリーターが一番言われたくないことだ。


 駅前のロータリーにぽつんと停まっていたタクシーに乗り込み、目的地――「枯井戸神社」へと向かう。


 到着した神社は、意外にも綺麗に整備されていた。参道の砂利は掃き清められ、古い木造の社殿も修繕の跡が見える。鳥居の脇には立て看板があり、『枯井戸神社の歴史』と銘打たれた案内が書かれていた。


 ――その昔、この神社には名も無き社がぽつんと建てられていた。

 疫病が蔓延したある年、村人たちは助けを求めて神に祈りを捧げた。すると、境内にある井戸から突如水が湧き溢れ、ほのかに甘いその水を飲んだ者は、怪我も病も癒されたという。

 以来、人々はその井戸を“神井戸”と呼び、神社の名も『神井戸神社』と改められた。

 しかし、何十年も後の大地震で井戸が突如枯れ、それをきっかけに村の栄えも途絶えた。今では“枯井戸神社”と名を変え、忘れ去られつつある――


「…事前情報通りだな。ふむ、怪我や病を癒す水、ね…。」


 神話めいた伝承ではあるが、俺にはピンとくるものがあった。


 境内の奥、鬱蒼とした杉の木々の間に、件の“神井戸”があった。立ち入り禁止のロープと、頑丈な金網の蓋で封じられているが、俺の盗賊としての“直感”が告げていた。


 俺のスキル、【侵入】で入れる。


 ただし、今は日中で、地元の参拝客がちらほらと訪れている。うかつに動けば不審者として通報されかねない。俺とアグニは境内を一通り見回すと、その場を離れた。



~ ~ ~ ~



 時間を潰すには事欠かなかった。温泉街らしく、町には手頃な足湯や、細々と生き残った土産物屋、寂れた旅館の貸切風呂などが点在している。有名な観光地と違って騒がしさはないが、俺には丁度良かった。


 道中、アグニが団体客のご婦人方に外国の女優か何かだと勘違いされて拝まれる珍事があったりしたが、そこはご愛敬。

 …本人は「立場を弁えた態度は悪くない」と上機嫌で、なんかサインまでしてた。

 色紙に平仮名で「あぐに」ってお前…。


『…さっきの老婦人から供物として『ゆで卵入り温泉饅頭』とやらを貰ったぞ。貴様が食え。』


「…なんだその老人の気道を塞ぐためにあるみたいな食い物!?…お茶くれお茶!」


 宿を取り、温泉に浸かり、早めの夕食を済ませてから、すっかり夜になった境内へと戻る。


 山の斜面に建つ枯井戸神社には、夜間でも一部照明が灯っていた。

 境内の主要な場所には監視カメラも設置されている。赤いランプが暗闇でチカチカと明滅している。

 だが、俺は盗賊だ。警備網をかいくぐることなど、もはや本能に近い。


 人影がないのを確認し、井戸の前に立つ。


「…よし、行くか。」


 静かに、誰にも聞こえない声で呟きながら、スキル【侵入】を発動。


 次の瞬間、視界がぐにゃりと歪む。世界が裏返るような感覚に包まれ、金網の蓋をすり抜けた身体は、ひゅるりと空間を滑るように――井戸の底へと降りていった。


 そして、そこから更に、古びた岩盤の亀裂を通って、地下の別空間へと滑り込む。


 俺の体が実像を結ぶのと一拍遅れて、炎の渦が隣へ降り立ち、人へと姿を変えた。

 …!?お前、ユニクロの服はどうした?

 …ああ、通り抜けられないから置いてきたの、一応井戸の底に隠してきたのね。

 …ビックリした…現れたと思ったら突然裸だったから…。


 …さてと。


 土の匂い、湿った空気、ほんのり甘い香り。

 …やけに青々とした苔だか何だかが生い茂っている。

 

 ん…?アグニの周辺が明るいのは分かるとして…全体的に、ほのかに明るい…?

 ライトもつけていないのに、辺りの様子がうかがえている。

 この苔みたいなのがほんのりと光っているのか?

 …こりゃ好都合。


 …俺の口元は、無意識に笑っていた。


「……さあ、探索を始めようか。」

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