48.ランクS『弩龍胎内窟』②
「…いやいやいや…冗談……っスよね…?」
『……ふむ……。』
ホバーバイクに乗った湯取とアステリオスが、上空からソレを見下ろす。
プシュパカの改装を終えた内の一台、メタリックレッドに塗り直された機体が白い雪山に映える。
…いや、映えちゃ駄目だろ。目立ちすぎだ。
…帰ったら目立たない色に塗り替えてもらおう…。
二人の体がちょっと震えて見えるのは、この寒さのせいか、それとも人知を超えた巨大生物への恐怖からか…。
…いや、もしかしたら震えてるのは俺なのかもしれんな。
『…で、どう思うよ?アレは…本当に巨大な「龍」なのか…それとも偶々そう見える自然の岩山なのか。』
「う~ん…流石にあそこまでハッキリしていると、ソレは厳しいんじゃないスかね…俺は9:1で「龍」だと思うっス。」
『…わずかに魔力の残痕を感じる。…あの巨体に対して些か少なすぎる気もするが…。』
…そうかぁ、じゃあほぼほぼ「龍」確定なんだな。
…はぁ…十メートルのモモカが可愛く見えるな…いや、モモカは元から可愛いんだけどな。
『…入る前からああだこうだ言っていても仕方があるまい。心の準備ができたなら、さっさと行くぞ。』
腕組みをしたアグニが涼しい顔で先を促す。
…お前ね、そうは言っても、怖いもんは怖いんだよ!
人間様には巨大物恐怖症ってのがあって、遺伝子レベルでデカいものを恐れるようになってるんだよ!クソッ!!
…まさかファ〇ードの正体に一早く気付いたキャン〇ョメの気持ちを、身をもって知る時がこようとは…。
アグニに尻を蹴られる形で、俺たちは岸壁の亀裂まで戻った。
足元には相変わらずの深い雪。そして目の前にそびえるのは、巨大すぎて全貌が霞む「龍」の頭の形をした岩山。
「…仕方ない、やるか。」
そう呟いて、俺は湯取の、湯取はアステリオスの手を取る。
湯取は小さく息を呑み、アステリオスは無言で頷く。
「いくぞ、手を離すなよ!…【侵入】!」
目の前の大きな亀裂に触れた瞬間、頭の奥がグルンと回るような不快感に襲われる。
重力の向きがねじれ、視界が裏返るような感覚が襲う。
…慣れていても気分の良い感覚じゃない。
次の瞬間、足元が固い感触を取り戻した。
──暗闇だ。
息を呑む俺たちの耳に、靴底が響かせる足音だけが虚しく反響する。
何も見えない。だが、音の反響の仕方からわかる。
この空間は、途方もなく…広い。
俺達に数瞬遅れて、小さな炎の渦が巻き上がった。
渦はねじれ、大きく燃え上がると、その中からアグニが顕現した。
すると、周囲がアグニの炎で橙色に照らし出される。
奥はなお暗く、果ては見えない。
それでも、俺の背後にある“壁”が照らされ…俺は息を呑む。
そこには柱が並んでいた。
嚙み合った巨大な牙が、ずらりと壁に沿って生えている。
…本当に、ここは巨大な「龍」の体内なんだな…。
そして俺たちは今、その口の中に立っているんだ。
気分はミクロアドベンチャー。
…それか、虫歯菌?
そう思った瞬間、ふと気づいた。
「…なあ、これ。」
俺は背後の牙を指差し、振り返る。
「この牙ぶち折って持ち帰ればいいんじゃねえか? 龍の素材なら何でも良いんだろ?」
そう言うと、アステリオスがこちらを見た。
『…ふむ…。』
彼は静かに牙へと歩み寄り、その表面に手を当てる。
しばらく触れたり叩いたりした後、顎を擦りながら鋭い視線でじっと見つめた。
そして一拍置いて口を開く。
『…この牙からは、魔力を感じられない。おそらく化石化したことで、性質や成分が変質しているのだろう。…念のため持ち帰るが、正直これで解呪できるかは、かなり怪しい所だ。』
…そうか。
つまり、結局は奥まで進んでみるしかない、ってことか…。
…ちぇ、これで目的達成、さあ帰ろう!…とは流石にいかないか…。
ため息をつきつつ、俺は腰の装備に手を伸ばす。
「…じゃあ、念のために少しだけ拝借して──」
その時、横から割り込む声がした。
「──あ、自分が折るっスよ。」
湯取だ。
彼はいつの間にか耳元の【憤怒のピアス】を【断罪の十字架】に変化させていた。
そして、その巨大な戦槌を肩に担ぐと、意気揚々と振りかぶる。
「…あ、おい、待て、馬鹿っ──」
慌てた俺が止める間も無く。
ガコォォォォォォォン!!
鈍く重い打撃音が、『弩龍胎内窟』中に響き渡った。
…そして、まるで山彦の様に木霊する。
……コォォォォォォォン……!
……コォォォォン……!
……ォォォン……!
………
反響するごとに音は小さくなり、否が応でもこの洞窟の奥行を感じさせる。
…そして。
……グルァァァァァッ……!!
地の底から響く、獣の様な唸り声が空気を揺らした。
『……!?』
『っ……今の、聞こえたか……?』
『…大馬鹿者が…敵が来るぞ!』
アグニの怒声が叩きつけられると、俺たちは一瞬で臨戦態勢を整える。
…空気が重くなっていく。
それに伴い、ピリピリと魔力が充満していくのがわかる。
アステリオスがぼそりと呟く。
『多数の魔力反応…ふむ、随分と熱烈な歓迎だな。』
俺は湯取を睨みつけ、吐き捨てた。
「…話はちゃんと最後まで聞けっ!湯取のアホっ!!」
「ぴえん(ノω≤。)」
十字架を肩に担ぎ直しながら、湯取はそっぽを向いた。
…いや、反省しろっ!




