4.盗賊、旅立つ
良く言えば自然豊か。
…歯に衣着せぬ言い方をすれば、辺鄙な田舎道。
そんな場所に、俺の住むボロアパートは建っている。
木造2階建て、錆が浮いた門標にはアパート名『ゲボイデ=ボイデ奥多摩』の文字。
2階の角部屋、『203号室』…そこが俺の部屋だ。
外観がボロい割に、内部は数年前にリフォームが入ったらしく綺麗なものなのだが、元々家具の少ない俺の部屋は殺風景なもんだ。
…普段はな。
今その部屋には似つかわしくない、赤髪赤目のド派手な女が床に座っている。
…テーブルの上には、大量のドリア。賑やかだなオイ。
『…おい貴様、なんだこの部屋は。…また我を封印するつもりか?』
「…石室並みに狭いってか。悪かったな…。」
俺はスマホを取り出し、『財宝検知』を発動させた。
「今後の打ち合わせがしたい。…ドリア食いながらでいいから、意見を聞かせてくれ。」
『我は食事を必要としないぞ?我自身が高密度エネルギー体だからな。』
「何で注文したんだよ!!!もう!!」
俺の食事は当分ドリア決定みたいだな…冷凍室に入りきるか、これ?
…スマホの画面を操作し、俺の家を中心にある程度の距離を表示させる。
半径100km程の中に、無数の光点。大小合わせて十数か所はある。
「…まずは次の候補選定なんだが──」
『貴様はスキルとやらで、財宝の在処と価値がわかるのだろう?ならば価値あるものから優先して回収すべきだろう。』
「それは俺も同意見だ。とりあえずの資金に関しては心配いらないし、小物に関しては後から回収すればいいと考えている。…その上で、だ。」
画面上の大きな光点、そのうちの一つをタップすると、ポップアップウインドウが現れた。
『■■■■の聖域』
財宝ランク:SS
「一部、名称部分が文字化けする場所があるんだよ。大体SSランクの財宝なんだが、ここに関しては保留にしたい。」
『…ふむ、貴様のスキルが干渉を受ける何かか。』
「レベル99の盗賊スキルに干渉する何かだ。…万が一戦闘が発生した場合、俺は無力だ。全面的にアグニに戦ってもらうことになるんだが…お前は俺を、守る気は無いんだろう?」
『…クク。ああ、守らぬよ?…確かに貴様は面白くはあるが、未だ完全に従うには足りん。』
「…てなワケだから、不確定要素が強い場所は候補から外す。…俺の安全の為だ、決定事項でーす。」
俺がそう言い終わると、開いていたウインドウが独りでに閉じ、光点がグレーアウトした。
…つくづく便利になったな、財宝検知…。痒いところに手が届くインターフェイス…。
「で、残った候補…主にS~Aランクの財宝から、半径100km圏内程度で探すと…。」
ランクA『鋼の墓標』、ランクS『無垢なる水の地下洞』、ランクS『双蛇の霊廟』…。
『三つか。どれから行くのだ?』
「…まず、表示される名称からどんな場所なのか、多少の推測ができる。…更に、通常の地図で光点のあった座標を調べると…。」
『これは…廃線跡というヤツか?残りは…二つとも神社か。』
そう、『鋼の墓標』は廃線跡地に。
『無垢なる水の地下洞』と『双蛇の霊廟』は、それぞれ神社仏閣の地下深くにあるようだ。
神聖な場所の地下に財宝が埋まっているパターンが多いのは、地中を調べる技術が無い古い時代に作られ、現在では取り壊したり地下を調べたりするのが難しいからだろうか…?
「俺は…『無垢なる水の地下洞』から行ってみたいと思ってる。この上物の神社…『枯井戸神社』って名前らしいんだけど、不思議な井戸の伝承が残ってるらしいんだ。」
『…なるほど。地下洞の上に不思議な井戸…な。』
アグニは俺の意図に気付いたのか、にやりと笑った。
「…そういう事。井戸から直接、地下に侵入できるかもしれない。」
~ ~ ~ ~
翌日、昨晩準備した手荷物を持って、最寄り駅の自動券売機で目的地までの切符を買っていた。
──無人駅に近い、ひっそりとした小さな駅。
次の電車は…あと十分後か。
アグニは何が面白いのか、自動販売機の商品ラインナップを真剣な目で見ている。
少しベンチに腰かけようとしたその時──
「…その様子だと、もう出発っスか?アリババ先輩。」
軽い声と共に、茶髪のチャラ男が手を振って近づいてきた。
「湯取。…なんで居るの?」
「いや~、昨日の勝負の話。先輩が泣くのか、俺がほえ面かかされるのかってヤツですよ。」
肩をすくめながら、湯取はポケットから何かを取り出した。
「で、どうせなら証拠に写真とか動画、とってきて下さいよ。これ、貸しますから。」
差し出されたのは、ちっちゃなアクションカメラだった。
コンパクトだが高性能なやつだ。記録を撮るにはうってつけの代物。
「…ありがとな。お前、なんだかんだ優しいな。」
「…いや、マジな話。これでもし先輩がマジもんのお宝とか見つけたら、俺も混ぜてくださいよ?喜んでほえ面かきますし、秒で手のひら返す準備は出来てますんで。」
笑いながら、でもその目は少しだけ真剣で。
…俺はカメラを受け取り、軽く息をついた。
「了解。余裕があったら記録残しとくよ。」
「期待しないで待ってるっス。…帰ってきたら、また報告会やりましょう。」
「…今ウチ、冷凍庫どころか、冷蔵庫の中までビッチリドリアだからな。胃袋鍛えとけ。」
二人して笑い合ったところで、列車が近づく音がした。
ドアが開き、俺とアグニは車内へと乗り込む。
湯取はドアの外で、軽く手を振った。
「じゃ、いってらっしゃい!生きて帰ってこいよ、アリババ先輩!」
「任せとけ、なんかあったらアグニに頼るから。」
「情け無っ!」
扉が閉まり、列車がゆっくりと動き出す。
俺は座席に腰を下ろし、鞄の中のアクションカメラを一瞥してから、車窓に目を向けた。
──朝焼けが、車窓の外を赤く染めていた。
錆びた線路、静かな森、遠くに霞む山の稜線。
都会では見ない、穏やかな景色が流れていく。
前世では、ダンジョン中層すら辿り着けなかった。
攻撃スキルが無い。そのせいで仲間に捨てられ、失意の果てに命を落とした。
あの時の俺は、何も為せなかった。ただ、無力だった。
でも──
「…今度は違う。」
小さく、誰にも聞こえない声で呟く。
資金も十分ある。進化したスキルもある。
そして今は──
「…隣に、優秀な相棒がいるしな。」
『…何か言ったか?』
すぐ隣の席。腕を組んで座るアグニが、車内を物珍しげに見渡しながら応じた。
…ちょっと気恥ずかしくなり、俺は視線を窓の外へと戻した。
『ふむ…この“列車”という乗り物、思いの外揺れるな。…それにしても、この世界…。本当に、我の知る世界なのか…?』
…どこか不穏な言葉を呟くその声は、小声すぎて俺の耳には届いていなかった。
俺はただ、窓の外を見据えていた。
遠ざかる街並み。昇っていく太陽。
この先にあるのは、まだ見ぬ“財宝”と“真実”。
…やがてスピーカーから、駅名のアナウンスが流れはじめる。
…列車は、俺たちを次なる冒険の舞台へと運んでいく。
『…悦に浸っているが、今回の旅は2~3日の予定だろう?いちいち大げさではないか?』
「…雰囲気だよ、雰囲気。」




