38.盗賊、朝のルーティン
通称アジトこと、俺の新居。
チチチという小鳥のさえずりに、ゆっくりと目を覚ます。
…もう朝か。
「…ふぁああ……ねっむ。」
…ちなみに、この家は別の次元にある為、本来は小鳥のさえずりなど聞こえる筈が無い。
おそらくプシュパカが何かやったんだろう。
「…そうだ……モモカにご飯あげなきゃ…。」
俺は寝室の扉を開け、長い廊下をトボトボと歩き、階段を下り…地下へと降りていく。
地下二階。
馬鹿広いプールが存在していたこのフロアに、現在プールは無い。
代わりにあるのは、巨大な水槽。
俺がプシュパカに依頼して、フロアごと改修してもらったのだ。
まるで水族館のようだが、水中に魚は見当たらない。
…いや、水槽の奥で、巨大な影が泳いでいる。
俺は部屋に備え付けられた業務用冷蔵庫からいくつかの肉塊を取り出すと、水槽の中へと投げ入れた。
「ほ~ら。百日、ご飯だよ~。」
こちらに向かって急速に泳いで来た巨大な影が、投げ入れた肉に食らいつく!!
『ゴオァァァァァァッ!!』
咆哮をあげた白いワニが、機嫌良さそうに水中で横回転する。
おうおう、はしゃいじゃって。今日もキレッキレのデスロールだ。
この十メートル級の巨大白ワニ…百日は、『無垢なる水の地下洞』の地底湖で捕獲して以来ずっと【錬金術師の驚異の部屋】内に収納しっぱなしだった。
だが先日、ノクス・ミラビリスの本部で必要に駆られて外に出してみたところ、八面六臂とは言わずとも力技で場を収めることに成功、大活躍だった。
そんでもって、功労者なのにいつまでも本の中ってのも何だか可哀そうに思えてきて、プシュパカに「部屋の改装とかって手間かな?」とお伺いを立てたら忙しいだろうに快くOKを出してもらえ、今に至る。
すっかり忘れていたが、水槽に移すついでに白ワニ改め百日に【鑑定】をかけてみたところ、新事実が判明した。
【ラケルタウス・アルビオルニス(Lacertavus albiornis)】ランク:B
ヴォルディア地方「原初の森」周辺流域に生息する、ワニ型魔獣のアルビノ変種。
長い地下暮らしが原因か、攻撃性の高い通常種と異なり、食事以外では比較的大人しい。
美しく強固な革は魔術抵抗・物理耐性ともに極めて高く、防具素材としても大変優秀。
冒険者ギルド発行危険度ランクもB級に分類。
こいつモンスターだった。
つまり、【錬金術師の驚異の部屋】に入れることができたのは偶然ではなく、おそらく元々【錬金術師の驚異の部屋】に入れられていたモノが事故で逃げ出した、というのが事の顛末のようだ。
…そういえば、前に「【錬金術師の驚異の部屋】に入っていたアノマリーのほとんどは、【ポーション製造機】の暴走で何処かに流されてしまった」なんて仮説を立ててたっけ…。
異世界で捕らえられ、知らぬうちにこっちの世界にやってきて、たった一匹で何十年も地下に…。
そんなことを考えだしたら、何だか妙に情が湧いてしまった。
争う相手が居なかったせいか空腹時以外は実に大人しい上、何度か餌をやっているうちに俺の事を「食事を持ってきてくれる人」と認識したらしく、強化ガラス越しに甘える様子まで見せる。
しかも地底湖と違ってここでは欲しい分だけ餌が貰えると分かると、半分お残しするのも止めてキレイに平らげるようになった。モモカ、マジお利巧さん!
ふと、階段を下ってくる気配を感じる。
お…誰だ?プシュパカかな?
「アリババ先輩~、プシュパカさんから朝ごはん出来たから呼んできてって頼まれたっス~。」
入って来たのは湯取だった。
朝からシャワーでも浴びたのか小ざっぱりしている。
…そういえば、最近ヒマな時間で魔人の力を使いこなす為のトレーニングをしてるって言ってたな。
湯取もかなり強くなったよなぁ。レベルも上がったし、スキルも色々増えてたし。
…俺の装備も整ったし、こりゃあそろそろ次のターゲットを決めなくちゃだな。
『朝っぱらからワニの餌やりか。このワニも偉くなったもんだな。』
足音も無くアグニが部屋に入ってきた。
すると、水槽の中がにわかに騒がしくなる。
『ギョアァァァッ!?ギョアァァァッ!?』
怯えたように暴れるモモカ。
…アグニがこの部屋に来ると、毎回こうなる。
モモカ、一回アグニに頭を消し炭にされてるからなぁ…。
すぐに復活したとはいえ、トラウマを植え付けられてしまったのだろう。
「おお良し良し、可哀そうに。…アグニ!この部屋に勝手に入らないように言ってあっただろう!?」
『…フン!我には主を護衛する義務がある!そのワニがいつ野生を取り戻して、貴様を嚙み殺すか分からないだろう!』
…くそっ、正論だ!
俺もモモカを可愛がってはいるが、全面的には信用していない。
所詮は畜生、いや、モンスター。
人とは分かり合えない…それは分かっているんだが…。
『ギョアァァァッ!?ギョアァァァッ!?』
「…ああもう!良し良し、ほーらモモカ、お前の大好きな【ポーション】だぞぉ~!」
俺は急いで冷蔵庫からペットボトルを取り出し、ドバドバと水槽に注ぐ。
水面に近付き、注がれた【ポーション】をバクバク飲み干すモモカ。
『…ヴァァァ…ヴァァァ…。』
「そうだ~落ち着けモモカ~、【ポーション】を飲んで落ち着け~。」
恍惚とした表情を浮かべ、腹を上にして水面に浮かぶモモカ。
…それはそうだろう。なにせモモカにとっては【ポーション】は長年住み続けた地底湖の味。
【ポーション】はママの味…もとい、正に故郷の味なのだから。
『…おい湯取、【ポーション】って依存性とかあるヤバい薬なんじゃないか?』
「…いや、そんなハズは…でもあの表情…なんか自分、自信無くなってきたっス…。」
『…Zzz……Zzz…。』
「…寝たか。さぁ、俺達も朝食にしよう。」
「…Zzz……Zzz…。」
『待ちくたびれて湯取も寝たぞ。』
『…皆様…朝食も食べずに朝から何をなさっているのですか?』




