33.盗賊、宝物殿に入る
「…凄いな…ここは大英博物館か?」
「…学芸員が卒倒するわよ、こんなの。」
部屋中に陳列されたアノマリーを見つめながら、俺達はそんなことを呟いた。
これはヤバイ…いったいどれだけアノマリーがあるのか見当がつかん!!
…いや、これを見てテンションが上がらないトレジャーハンターなんか居ないだろ!?
beeも瞳を輝かせながら、辺りを物色している。
…が、突然その動きを止め、こちらに振り返った。
「…正直、今回の商談でアタシ、何もしていないのよね。…契約通りに分け前貰っていいのかしら?」
…ああ、そういう事か。確かに、思いの外交渉がスムーズにいっちゃったからな。
「…気にしなくていい。むしろ、言い方は悪いがbeeには良い牽制になってもらえたと思っている。こちらの不利益になるようなことがあれば、分かる人間がいるんだぞっていうのが最初に表明できたからな。それに、この後アノマリーを選別するのだって、こちらの提示した【ポーション】と釣り合いが取れているのか判断する人間が欲しいし。」
俺がそう言うと、beeは心なしか安堵の表情を浮かべた。
「そう?…それじゃあ、契約通り分け前を貰うわよ?…まぁ、ちょっとは自重するつもりだけれど。」
少し気恥ずかしそうにそう言って、beeは何処かへ行ってしまった。
『…どうだい?ノクス・ミラビリスが集めて来たアノマリーの数々は。総数にして1000個以上、身内に貸与している物を引くと、この部屋にあるだけでおおよそ600。アノマリーの詳細な情報が知りたければ、私に言ってくれ。中央にある【エメラルド・タブレット】で検索が可能だ。』
ヘクセンがちょっと誇らしげに俺に教えてくれた。
600!とんでもない数だ…。
…ん?
…俺の家に展示してあるアノマリーが、『双蛇の霊廟』での戦利品やらも合わせて80個程…。
…そう考えると、そこまで多くもないのか?
〈…比較対象がマスターのせいで、私の計算アルゴリズムが混乱しています。マスターの持つスキルの異常性を理解してください。〉
お、おう。そうか…。
…プシュパカに言われても、いまいちシックリこないんだよなぁ。
お前だって十分異常な性能してるのに。
『…どうかしたか?何やら難しい顔をしていたが?』
『ああいや、何でも無いんだ。…ちょっと部屋の中を見させてもらっていいかな?』
『構わないよ。私は少し休憩させてもらおう。たまには息子とも話がしたいしね。』
そう言うとヘクセンは高背椅子に座り直し、アステリオスにもソファを勧めた。
アステリオスはこちらをチラリと見ると、抑揚の無い声で言う。
『…ふむ、すまないが少し休ませてもらう。何かあったら声をかけてくれ。』
さてと…こりゃあ観覧しがいがあるぞ。
ゆっくりと品定めさせていただこうじゃないの。
~ ~ ~ ~
いやぁ~、やっぱすげぇわ宝物殿。
見ごたえがハンパないわ。
【鑑定】をかけながら一個一個見ていくと、余裕で時間が溶けるわ。
例えば、宙に浮いたまま、螺旋の軌道を描く水晶の球体。
中には星々が閉じ込められているかのように、小さな光点が無数に瞬いている。
注視すると、球体の内部には確かに“夜空”が存在していた。
例えば、分厚い円筒のガラスに封じられた、一枚の漆黒の羽根。
羽根は時折、小さく震え、まるで呼吸しているかのように揺れる。
顔を近づけば、誰かが囁くような幻聴が耳に届いた。
例えば、手のひらに収まるほどの金属片。
空中で常に分裂と融合を繰り返し、形状も質量も一定しない。
ちょっと目を離した隙に、色も形もまったく別物になっていた。
…楽しい。楽しすぎる。
俺みたいな財宝異常愛好者には、ここは天国のような場所だ。
もうね、ずーっと見ていられる。
…ただ、少し気になる点もあった。
この部屋にあるアノマリー、明らかに低ランクのものが多い。
ざっと部屋の1/3ほどは見て回ったが、その中にS~Aに該当するアノマリーは無かった。
…これはもしかして…試されているのか?
「アリババ、見てコレ!アタシすっごく気に入っちゃった。」
beeが上機嫌で手を振りながら、こちらにやってきた。
よく見ればその手には、先程までは持っていなかった小物が握られている。
銀と宝石で作られた蓮の花飾りから、何本もの装飾鎖が垂れ下がっている…のだが、鎖の先が不自然に消失して見える…なんだコレ?
【睡蓮の淑女の七つ道具】ランク:B
魔銀と虹水晶で作られた睡蓮の装飾に、七つの小型魔道具が取り付けられた逸品。
鎖の先は淑女の秘密。
淑女の秘密って…なんだか面白そうなモノを見つけて来たな。
「そっちはどう?なにか目ぼしいアノマリーは見つかったかしら?」
「う~ん、ちょいちょい気になるものはあるんだけど…特別これといったものも無いかな?」
「アナタ…贅沢な話ねぇ。どれも国宝級のアノマリーばかりなんだけれど。」
…そんなに価値があるのか?最高でもランクBのアノマリーで?
…どうも俺の感覚がマヒしているらしい。
確かに、ランクSやらAってのはそんなに頻繁に見つかるものじゃあ無い。
…異世界に居た頃の常識が、ここ最近の探索で少し薄れていたみたいだな。
しかし、そうなるとどうしたものか?
そこまで心が引かれるものが無いんだよな…。
…適当にまとめて貰っていくか?
…それもなんだかなぁ…。
「…ん?アレはなんだ?」
壁沿いに並べられた棚やケースを追って行くと、部屋の隅に巨大なコンテナが数個並べられている。
…あまり大事にされていないというか、なんだか消極的な印象を受ける。
『…お~い、アステリオス。ちょっと来てくれるか?』
俺が呼びかけると、しばらくしてヴァルトハイム親子がやってきた。
『ふむ、何か用か、アリババ?』
『この黒いコンテナなんだけど…これって何だ?』
質問を隣で聞いていたヘクセンが、それに答える。
『ああ…あれの中身もアノマリーだよ。ただし、我々にとっては価値の無い物や、壊れて使用不能の物だけれどね。』
『価値の無い物?』
『魔力が通っていない物。我々ノクス・ミラビリスが収集している物とは、別の原理で動くアノマリーのことだね。』
それって…異世界産のアノマリーでは無く、異星由来のアノマリーの事か!?
『…見せてもらっても?』
『そりゃあ構わないけれど、壊れている物が多いよ?…昔、魔術至上主義の者達が壊してしまった物も多数あるから…。』
…何それ、過激派?…ああ、噂に聞く武闘派組織ってのは、その辺が絡んでるのか。
とりあえず許可はとれたので、俺は一番近いコンテナの入口を開いた。
『…プシュパカ、これ見えてるか…?』
〈…もちろんでございます、マスター。そして、おめでとうございます。これは…大当たりです。〉
そこに入っていたのは機械の残骸と思われる物や、ボディースーツのような物。その他にも工具のような物体や、多数の幾何学的なラインが走った立方体など…とにかく雑多に詰め込まれていた。
〈素晴らしい…これらの多くは我々異星の技術…無論、壊れているものは私が直しましょう。〉
『…ほら、言った通りだろう?期待してたのなら申し訳ないが――』
『決めた。俺、これ貰うわ。』
『…!?聞いていたのかい?考え直した方が――』
『ちゃんと聞いてたし考えた結果だ。コンテナごと全部くれ。』
俺の言葉に、終始笑顔だったヘクセンの顔色が変わった。
『…いやぁ、このアノマリーが何故破棄されずにここにあるのか、考えてみて欲しいんだ。…オルテックスの連中は、こういったアノマリーも解体・解析して、その仕組みや製造方法を明らかにしてしまう。だから奴等には絶対に渡すわけにはいかないんだよ。』
…なんか、急に空気が悪くなったな。
…これはアレか、俺がオルテックスと繋がってて、このアノマリー群をオルテックスに売りつけるつもりだとか思われてるのか?
『誓って言うが、俺はオルテックスとは無関係だ。…いや、むしろ敵対している。この前奴等が占拠していたダンジョンで暴れちゃったからな。』
『…そうだとしても、コンテナごと全部だって?それは流石に欲張り過ぎじゃあないかな?…数だけで言えば100を超えるアノマリーだよ?』
『それはおかしいわね?アナタ達、是が非でも【ポーション】が欲しいのよね?【ポーション】の市場価格は、業界の通説では小国の国家予算レベル…166名分の【ポーション】と100ちょっとの不要なアノマリー…これって破格の交換レートだと思うのだけれど?』
『…ノクス・ミラビリス内部での、アノマリーがもつ価値など、第三者の君には分からないだろう?』
『それは分からないけれど、このコンテナに入れられたアノマリーの価値なら分かるわよ。…だってコレ、どう見てもゴミ箱でしょ?』
『…失礼な奴だな、君は。所詮「墓荒らし」か。』
beeとヘクセンの舌戦が繰り広げられている。
…なんかこの短い時間で、ヘクセンの印象が変わって来たんだが…。
…今まで相当、猫被ってたのかな…?
なんかちょっと腹立ってきたな。
…言いたくなかったけれど、こうなりゃ仕方が無いか。
『…言ってなかったけどさ。俺、アノマリーの能力やランクも分かる【鑑定】ってのが使えるんだ。…お前らが「魔術師」の職業を持っているように、俺は「盗賊」の職業持ちなんだよ。』
『!?…そんな…能力が…?』
『それと俺さ…昔色々あったせいで、侮蔑や蔑視の感情にちょっとだけ敏感なんだよね。…お前等、俺のことを侮ったろう?思いの外無茶な要求もしなかったし、これならチョロいとでも思ったのかな?わざとランクの低いアノマリーだけを見せて、その中で対価の品を選ばせようとしたよな?』
『…そんな…ことは…。』
『…アステリオス、お前の持ってるアノマリー、【神秘の天体観測儀】とか言ったか?アレはランクA…ここにある物とはまるで別格だった。アレをお前に持たせておいて、宝物殿にあるのがそれ以下の品ってのは、流石に無理があるんじゃねぇか?』
『…。』
『【ポーション】とコンテナ…あとbeeの報酬分のアノマリーを交換して交渉成立か、交渉決裂か。好きな方を選んでくれ。』
俺の最後通告ともとれる言葉に、その場に緊張が走る。
…一拍置いてから、アステリオスはまるで老練な仲裁人のように、静かに口を開いた。
『…ふむ。母さん、もう止めよう。落ち度は不誠実な事をしたこちらにある。』
『…ふん、仕方が無い。それで手を打とうじゃないか。』
…うわっ!ヘクセンの雰囲気がガラッと変わったぞ!?
さっきまでは温和な少女だったのに…今目の前に居るのは、クソ生意気なガキって表現がぴったりだ。
見事に猫被ってたんだなぁ…おっかねぇ…。
『…ったく、ただのラッキーボーイじゃあ無いと思ってたけれど…してやられたね。五百年を生きる大魔女を相手に、いい啖呵切ってくれるじゃないか。ふんっ!』
…素のヘクセン、怖ぁ…。
beeもドン引きして声が出ない様子だ。
俺は安堵のため息をついた。まさかここまで緊張するとは思っていなかった。
…ま、とりあえず交渉は成立したワケだし、そうなりゃ長居は無用だ。
さっさと交換して、こんな所オサラバしよう――
…そう気を抜いた俺の胸に、ドス黒い魔力で形作られた杭が突き刺さる。
「…ふざけるな…!貴様などに渡すものか…!!」




