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31.盗賊、対面する

 俺たちは、ヴァルトハイムの先導で《グラン・ビブリオテカ》──ノクス・ミラビリスの総本山へと足を踏み入れようとしていた。


 巨大な魔方陣が描かれた壁の前に、揃いの黄金の兜と鎧をまとった男達が立っていた。赤い外套が翻り、その手には俺の身長ほどもある木製のワンド──いや、杖というにはあまりに巨大で、まるで儀式用の祭具のようにも見える。


『彼等は通称ロイヤルガードと呼ばれる精鋭魔術師だ。ここ《グラン・ビブリオテカ》は我等の最重要拠点ゆえ、常時二百名のロイヤルガードによる最強の布陣で守られている。』


 二百!?あんなヤバそうなのが…そんな連中がそんな数で常駐って…ノクスって噂通り武闘派組織なんだなぁ…。


 ヴァルトハイムがロイヤルガードの一人と何やら小声でやりとりをした後、二人の衛兵が無言でワンドを掲げる。低く響く呪文の詠唱。すると、俺たちの目の前にあった魔方陣の刻まれた壁面が、ガシャガシャと音を立てて組み木細工のように動き出した。


 石壁が徐々に開いていき、まるで神殿の扉のように様変わりした。


『ふむ…このように、《グラン・ビブリオテカ》の入口は門番のロイヤルガードにしか開けない。何者をしても侵入不可だ。』


 そう言いながら、ヴァルトハイムはチラリとbeeを見る。


 あ、これ完全にオルテックスの研究所に忍び込んだ件で警戒されてるわ。

 当の本人はアルカイックスマイルで華麗にスルーしてるけど。



 中に入ると、そこは…まるで異世界の宮殿だった。


 高い天井には、星図を模した金の装飾。壁にはびっしりと書架が並び、そこに納められた書物は一冊一冊がまるで宝石か芸術品のような装丁をしていた。

 …こりゃあ秘匿されるはずだ。こんな場所がこの世にあるなんて、話だけじゃ誰も信じねぇわな。


 入ってすぐ正面に受付のようなデスクがあり、そこにはローブ姿の女性が一人、静かに座っていた。


『ヴァルトハイムだ。客人が到着したと伝えてくれ。』


『かしこまりました。』


 受付嬢──と呼ぶにはどこか巫女じみた雰囲気のその女性は、恭しく一礼した。その仕草は礼儀正しいが、なにより気になるのは彼女の目元だった。


 目を…布で覆ってる? まるで盲目のように、深紅の帯でしっかりと視界を遮っている。


『…あれ、見えてないのか?』


『…ああ、あれは何と言うか…魔術的な対策だ。…まぁ、色々とあるのだよ、魔術師というのは。』


 雑ゥ!いやいやいや、もっと詳しく説明してくれよ!

 なんで見えないまま受付できんの?魔術的な対策って何だよ!便利な言葉だな!?


 ヴァルトハイムに付き従って、俺とbeeと神代さんはまっすぐに廊下を歩いていく。


 その廊下ってのがまた変で…いや、正確には「変」じゃなく「不思議」って言うべきかもしれない。


 高級感の漂う本棚が整然と放射状に並んでおり、歩いていると時折本棚の間に扉があったり、同じく本棚の間に上り下りの階段が現れる謎の多い構造だった。

 …なんだこの空間、まるでダンジョンだな。


 すれ違う人々もまた、普通じゃなかった。


 金糸の刺繍が施された高級感あるローブ姿の魔術師たち。中には外で見たロイヤルガードと同じ装備を身に着けた者もいて、そのたびにbeeが警戒気味に歩幅を詰めてくる。


 だが、それ以上に不思議だったのは――


 すれ違う全員が、ヴァルトハイムに対して頭を下げていくのだ。

 老若男女問わず、軽く会釈する者もいれば、完全に足を止めて深く一礼する者までいる。


 お、お前…実は偉い人だったのか?

 年齢も若いし、レベルなんかむしろ神代さんの方が高いのに。

 …ていうか神代さん、日本支部の副支部長なのに、誰も挨拶しねぇのな?

 これが俗に言うアジア人差別かな?


 そんなこんなで、俺は都会に来た田舎者よろしくキョロキョロしながら歩いていた。

 《グラン・ビブリオテカ》──魔術の大聖堂。内部はまさしくその名にふさわしい規模と荘厳さを備えていた。


 …が。


「…なあ、俺たち、結構な距離歩いてないか?」


 思わずこぼれた呟きに、beeが「アタシも流石におかしいと思う」と同意する。


 …もしかしなくても、これ俺のアジトと同じような、内部構造が外側と合ってないヤツだわ。

 正に魔法建築!


 こちらの様子を察したのか、神代さんが口を開いた。


「…長らく歩かせてしまって申し訳ない。目的の部屋まで直接転移できれば良いのですが、《グラン・ビブリオテカ》内部は転移魔法を含む幾つかの魔法が使用不可能なのです。」


「…そんな話、俺にして大丈夫なのか? いや、敵対するつもりはさらさら無いけどさ。」


「この程度の情報で《グラン・ビブリオテカ》が揺らぐことはない、という絶対の自信と受け取ってもらえれば。」


 吹くねぇ…魔術結社、伊達じゃねぇな。



『ふむ、やっと着いたな。あそこが目的の部屋だ』


 ヴァルトハイムが顎をしゃくって見せた先、本棚の通路奥に巨大な両開きの扉が姿を現す。

 まるで教会の正面扉みたいな荘厳さで、近づくだけで圧を感じるな。


『…来るたびに場所が違うというのも、存外に面倒なものだ。』


 そうぼやきながら扉に近づくと、ヴァルトハイムは不規則なリズムで、五度ノックした。


 ……コン、コン、コンコン…コン。


 しばらくの沈黙ののち、扉の向こうから声が響く。


『入室を許可する。』


 重厚な音を立てて開かれる左右の扉。

 ヴァルトハイムと神代が扉を押し開くと、その先には──




 白く、だだっ広い空間が広がっていた。




 …はぁ?…何で?


 言葉が出ない。

 見渡す限り、床も壁も天井も真っ白で、何もない。


 …いや、何だこれ、どこだよここ。

 って言うか扉も無くなって…うわっ!後ろの通路も無いっ!怖っ!!


『ご苦労だったね、アステリオス。お疲れ様』


 澄んだ女性の声に、思わず正面を向く。


 …そこには、先ほどまで何もなかった空間に、いつの間にか出現した豪奢な応接セット。

 そしてその中央、クラシックな高背椅子に優雅に腰かけているのは──


 金髪の若い女性だった。


 年の頃は…どう見ても十代半ば。

 陶器のような肌に金の瞳、整った顔立ちが人形じみて見えるほど完璧だ。


『…お客人も遠路はるばる、ようこそ《グラン・ビブリオテカ》へ。ここは「知の聖域」にして「魔術の大聖堂」。…私が魔術結社ノクス・ミラビリスの創始者にしてグランドマスター、ヘクセン・ヴァルトハイムだ。』



 ──え?


 …今、なんて?


 え、この人がノクス・ミラビリスのトップ?


 …いやいやいやいや、若い、若すぎるだろ!?

 この見た目で創設者とか、美魔女?魔女だけに?

 …それか、ノクス・ミラビリスって俺が思ってるより歴史が浅いのか?


 …ヘクセン・ヴァルトハイム…。


 …ん?…ヴァルトハイム…?


 俺とbeeの視線が、自然と揃って横にいた金髪男に向く。

 案内役の彼も同じ姓、ヴァルトハイム。まさかとは思うが…。


『ふむ…言いたいことは理解している。彼女は私の身内だ。』


 マジか…!お前トップの血縁者かよっ!!

 …え?ってことは…この女性は妹さん…?


 ──と思った矢先。



『……どうした客人、息子が何か失礼でも?』



 …母ちゃんだったよ!!!

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