30.盗賊、移動する
俺達が接触した魔術結社ノクス・ミラビリス日本支部 副支部長 神代 清夜は、オッサンなのに【恋の魔法】を覚えていた。
…なんでだよ!!
…ちなみに豆知識なのだが、スキルの並び順はそのまま覚えた順番である。
それを踏まえてもう一度【鑑定】してみよう。
職業スキル:【魔力感知】【魔力操作】【火魔法】【影魔法】【恋の魔法】
…なんでだよ!!
一番最近覚えた魔法が【恋の魔法】だよ!!
…いや、別に40代の男性魔術師が【恋の魔法】覚えちゃいけないワケじゃないけど…!
紳士的な見た目から意外な魔法が飛び出したんで、なんか狼狽えてしまった…。
「…どうかなさいましたか?私の顔に何か…?」
「いやいやっ!…申し訳ない、何でも無いんです。」
俺があまりにもマジマジと見たもんだから不信がられてしまった。
…いかんいかん、商談相手だぞ。
「今日の私はあくまで同行人です。ご案内はこちらの…本部から来たヴァルトハイムがご担当致します。」
そう言って金髪仏頂面の男を紹介する神代さん。
男はこちらを一瞥し、軽く会釈する。
『ヴァルトハイムだ。…カミシロ、日本の挨拶が分からない。上手く伝えてくれ。』
…お?コレってプシュパカのくれたチョーカーが仕事してるっぽい?
早速役に立ったな。流石プシュパカ。
『大丈夫、言葉は通じる。俺の事はアリババと呼んでくれ。』
『…ふむ。』
俺が話すと一瞬驚いたような顔をしたヴァルトハイムだが、すぐに元の半眼に戻った。
…そんな驚くようなことなのか?日本人が外国語で話しただけ…って、俺今何語で話してるんだ?
【アステリオス・ヴァルトハイム】22歳
ドイツ出身
職業:魔術師 レベル:23
魔術結社ノクス・ミラビリス 構成員
職業スキル:【魔力感知】【魔力操作】【氷魔法】
装備スキル:【転移魔法】
E:神秘の天体観測儀(ランク:A)
ドイツ出身ってことはドイツ語かな?
う~ん…これはプシュパカに改善要請出しておこう。
〈かしこまりました。早急に改善いたします。〉
モノローグに返答するなっ!!
…俺は改めて神代さんに向き直ると、日本語で自己紹介した。
「俺の事はアリババと呼んで下さい。…あ、こっちは──」
「アタシの事はbeeと呼んで頂戴。」
その言葉を聞いた神代の目つきが、一瞬で鋭く変わる。
「…ほう、貴女が例の。お噂はかねがね伺っております。」
『カミシロ、何か問題があったのか?』
異変を感じ取ったヴァルトハイムが神代に訊ねる。
『こちらの女性…例の「墓荒らし」のようです。』
『…オルテックスのアラバマ研究所から【神話兵装】を強奪したヤツじゃないか。何故ここに?』
流石beeさん、有名人ですね!良くも悪くも!
【神話兵装】ってのはアレか、この前の黒いロボみたいなヤツかな?
…なんかフォローしといた方がいいのか?
『彼女は今回の立会人だ。俺が依頼した。第三者からのアドバイスが欲しくてな。』
俺がそう告げると、すまし顔のbeeが口を開いた。
『…そう言う事よ。あと、その「墓荒らし」っていうの止めてもらえるかしら?嫌いなの。』
サラッと推定ドイツ語を喋りやがった。
全員ドイツ語話者。
…まぁ、俺だけチート使ってるけど。
『…ふむ、分かった。それではアリババ、bee、そろそろ移動しようか。』
ヴァルトハイムが入口に向かって歩き始め、神代がそれに続く。
…行先の説明も無しか。一体何処に連れて行かれるんだ?
喫茶店を出た俺達四人は商店街を抜けて、いつしか辺りは人通りが少なくなってきた。
…なんだ?本当に何処に連れて行く気なんだ?
…この先には風俗店とラブホテル位しか無い筈だが…。
ヴァルトハイムの歩みが止まり、こちらに振り返る。
『…ふむ、ここだな。』
…おいおい、ここって…。
『…ヴァルトハイム、ここは些か不味いです。』
『?…何故だ、カミシロ?』
『…ここは、男女が愛を確かめ合う場所です。』
…言い回しまで紳士だなぁ神代さん、流石愛の魔法使い。
つーか本当にラブホじゃねぇか。セクハラかな?
…あ、beeがちょっと笑いを堪えてやがる。
『…ふむ、まぁ良い。要は人がいない場所ならどこでも良いんだ。』
そう言うと、ホテルに挟まれた細い路地に入って行くヴァルトハイム。
え、そんな行き当たりバッタリ?
ちょ、待てよ!
…おいおい、本当にこの先進むのかよ…?
これもう路地裏よ?狭すぎて体を横にして進んでるんだが…。
beeなんかしかめっ面でちょっとオコよ?
その先を少し進むと、少し開けた空間に出た。
ここは…エアコンの室外機やらゴミ箱やら…表通りにある店のバックヤードか?
『ふむ、ここなら良いだろう。』
そう言うと懐から何かを取り出すヴァルトハイム。
金…いや、真鍮製の円盤?
あ、アレがヴァルトハイムのアノマリーか。
『〈彼方をめぐる星々よ、我を此処在らざる地へと──〉』
円盤が掌の上に浮き上がり、ゆっくりと回転しながら輝き始める。
『〈──時空を超えた旅へと誘え。〉』
一層強い輝きを放つと、青い稲妻が迸り──
「…へぇ…凄いじゃない。詠唱から察するに、これってポータル的なものなのかしら?」
俺達の目の前には、空中に浮かんだ…いや、空中に現れた、青く輝くゆらめき。
「彼の持つアノマリー、【神秘の天体観測儀】の力です。空間転移魔法ですね。」
おおお!転移魔法!
これは中々有能なアノマリーなんじゃないか?
しかも演出がカッコイイ!…詠唱はちょっと恥ずかしいけど。
【神秘の天体観測儀】(ランク:A)
天体の持つ力を借りて、時空を超える魔法を行使する。
使用するには職業:魔術師の適性が必要。
…なんだよ、魔術師専用か。
じゃあ俺が手に入れても仕方ないな。
『…ふむ、準備は出来た。さぁ、行こうか。』
「ヴァルトハイムが最後に通る必要があるので、先にお二人からどうぞ。」
俺とbeeをゲートへと促す神代。
肩を竦めて俺を見るbee。
…あ、俺が先に入るんスか。OKOK。
…コレ、なんかまだバチバチいってるけど、感電とかしないよな…?
…ちょっと入るのに勇気がいるなぁ。
…試しに指先だけ入れてみ────────────
─────────────るか…?ってアレ?
眼下に広がるのは、青々と茂った針葉樹の森。
…うぉっ!?なんか俺、恐ろしく高い崖の上にいるっ!?
「…わぁ~お、本当に転移しちゃったわ。中々貴重な体験をしたわね。」
beeの声に振り返ると…俺は絶句した。
ゲートから出たbeeの後方…そこにあったのは…途方もないほど巨大な建造物。
サグラダ・ファミリアを彷彿とさせるような建築様式の、円形状の建物。
壁面を彩る荘厳なステンドグラス、天に届くような尖塔…。
…なんじゃこりゃあ…こんなの見たこと無いぞ…?
…え、まさか一般に秘匿されているって事か?
この大きさでっ!?
ゲートから神代、ヴァルトハイムが順番に出てきた。
固まる俺の顔を見て、仏頂面で話し出す。
『ふむ、驚くのも無理は無い。さぁ、中に案内しようじゃないか。…ようこそ、ノクス・ミラビリスが総本山、《グラン・ビブリオテカ》へ。』




